Notae ad Quartodecimani

情報や資料のノートの蓄積

クリスチャンの「救い」の誤解

 

クリスチャンはキリスト教の中に幸福を見つけようとしている。

それは基本的に誤りではないのだが、「個人の幸福」を探し、その裏づけを得ようと聖書を読むところは大いに間違っている。

なぜなら、神の意志は「アダムの罪」を負った人類をキリストの贖いを通して救済することにあるからであり、それは個人が救いを得るという利己的願望とは正反対であることをキリスト自ら示している通りである。

 

この点で、クリスチャンは「救い」というものに「イスラエルの救い」と「人類の救い」があることを混同してしまっている。『諸国民よ、神の民と共に喜べ』とは、それに気付かせる言葉であり、イスラエルの救いなくして人類の救いはない。

アブラハムの子孫の民を通して『地のあらゆる民は自らを祝福する』の約束を、『キリストの共同相続人』となる聖霊注がれた『聖なる者』、『祭司の王国、聖なる国民』、『神のイスラエル』を通さずに、キリストから直接に救いを得ると取り違えている。

だが、それは血統上のイスラエルを指してはいない。ここにユダヤ教という邪魔が入り聖書理解を阻んでいる。キリスト教界に親イスラエルの傾向を持つ宗派が少なくないのも真実のイスラエルを見誤っていることによる。

 

律法契約はイスラエルを最たる例として、人間が「アダムの罪」を抱えていることを知らしめること、また、その罪を持たない処女から生まれる『女の胤』であるメシアを希求させところに目的があった。

したがって、メシアが到来した後には律法契約はその役目を終え、イエスが仲介する『新しい契約』にイスラエルは移行するべきであった。しかし、血統のイスラエルの大半はそれを拒み、律法に固執して『神の義に服さなかった』のであり、イエスをメシアと受け入れたユダヤ人と諸国民による『ふたつの民』による『神のイスラエル』が水と聖霊によって生み出された。

 

現状のユダヤ教とキリスト教とは、『新しい契約』が何を意味するかを理解していないため、一方では律法に拘り続け、また一方では三位一体説というヘレニズム異教の観点から、共に『聖霊』が何であるか、真のイスラエルが何であるかの視界を妨げられているところに問題がある。

しかも、それぞれに非常に頑固であって、その固執の原因に個人の幸福への執着があるように見える。つまるところ、人は自分を愛して、神の意図を汲むことをおろそかにするものである。神の裁きはそこを突いて来ることであろう。

 

 

 

教会では、信じるか信じないか 信じると何か良いことがあるか

 神が信者にどのような善意を示してくれるのか

これらのことを中心に考える

当然、教会員の意識は自分の益に向かう

 そのため信者が語ること、求めることは神からの個人の益に向かう。

そこで神のキリストを通した「アダムの子孫」の救済。人類全体への視野を失うう。

聖書の中に祝福の言葉を捜して信者に適用しても、神の意志が何かを探らない。

 

この姿勢は、キリスト教がヘブライズムを離れ、旧約聖書に通じていないヘレニズム異郷の民衆と新プラトン主義の哲学者によって本旨から逸れ、組織的権威主義とスピリチャルに流れてしまったローマ国教化前後の経緯に淵源がある。

 

 

 

 

 

 

雑記録26-7

 

・「ユダヤ教とキリスト教は決定的に違う」としたり顔で言う輩こそ決定的に誤解している。

外から見るとユダヤ教とキリスト教が違うように、旧新の聖書は違う教理を教えていると思われるが、その原因は聖書にではなく、それぞれの人間に原因があり、ユダヤ教は律法に固執してエレミヤの『新しい契約』の到来を見逃し、異邦人キリスト教はヘブライ伝来の教えの延長として新約聖書があることを度外視し、ヘレニズムの宗教文化に染まってしまった。

これはどちらも『人間の教え』であって、神の一貫した経綸への畏敬に欠けている。その現状を外から見て異なる宗教だと判断するのは、それぞれに人を見ても神の意志を汲もうとしていない。宗教の外面をどれほど眺めても聖書の内側から見ない限り、神意は理解できない。

旧新の聖書の内面の価値に気付くなら、記述の真贋にまで直感することができるようになり、それが正典か疑典かという論争も起きない。聖書聖典は自らの価値によってその座に就いたからであり、通底する神の意志の価値ある意味の一致は、それに基づかない叙述を自然に退ける。

これは「分かる者には分かる」が外から眺める者には分からない。旧新の聖書をユダヤ教とキリスト教から分類して見続ける限り、内外の視点からくるこの差はあまりに大きいが、分からない者には神と人の差も分からない。

終末の宗教合同はこの内面からの観点を持たずに進められるので、危うい結合となり、衝撃を受ければ分裂して再び排他的な「世界の荷物」のようになるだろう。

 

 

 

・ハツォツェロット 主に銀で作られ、複数形として基本的に「2本一組」または「多数」で吹かれるもの。歴第二5:12-13では120名の祭司が吹奏している?

神殿の祭司たちが儀式や戦争の合図として吹いた。西暦70年に神殿がローマ帝国によって破壊されて以降、神殿でのみ使われていたこの銀のラッパは吹かれなくなった

 

民数10章にある『ラッパを震わせて吹く』は、テルーア(Teruah)注意を促す

対して、長く吹き鳴らすのはテキアー (Téquah)とされ穏やかに民を集合させる

 

 

 

1922年にエジプトのツタンカーメン王の墓から、紀元前14世紀の金属製ラッパが2本、ほぼ完全な状態で出土

銀製のラッパは 長さ約58cm。比較的高音で鋭い音。

銅(青銅)ラッパ: 長さ約49cm、管が太く朝顔の広がり方が異なり、銀製よりも低く太い音(中低音)が鳴る

 

エルサレム神殿の崩壊(西暦70年)を描いたローマの「ティトゥスの凱旋門」の浮彫には、神殿から略奪されたハツォツェロットが彫られているが、その長さはツタンカーメンのものより長く約1メートル近い、古代初期のものよりも「中低音」が出るように改良されていた可能性の指摘あり

 

ローマ軍のラッパ 

ブッキナ(Buccina): 管を丸く巻いた中型のラッパで、中高音を担当し、見張りの交代などの合図に使用

トゥバ(Tuba): 長さ1.2メートルを超える非常に長い直管の青銅ラッパ。管が長いため、地響きのような「低音・重低音」が鳴り、全軍への突撃合図に使われた。

 

 

 

 

 

現代でのショーファール吹奏の作法

伝統的に定められた4つの異なる吹き方(リズム)を組み合わせて、計100回(または101回)響かせる。

テキアー: 長く堂々とした一吹き(王の即位を告げる音)。

シェバリーム: 3つの短い途切れた音(すすり泣き、悔い改めの表現)。

テルーア: 9つのスタッカートのような連続音(アラーム、目を覚ませという警告)。

テキアー・ゲドーラー: 息の続く限りの最も長い一吹き(大いなる勝利と救いの音)。

 

レビ記23章24節などで、ティシュレイの1日は「ヨム・テルア(ラッパを吹き鳴らす記念日)」と定められている

古代、この日の角笛(ショーファール)の音には以下のような折りの意味がある

宗教的意味: 人々に悔い改めを促し、神の裁きの座の前に呼び集める合図

王政的・行政的意味: 秋の政暦が始まると、古代オリエントでは「王の即位」の際にも角笛が吹き鳴らされ、新年の角笛は「宇宙の真の王である神の統治(即位)を宣言する」という意味が加わった

今日のロシュ・ハシャーナーの祭礼でも、角笛を吹く際には「神は王として全地を統治される」というテーマの祈りが捧げられる。政暦での「王政移行による意味の追加」は、現代のユダヤ教の祈りの中に加えられた。

 

 

 

 

 

エズレルの大いなる日

ラシ(Rashi)をはじめとする伝統的ユダヤ注釈家たちは、ホセア書1章4節をイェフーの「アハブ家を滅ぼした罪」としては読まず。

ユダヤ教の注解では、そもそも「エズレルの血(ダメイ・イズレエル)」とは、アハブとイゼベルがぶどう畑を奪うために無実のナボテを冤罪で処刑したエズレルでの流血事件(列王記上21章)を指していると捉え、イェフーは神の命令によってナボテの血を報復(アハブ家を処刑)するために立てられた「正義の剣」であった。

しかし、後にイェフーの家系(王朝)も神に従わず偶像礼拝に陥ったため、ラビたちは「アハブの家を血祭りに上げたのと同じエズレルの地で、今度はイェフーの家系自身がその報いの血を流すことになる」と解釈される。
つまり、イェフーのアハブ家に対する処遇が罪だったのではなく、「イェフーの家がアハブ家と同じ罪に陥ったため、エズレルで受けた裁きがイェフーの家にも臨む」という道理で語られる。

 

 

該当箇所のヘブライ語句 פָקַדְתִּי אֶת-דְּמֵי יִזְרְעֶאל עַל-בֵּית יֵהוּא (パカドティ・エト・ドメイ・イズレエル・アル・ベイト・イェフー)は、直訳すると「わたしはエズレルの(流された)血を、イェフーの家に臨ませる(訪れさせる)」となり、「エズレルで流された血(=かつてアハブ家が殲滅されたという運命・血の惨劇)を、今度はイェフーの家系にももたらす」という「流血の悲劇の再現」を意味する預言であるという解釈ができる。これであれば、イェフーの行い(アハブ家処刑)を神が称賛したこと(列王記下10:30)と何ら矛盾せず、「かつてイェフーがエズレルで前王朝を滅ぼしたように、今やイェフー王朝もエズレルの地で終焉を迎える(=ゼカルヤ王の暗殺)」という歴史的パターンの符合

 

ユダヤの伝統的伝承(ミドラシュ)や歴史的考察において、仮に「イェフー側の過失」を問うとすれば、アハブ家そのものではなく「ユダ王国の王族(アハジヤとその兄弟たち42人)の処刑」(列王記下10:12-14)を挙げることがあり、ダビデの血統であるユダの王子たちはアハブ家とアタリヤを通じて血縁関係にあったとはいえ、北イスラエル王国の正当な裁き対象の範囲を越えて殺害された。彼らが捕らえられ殺された場所がエズレル近郊(ベテ・エケデ)であったため、この「ダビデ家の血を過剰に流したこと」が神の法廷で問われたと解釈。

 

 

北イスラエル軍はまさにこのエズレルの谷でアッシリアの大軍に大敗を喫し、独立国家としての軍事力を完全に挫かれている。それはイスラエル王国の権力喪失の場となった。

 

アコルの谷はエリコの近郊(約束の地・カナンの東の玄関口)に位置した。イスラエルにとって、アコルの谷とはアカンの悪行により「約束の地に入った途端に、自らの不従順によって神の怒りを買い、アイでの敗北という挫折を経験しアカンの一家を葬ったトラウマと不名誉の場所」

 

「罪と不従順の場所」が「再出発の場」へと反転する
かつて自らの不従順と偶像礼拝によって神の裁きを受け、荒野に追いやられ国を失うイスラエルが、神は「過去に最大の失敗と裁きを経験した場所(アコルの谷)」を、まさに「新しい回復と希望が始まる玄関口(門)」に変えられると約束する。
名前に込められた「ロ・ルハマイ(あわれまれない)」や「ロ・アンミ(わたしの民ではない)」という絶望が反転するプロセスの地理的象徴である。

 

ホセア2:15の後半には「彼女は若い時のように、エジプトの国から上ってきた日のように、そこに報いる」*と続く。
これはアコルの谷を通過してカナンに入ったばかりの「初々しい花嫁のような信仰」へとイスラエルを立ち返らせ、荒野での鍛錬を経て神との契約関係を完全に修復するという解釈になる。

 

ホセア1:11にある「エズレルの大いなる日」とは、かつて分裂していたユダとイスラエルがひとつの首領(メシア)のもとに結集し、地から咲き上る勝利の日を指している。
裁きの象徴であったエズレルの血の惨劇・散らされるという因縁が「神が種を蒔く(繁栄)」へと反転するのと全く同じ文脈で、「アコルの谷の苦難・罪」が「望みの門(メシア的救いへの入口)」へと反転することを補完する。

イスラエルにとって、アコルの谷は文字通り「カナン入植の文字通りの第一関門(物理的な門口)」「アコルの谷を望みの門とする」という言葉は、かつて先祖たちが初めてカナンに入った「最初の入植の感動の門口」へとイスラエル人を精神的・地理的に連れ戻す意味を持っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

神と人との論争 エレミヤの用法

 

どちらも「争う」ことでは置き換え可能なほど深い関連がある

רִ֤יב  dispute 争う    Jer25:31

נִשְׁפָּ֣ט dispute    裁く  Jer2:35

 

リーヴ:言い争いや不満のぶつけ合い、個人の言い分を主張する「争うプロセス」に焦点が当たる。語幹の意味: 「争う」「論争する」「訴える」

 

ニシュパット:「裁判(שָׁפַט)」の枠組みの中で、双方が主張を戦わせる・あるいは裁きの場に立つという「公的な手続」のニュアンスが強まる。

動詞「裁く」がニファル態(相互・受動)になることで、「お互いに裁き合う」「法廷で相争う」「論争・裁判に入る」という意味に変化

イザヤ43:26 わたしに思い起こさせよ。共に論じ合おう(נִשְׁפְּטָה / ニシュペター)。あなたの正しさを立てるために弁明(סַפֵּר)せよ。

 

箴言 29:9
「知恵のある者が愚かな者と(裁判で争う[נִשְׁפָּט]と、愚かな者は怒り、あるいは笑って、穏やかにならない」
ここでの נִשְׁפָּט も「רִיב(論争・口論)」と同義の文脈にある

 

「רִיב」が「感情や主張をぶつけ合って論争する・訴える」行為だとすれば、「נִשְׁפָּט」は「裁き・判断の場において相互に論争する」というニュアンスあり、どちらも「論争」という意味では同じであると言える。

 

 

 

 

 

 

ダニエル9:25『七週』の分割とヨベルによる仮説

ダニエル書9章25節の『七十週』に関する年代計算の新仮説

 

概要

アルタクセルクセスの勅令は445年

『まず七週』即ちヨベルを意味すると捉えるべく62週とは別に記載

その後443年にシュミタを迎えたが

もし次のヨベルを407年に迎えたとすれば

そこで『まず七週』は445年を含む一つのヨベルの中に入ると仮定すると

 

その407年から62週434年が経過するとAD28年

この年に69週年が満了し、バプテストが浸礼を始め

翌29年秋が第70週の開始の年となりメシアが浸礼を受けて聖霊の任命を受ける

 

そうしてルカ3:15の記述とバプテストの宣言とそれに半年遅れるメシアの受浸に繋げることが可能となる

こうして天使ガブリエルが7週と62週とを分けて語った理由がヨベル待ちであれば、すべての年代が整然と並ぶことになる。

 

この仮説の要点は、「前445年が属するヨベルの満了年(前407年)」を基準点として62週をリスタートさせることにある

 

 

 

■ 『七十週』の起点

アルタクセルクセスⅠ世の『エルサレムを立て直せ』との勅令が下ったのは445年である。これは以下の史料により確定的である。

 

◆バビロニアの「天文学日記(Astronomical Diaries)」
大英博物館などに収蔵されているバビロニアの粘土板文書群(天文学日記)には、「どの王の何年・第何月・何日にどのような天体現象が起きたか」が記録された。

特に、アルタクセルクセス1世の父王クセルクセス1世の即位と崩御(暗殺)にまつわる天体記録がある。

バビロニア粘土板(VAT 5047 など)の記録

・クセルクセス1世の即位年(紀元前486年)やその治世中の月食の記録(BC 481年、BC 471年などの月食)

・クセルクセス1世の最後(第21年)の月食と、それに続くアルタクセルクセス1世の即位の記録。

クセルクセス1世の即位年(紀元前486年)や、その治世中の月食の記録(BC 481年、BC 471年などの月食)

クセルクセス1世の最後(第21年)の月食と、それに続くアルタクセルクセス1世の即位の記録あり

現代の天文学的計算からも照合すると、クセルクセス1世が暗殺され、アルタクセルクセス1世が即位した年は「紀元前465年の夏(8月頃)」以外にあり得ない

 

 

◆ エレファンティネ・パピルスの二重の暦の一致

エジプトのエレファンティネ島で発見されたユダヤ人植民団の羊皮紙・パピルス文書(紀元前5世紀)には、「エジプト暦」と「バビロニア/ユダヤ(太陰)暦」の2つの暦が併記された二重日付の公文書が多数現存しているが、その中で、アルタクセルクセス1世の「第6年」「第14年」「第21年」などの日付を現代天文学で計算した結果も、「第1年=BC 464年」「第20年=BC 445年」を裏づけている。

(エジプト暦は1年が365日固定で閏年がないため、太陽暦に対して少しずつずれていきます。一方、バビロニア暦は太陰太陽暦でこの「2つの異なる周期を持つカレンダーの組み合わせ」は数正年に一度しか重ならないため、現代天文学者や年代学者(リチャード・パーカーやウォルド・ダブスタインら)にとって絶対的な日付特定(絶対年代学)の基礎とされている)

 

◆アルタクセルクセスⅠ世は父王クセルクセスの皇太子ではなく共同統治をしていない。歴史家テシアス、アリストテレス、ディオドロスらによって一致している

クセルクセスは長子ダレイオスを皇太子としていた

第一皇太子:ダレイオス(クセルクセス1世の長男)

次男:ヒスタスペス(バクトリアのサトラップ/知事)

三男:アルタクセルクセス1世(三男)

・紀元前465年8月、近衛隊長アルタバノスらが父王クセルクセス1世を暗殺

アルタバノスは、長男ダレイオス(本来の皇太子)に父殺しの罪を被せ、三男アルタクセルクセスをそそのかしてダレイオスを処刑させている

王位に就けられたアルタクセルクセスは、間もなくアルタバノスの陰謀を見抜き、彼とその一族を粛清して実権を握る

 

以上の理由から、ネヘミヤがアルタクスルクセスの第二十年という以上

その年は前445年であることは動かし難い

 

これを踏まえ、今日まで様々な曖昧仮説が存在してきた

 

 

■ 疑問点

◆分割の謎
なぜ単純に「69週(483年)後にメシアが来る」と書かなかったのか?

城壁再建自体はネヘミヤ記によればわずか「52日間」で完了しているのに、なぜ「7週(49年)」という大雑把かつ巨大な枠組みが物理的再建の期間として提示されているのか?

その『七週』49年間を特定する一次史料(公文書や天文記録)は、なぜ起点のBC 445年のように特定できる年で提示されていないのか?

 

◆問題のDan9:25が『七週あり、また、六十二週』となぜ分割しているのか?

וְתֵדַ֨ע וְתַשְׂכֵּ֜ל מִן־מֹצָ֣א דָבָ֗ר לְהָשִׁיב֙ וְלִבְנ֤וֹת יְרֽוּשָׁלִַ֨ם֙ עַד־מָשִׁ֣יחַ נָגִ֔יד שָׁבֻעִ֖ים שִׁבְעָ֑ה וְשָׁבֻעִ֞ים שִׁשִּׁ֣ים וּשְׁנַ֗יִם תָּשׁוּב֙ וְנִבְנְתָה֙ רְח֣וֹב וְחָר֔וּץ וּבְצ֖וֹק הָעִתִּֽים׃ 

"there will be seven ‘sevens,’ and sixty-two ‘sevens.’ "

「油そそがれた者、君主の来るまでが七週。また六十二週の間、」【新改訳】

「油注がれた君の到来まで/七週あり、また、六十二週あって」【新共同】

 

後代、ヘブライ語聖書のマソラ学者らは、ダニエル書9章25節の「7週」の直後に、節の中で最も強い区切りを示すアクセント記号「アトナハ(アトナハ・アトナフ)」を打ったが、その影響は上記の二つの日本語訳に見られる。

しかし、アトナハは9世紀頃のもので、キリスト教との軋轢が強まった時代である。

やはり死海写本には、この強読点が存在せず、上記のBHSのようになっている。

アトナハの存在はハ ティクネのようなマソリームの作為と言える。その狙いは「7週+62週=69週」という合算を構造的に阻止することにあり、ナザレのイエスをメシアとしないための小細工と言える。タルムード(サンヘドリン 97b)には、「メシアの到来時期(日付)を計算する者の骨は腐れ」という有名な強い呪いの言葉がある

一方で、古代のユダヤ人やその後継としてのクムラン教団も、この「7週=49年」を「ヨベルの年(解放の周期)」という特別な1単位として意識して読んでいた。即ち「七週」は「1ヨベル」と換算される。

「7週と62週」という分割表現自体は、死海写本からダニエル書が著された当初からのオリジナルテキストである

 

またユダヤ側の年代史録「セデル・オラーム・ラッバー」はペルシアの王名を聖書に見られる4人に限定ダレイオス、ペルシア人キュロス、クセルクセス/ハシュエロシュなどを同一同人物とみなす)、編纂したラビ・ヨセ・ベン・ハラフタ(2世紀頃)は、聖書テキストに名前が出てくるペルシア王だけを抽出し、異なる複数の王を同一人物、あるいは親子の短い治世として統合してしまい、220年続いたアケメネス朝を50年未満に短縮しており、この文書全体を歴史資料としての価値を大いに損なっている。

そのためユダヤ伝承の以下のセデル周期は役に立たない。

第17ヨベル BC 622年 ヨシアの第18年 エラヒン12a-12b

第18ヨベル:BC 573年 神殿の幻の年

第19ヨベル:573 - 49 = BC 524年

第20ヨベル:524 - 49 = BC 475年

第21ヨベル:475 - 49 = BC 426年

第22ヨベル:426 - 49 = BC 377年

 

 

 

○ 想定される答え

ナザレのイエスを特定させないため

それによってユダヤ教が終末まで存続でき、信仰の公平が担保され、終末でのユダヤ教の著しい役割りを担うことができる。

そこで天使はダニエルに伝える際に、年度をぼかすために『七週』と『六十二週』とを分割し、六十九週とはしなかった。なぜなら、それは合計ではなく、ルカ3:15に単純に結びついてはユダヤ教の立つ瀬が無くなる、そのため秘義が込められていると仮定できる

 

 

 

■ 仮説の根拠

ラビらが捕囚後にはヨベルが数えられず実行されていないと主張するのだが、マカベア書第一6:49-53にはシュミタの年が記録されている。これは「ベト・ツルにいた者たちとは和議を結んだ」年であり、アンティオコス5世によるエルサレム包囲は、ギリシャ側の史料やセレウコス朝の年代記から「紀元前163年〜162年」であることが確定している。

マカバイ記第一 16:14-16(シモン・マカバイとその息子たちが義理の息子プトレマイオスに暗殺される事件)の文脈においても、古代の歴史家(フラウィウス・ヨセフス『ユダヤ古代誌』第13巻)はこの事件が起きた背景として「その年が安息年であったこと」を並行して記述、戦争という極限状態において食料不足でもシュミタは守られた

したがって、この時期にはシュミタが守られていた証拠が固い。

但し、「あなたがたは第五十年目を聖別し、国中のすべての住民に自由を布告しなければならない。これはあなたがたにとってヨベルの年である。あなたがたは各自その所領に帰り、各自その家族に帰らなければならない」(レビ記 25:10)

タルムード(エラヒン 12b など)の解釈によれば、この「国中のすべての住民(全12部族)」という文言が根拠とされ、捕囚後はヨベルだけは再開されなかったとラビは主張する。

 

あとは、この年から七年ごとに遡ることでシュミタの年を得ることができる。そしてそのうちの何れかはヨベルの前年であったことになる。

 

 

前455年の近くでシュミタとなる計算上の年は以下のとおり

BC 520, 513,  506, 499, 471, 464, 457, 450, 443, 436, 429, 422, 415, 408, 401, 394, 387, 380,

BC 520年(ダレイオス王の第2年)が計算通り安息年で種蒔きや収穫が制限・禁止される年であったと仮定するならば、ハガイが訴えた経済的・農業的困窮の背景と、マカベア書からの計算上のサイクルが合致する

 

ここから62週(434年)後が紀元30年近くになる年に目星をつけると408年が浮上

翌年がヨベルとなり、それは407年が求められる

この前407年ヨベル説は、マカバイ時代の確実な史実(BC 163年のシュミタ)と世界史のペルシア年代(ネヘミヤのBC 445年やエレファンティネのBC 407年)を元に数学的に復元した周期である

ネヘミヤが帰還民団の中での高利貸しや奴隷化などを解放するように求めたのは、エルサレム赴任の三年目の443年にシュミタを控えたからと言える。(ネヘミヤ10:31)

したがって、捕囚期でもシュミタのサイクルは記憶されていたことになる。

(BC407の直前のヨベルは456年であり、それは次のヨベル周期の第一年)

457年(シュミタ)・456年(ヨベル)→ 450年(シュミタ)

→ 445年(勅令)→ 443年*(シュミタ)その後(436, 429, 422, 415,が安息年)

→ 408年(シュミタ)・407年(ヨベル)[1ヨベル49年の満了]

 *(ネヘミヤ記10:31の負債と隷属の免除の年に近時・ネヘミヤ赴任の3年目)

 

略記すると

前445年(勅令)→ 前443年(直後の安息年)→ 前407年(ヨベル)

 

前407年から434年後は紀元28年となり、この年にアルタクセルクセスの勅令の直後のヨベルから62週年が満了する。

その翌年である西暦29年から「第七十週」が開始される

ガブリエルが『六十二週の後にメシア断たれる』として「六十九週」と言わなかったのは、ヨベルの中の七週が49年とは数えられないからと言える。つまり合算しない。

従って、ガブリエルの啓示は「メシアの到来まで、1ヨベルと62のシュミタ(安息年)」と教えていたことになり、一つのヨベルはエルサレム再建の勅令が下った前455年を含む49年を指す。

この一つのヨベルの終了が前年の408年に在ったと算定される安息年を根拠にした場合、翌年の前407年秋がヨベルの年となり、この想定が正しければ、その満了は西暦28年秋となり、ルカ3:15の『皇帝ティベリウスの治世の第十五年』の開始に相当する紀元28年秋以降と合致し、「1ヨベルと62シュミタ」がこの年に満了することになる。

これは、バプテストのイエスとの半年の年齢差から、祭司としての律法の規定年齢を順に受けた場合、イエスの受浸にヨハネが半年先立って紀元29年春に水のバプテスマを開始していた場合に、キリストの受浸が半年後の紀元29年秋となり、メシアが活動する「第七十週」の七年の始まりはこの紀元29年からとなる。

『彼はその週の半ばに、犠牲と供え物とを廃する』とは、キリストの完全な犠牲により、「第七十週の半ば」に律法祭祀が意義を失うことを指している。

したがって、メシアの活動は紀元29年秋に始まり、ヨハネ福音の祭りの記録からその宣教が三年半後の西暦33年春の「過ぎ越し」の日に犠牲が捧げられたことから、メシアの受浸から三年半後という「第七十週」の『半ば』にその地上での活動は中断されている。

 

ヨセフスは古代史で数多く記録(BC 163年、BC 135年、BC 37年など)を残している。

BC 135年:アンティオコスVIIのエルサレム攻囲の年 13巻

BC 37年 :ヘロデがローマ軍とエルサレムを陥落させシリアの支配を終わらせた 14巻

以降のシュミタは

BC 38 / 37 年(ヨセフス記録のシュミタ / ヘロデのエルサレム攻略)

BC 31 / 30 年(7年後)

BC 24 / 23 年(14年後)

BC 17 / 16 年(21年後)

BC 10 / 9 年(28年後)

BC 3 / 2 年(35年後)

AD 5 / 6 年(42年後)[BC/ADのまたぎ補正]

AD 12 / 13 年(49年後)

AD 19 / 20 年(56年後)

AD 26 / 27 年(63年後)

AD 27 / 28 年[シュミタの満了]

 

 

■ この仮説から理解されるところ

加えてメシアは『一週の間多くの者と堅く契約を結ぶ。そして彼はその週の半ばに、犠牲と供え物とを廃する』とあり、第七十週の半ばで、自らの犠牲によって律法祭祀の価値を終わらせ、聖霊降下によって聖徒らと『新しい契約』を締結し、それは第七十週の間中固く守られることになる。

それから『第六十二週の後』の「第七十週」の『半ば』である西暦33年春に『メシアは絶たれ、彼には何も残らない』とあるように、『罪人として数えられ』資産も子孫も残さない。

その後、『やがて来たるべき君主の民が町と聖所を破壊する。その終わりには洪水が起こり、その終わりまで戦いが続いて、荒廃が定められている』とあるように、メシアを屠った『世代の内に』皇帝となっていたウェスパシアヌスと、共に皇帝と呼ばれた長子のティトゥスによってエルサレムと神殿はまったくの灰燼に帰した。これはメシアの活動の後の事として書かれる。

 

第七十週は、そのままであれば西暦36年に終わっているはずであるが、この『六十九週』の預言の全体はメシアの到来に関するものであり、メシアの活動そのものは付記のように「第七十週内」と捉えるように記されている。初臨のメシアの活動は三年半で帰天により中止しており、「第七十週」は『半週』を残していると言える。

したがって、メシアの到来としての再臨を考慮する場合、『神だけが知り給う』時節の終末のメシア臨在から、第七十週の残りの三年半が残されていると捉えることが可能であり、黙示録の42ヶ月、1260日にその根拠を見出す。

その第七十週の間中、メシアは『一週の間は契約を固く保つ』とされるが、その意味は「再臨後の三年半も契約が存続する」と捉えるのが自然であり、初臨の帰天以前の三年半は契約の仮の履行が部分的に見られたものの、契約の発効そのものはその年の五旬節であり、厳密には「第七十週」の期間の外にある。したがって『一週の間は契約を固く保つ』とは、「第七十週」の残りの期間についてのみ語っていると捉えることができる。

 

やはり、ガブリエルの啓示の『七十週』は、『至聖所に油そそがれる』という天界の神殿祭祀を成し遂げるための期間であり、そのために聖霊で油注がれる『聖なる者』の全体が天のメシアの許に招集されるために、『新しい契約』が締結される三年半が依然残されており、それは聖霊でメシアの言葉を語る聖徒らの登場が終末預言に明示されていることに整合することになる。

 

 

 

 

以上、林 義平による仮説である 2026年8月19日

 

 

伝統的な解釈では『エルサレムを建て直せとの勅令が下ってから七週と六十二週』を前445年+七週49年として、前396年から62週(434年)を数え始める。

しかし、この仮説では「445年が属するヨベルの満了年」前407年を起点として62週(434年)を加算することで伝統的解釈から11年を短縮する。

理由は『エルサレムを建て直せとの勅令が下ってから七週』との言葉を、「BC 445年という勅令の年が、当時進行中のヨベル周期(BC 456年〜BC 407年)の途中(12年目)にあった」と解釈する。

その結果、ルカによる福音書3章において、バプテスマのヨハネの活動開始とイエスの受洗が「ティベリウス帝の治世第15年(AD 28〜29年)」と記録されている歴史データと一致するため、前407年から434年を数えて紀元28〜29年に「メシアである君まで」の期間が満了する。

 

 

 

 

 

 

 

 

伝道は命を救うか?

 

 

伝道する側にとっては、「大切な人だからこそ知らせなければならない」という倫理的使命なのである。

家族や友人が危険な状況へ向かっていると知りながら、何も言わずに見過ごすことはできない。同じように、永遠の滅びが真実であると信じるなら、その危険を知らせないことの方が、むしろ誠実さの欠如となる。

この立場から見るならば、「信じなければ救われない」と語ることは、脅迫ではない。

というのだが、これには伝道と災害対応が入り混じって「信仰」が危険回避の目的とされている。

 

伝統的な理解では、人間の人生は死によって完全に終わるものではない。

現世の後には永遠があり、人間は神の前に立って裁きを受けることになる。

これを信じているのであれば、どうして現世で信仰を必須とするのか?

ふたつ問題がある。ひとつは「天国と地獄」という異教の影響を受け、それを信仰内容に含めて「現世で信仰を持たなければ地獄行き」としていること、もう一つは終末や復活後の「神の裁き」の理解が曖昧なことがある。

 

世俗社会から見れば、それは限られた人生を恐怖によって支配する、強い排他性となり得る。一度きりの人生がかけがえのないものであるからこそ、その人生を恐怖によって縛ったり、狭い教理の中に閉じ込めたりしてはならない。

特に、子どもや若者、精神的に弱っている人に対して、地獄や滅びを強調しながら信仰を迫るというような場合、それは個人の自由を侵害する宗教的な圧力であると批判されやすい

 

反対に、世俗社会が個人の信仰の自由を守ろうとすることは、人間の尊厳を守る行為である。しかし福音派から見れば、それは永遠の滅びに向かう人を放置する無関心となり得る。

 

両者は、同じ「命を大切にしたい」という情熱から出発しながら、一方では愛と見えるものが、他方では悪と見えるという悲劇的な構造に置かれている。

 

世俗的人道主義との対立を、単純に「命を尊重する側」と「命を軽視する側」に分けることができない。双方に勘違いがある。

社会的見地も伝統的キリスト教信仰も、共に「命の源」としての神への畏敬がなく、自分たちで命をどうにかできると思い込んでいる。創造物としての認識が無いか、薄い。

論議に神がなく、無能で不作為な神としてしまっている。

 

往々にしてキリスト教を宣教する側は「現世の人生も重要ではあるが、それは永遠の運命へと続く一時的な段階である。

したがって、現世で多少の不自由や痛みが生じたとしても、永遠の救いが得られるなら、その方が最終的には人間のためになると考える」ここに自分たちが人の生命を左右するという傲慢と「神の裁き」への畏れの無さ、また、神の信仰を伝達するのは自分たちであるという高慢な思い違いがある。

 

どちらも、神を賛美するために創造される民である聖徒による「聖霊の語り」というものがすっぽりと抜け落ちている。つまり、「神自身の世界宣教」という概念がない。

それは、そもそも「聖霊」というもの、神の力と意図と顕現とを自分たちの常識の中に取り込めてしまい、偉大な創造者を認めていないところに問題がある。

 

だれも、神の力と偉大さを知らないというところは、神への不敬を示しているではないか。(マルコ12:24)

 

世俗的人道主義は、人間を永遠の滅びへと放置する思想ではない

排他的救済論は、人間の尊厳を否定し、限られた人生を奪う思想である

伝統的キリスト教信仰による伝道思想も、放縦なばかりの世俗主義も有害であり、神の裁きの前に、人を著しく害するものとなる

 

解決策は唯一、神の聖霊による宣教であり、救いに至る信仰は、神と子と聖霊の三つが揃ってはじめて存在する。ユダヤ教は神を信じ、キリスト教は子を信じるのだが、どちらも聖霊は信じない。

 

いったい誰が、「聖霊は信じた瞬間に、その人に注がれる」などと恐るべき不敬を言い出しだのか

 

伝統のキリスト教自身が抱える、宣教が脅しになるという拭いがたい矛盾は、聖霊を信じず、地獄を信じるところから来ており、これを改めない限り解決しない。

 

16世紀の日本人は、この矛盾に気付いてキリスト教に靡かなかった。それは賢明であり、誇れることである。

 

現代では、ムスリムまでが日本を自分の宗教国家にするなどと言っているが、日本人はそこまで宗教にのめり込まない冷静さがある。それは二つの宗教を共存させ、冷静に宗教というものを公正に見る目を養ってきたことも関係しているように思われる。

 

 

一神教などの確定的宗教は、人類の中に個人と個人の線引きを行ってしまっている。

その宗教の圏内に居ることが救いになっており、その原因は宗教の自派正当化であり、教理の構造そのものに問題がある。

純粋なキリスト教であれば、『聖徒』の理解、即ち「アブラハムへの約束」が創造の神らしく全人類への益に対するものであることの延長線上に存在しているはずであり、信者個人の益を追及するものにはならないはすである。

そこで言えることは、現状で大半のキリスト教は「創造の神」の意図を反映しておらず、信者の益に対する欲求に支えられる『人間の教え』に堕落しているということになる。

 

 

 

 

コリント第一14:16 「初心者」?

コリント第一14:16

『そうでないと、もしあなたが霊で祝福の言葉を唱えても、初心者の席にいる者は、あなたの感謝に対して、どうしてアァメンと言えようか』 【口語】

 

『さもなければ、仮にあなたが霊で賛美の祈りを唱えても、教会に来て間もない人は、どうしてあなたの感謝に「アーメン」と言えるでしょうか』【新共同】

 

『そうでないと、あなたが霊において祝福しても、異言を知らない人々の座席に着いている人は、あなたの言っていることがわからないのですから、あなたの感謝について、どうしてアーメンと言えるでしょう』【新改訳】

 

異言を聞いても普通の人や子供の席にいる人々には分からないではないかの意

 

1Cor14:16

ἐπεὶ ἐὰν εὐλογῇς [ἐν] πνεύματι, ὁ ἀναπληρῶν τὸν τόπον τοῦ ἰδιώτου πῶς ἐρεῖ τὸ ἀμὴν ἐπὶ τῇ σῇ εὐχαριστίᾳ; ἐπειδὴ τί λέγεις οὐκ οἶδεν· 

[ἰδιώτου] "stupid person"

 

ceterum si benedixeris spiritu qui supplet locum idiotae quomodo dicet amen super tuam benedictionem quoniam quid dicas nescit [Vulgata]

 Itariano "idioti" 

 

「初心者の席にいる者」口語 「教会に来て間もない人」新共同

新改訳は「異言を知らない人々の座席に着いている人」これは相当な意訳

 

 

Otherwise, if you give thanks with your spirit, how can anyone in the position of an outsider say “Amen” to your thanksgiving when he does not know what you are saying? [ESV]

 

Else when thou shalt bless with the spirit, how shall he that occupieth the room of the unlearned say Amen at thy giving of thanks, seeing he understandeth not what thou sayest? [KJV]

 

Otherwise if you bless in the spirit only, how will the one who fills the place of the ungifted say the "Amen " at your giving of thanks, since he does not know what you are saying? [NASB1995]

 

Otherwise, if you say a blessing with the spirit, how can anyone in the position of an outsider say the "Amen" to your thanksgiving, since the outsider does not know what you are saying? [NRS]

 

 

 

Since otherwise, if thou blessest with [the] spirit, how shall he who fills the place of the simple [Christian] say Amen, at thy giving of thanks, since he does not know what thou sayest? [DBY]

 

 

Suppose you are praising God with your spirit. And suppose there are visitors among you who don't understand what's going on. How can they say "Amen" when you give thanks? They don't know what you are saying. [NIRV]

 

 

Else, if thou shalt bless with the spirit, how shall he that holdeth the place of the unlearned say, Amen, to thy blessing? Because he knoweth not what thou sayest.

 

 

For els when thou blessest with ye sprete how shall he that occupieth the roume of the vnlearned saye amen at thy gevinge of thankes seynge he vnderstondeth not what thou sayest [Tyndale]

 

 

Wenn du Gott lobst im Geist, wie soll der, der als Unkundiger dabeisteht, das Amen sagen auf dein Dankgebet, da er doch nicht weiß, was du sagst? [Luther]

"Unkundiger" 「事情を知らない者」

 

 

いずれにしても、エクレシアには異言を翻訳されないと意味がない人々、それは初心者であり、部外者であり、事情に通じていない人々ではあったが、信仰を懐いて、または懐くために参加していた人々がいたことを表す。

 

以下のパウロの句は、集まりで話されることが理解されなくてはならないことを明確にしている。

 

『また、もしラッパがはっきりした音を出さないなら、だれが戦闘の準備をするだろうか。
  それと同様に、もしあなたがたが異言ではっきりしない言葉を語れば、どうしてその語ることがわかるだろうか。それでは、空にむかって語っていることになる。
  世には多種多様の言葉があるだろうが、意味のないものは一つもない。
  もしその言葉の意味がわからないなら、語っている人にとっては、わたしは異国人であり、語っている人も、わたしにとっては異国人である。
 だから、あなたがたも、霊の賜物を熱心に求めている以上は、教会の徳を高めるために、それを豊かにいただくように励むがよい。
 このようなわけであるから、異言を語る者は、自分でそれを解くことができるように祈りなさい』。コリント第一14:8-13

 

これはペンテコステ派の無秩序で野放図な集会の在り方に疑問を投げかけるものとなっている。その無益さにより益を受けるのは誰であるのか?

 

 

 

 

 

新約聖書での κόλασις カラシス

 

使用例はMt25:46 1Jh4:18 の二回だけ

 

『そして彼らは永遠の刑罰を受け、正しい者は永遠の生命に入るであろう』。口語

καὶ ἀπελεύσονται οὗτοι εἰς κόλασιν αἰώνιον

 

 ἀπελεύσονται ”they are released” 

 κόλασις の対格単数形 「刈り込み」 転じて「罰する」「抑制する」

 αἰώνιον がついて 「永遠の罰に放たれる」

 

κόλασις αἰώνιος と ζωὴ αἰώνιος が並行している

キリスト教界は、「永遠の罰」として「永遠の幸い」との対照から

矯正的懲罰」と理解するか「最終的刑罰」と理解するかの論議があった

罰も命と同様に終末的・永続的なものと解釈

 

ローマ・カトリック、東方正教会、ルター派、改革派(カルヴァン派)、バプテスト派、福音派の多く 要するに大半の宗派で永続的な罰と捉える

 

但し、東方教会の伝統には、西方教会ほど「地獄=神が与える拷問の場所」という発想は強くない「神の愛から阻害される苦しみ」というほどに重大さは薄められる

 

また、普遍救済論者は”κόλασις αἰώνιος”が永遠の刈り込み(矯正)と字義を採り、「来たるべき時代に属する神の矯正的裁き」と理解する 

「神との交わりから切り離される」「命から切り離される」という終末的な理解は、”κόλασις αἰώνιος”単体ならそう言えなくもない

しかし、直前の25:41にある「悪魔とその使いたちのために用意された永遠の火に行け」の句を合わせると、その理解の正当性は難しい

 

et ibunt hii in supplicium aeternum iusti autem in vitam aeternam [Vulgata]

ともあり、ほとんどの英訳は”eternal punishment” と訳す

everlasting torment と訳したのはWicliff でこちらはさらに地獄に近い

 

"Then those 'goats' will be herded to their eternal doom, but the 'sheep' to their eternal reward."と訳すのはThe Message Bible で非常に珍しい

 

 

ヨハネ第一4:18

『恐れは罰を伴い、恐れる者には愛が全うされていない』新共同

ὅτι ὁ φόβος κόλασιν ἔχει, ὁ δὲ φοβούμενος οὐ τετελείωται ἐν τῇ ἀγάπῃ.

κόλασιν [名)対女単 ]

 

NASBなど ”because fear involves punishment”というように訳すものが多い

NKJVは”because fear involves torment”としておりさらに地獄の苦しみに近い

 

 

二箇所とも「地獄での永遠の責め苦」を背景に訳している

だが、ヘブライ宗教文化からすれば、κόλασις はギリシア語の元の意味に同じく

「切られる」「切断」の意味に捉えられるべきもので、ここにギリシア語を介して異教の「永遠の地獄」の概念を訳出に混入させた結果となっている。

 

しかし、「地獄の火に行け」というのは、悪魔にとって本来の住処に行けというようで、却って加虐者である悪魔自身は喜ばしく思えるのではないか、それならどこが「罰」なのか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現代のエピファネスとなるか北の王

中国共産党は体制維持のため「宗教の中国化」を行い、国際社会に信仰の自由を認めているように見せかけるポーズを取り、国内的には宗教が服従した様子を伝えるため、仏教、道教、イスラム教、カトリック・キリスト教、プロテスタント・キリスト教を公認5大宗教とし、それぞれの活動を政府が管理している。

 

中国国内に一億のキリスト教信者が居て、総数で共産党員(党員数は2009年時点で7800万人)を上回っている。
イスラム人口は2300万とされており、多くが西域に住む。
コロナのパンデミックを機にモスクのドームやミナレットが撤去され、中華風の建築物に強制改修されている。
 
2021年5月には、すべての宗教の聖職者に「共産党の指導や社会主義制度の支持」を義務付ける規則を施行した
 

肖像画の掲揚と「宗教の中国化」
イエスから習近平へ:2017年には、江西省余干県で数千人のキリスト教徒が、家にあるイエス像や十字架を撤去し、習近平の肖像画に置き換えることを命じられました。


十字架の撤去と肖像画の設置:2024年にも、中国の教会で十字架が撤去され、習近平の肖像画に置き換えられる動きがあることが報じられています。


忠誠心を求める党:キリスト教徒の中には、当局からキリスト教の信仰よりも党への忠誠心を優先するよう圧力をかけられている人もいます。


習近平思想の学習:十戒を習近平の言葉に差し替えたり、信者に習近平の業績を学ばせたりする動きも見られます。 

 

宗教弾圧の背景
これらの動きは、習近平政権が推進する「宗教の中国化」政策の一環です。 

「中国化」の目的:すべての宗教を中国の国家イデオロギーに適応させることを目指しており、宗教的な象徴の破壊や宗教施設の改変を伴います。


共産党への帰属:宗教団体を国家公認の「愛国的」な組織に組み込み、共産党の統制下に置こうとしています。


無許可教会の弾圧:国家の監督を拒否する「地下教会」や「家庭教会」の弾圧が強化され、指導者や信者が拘束されたり、教会が閉鎖されたりしています。 

 

信仰と党の対立
中国共産党は無神論を掲げていますが、共産主義思想への崇拝を求めており、習近平個人への個人崇拝を推進しています。宗教への弾圧は、党以外の絶対的な存在(神)への信仰を認めず、忠誠心を独占しようとする党の姿勢の表れだと指摘されています。 

 

 


中国共産党は体制維持のため宗教の中国化を行い、国際社会に信仰の自由を認めているように見せかけるポーズを取り、国内的には宗教が服従した様子を伝えるため、仏教、道教、イスラム教、カトリック・キリスト教、プロテスタント・キリスト教を公認5大宗教とし、それぞれの活動を政府が管理している。


創価学会は、中国共産党の下部組織「中国反邪教協会」に解散命令への歓迎メッセージを出された統一教会/家庭連合以上に、不利な立場にある

 

中国情報機関の強い影響下にあるのが、韓国の世界反異端協会だ。

同協会の活動家呉明玉氏が、中国の弾圧から逃れるため韓国に避難した宗教信徒の顔写真を含むパスポート情報を所持していたと、新聞報道にはない証言が関係者の間で囁かれ続けている。


2025年9月には、もう一つの動きとして陳代表の世界異端協会と中国共産党直轄の中国反邪教協会が、韓国で国際シンポジウムを行い、日本からは宗教社会学の櫻井義秀教授との共著や活動が印象的な中西尋子研究員が参加している。

 

 

創価学会は1972年の日中国交正常化での根回しを行い、(周首相からか)中国国内での優遇された布教を許可する提案がなされたが、これは遠慮している。

支部や講は設置せず、布教活動は行っていない。

ただし、池田思想研究所を各地の大学内に設立はしてきた。これは2024年になっても大連大学に設立されるなど継続しており、創価学会と共産党との関係は良好といえる。

中国の公的な機関である「中国人民対外友好協会」や「中日友好協会」などの招へいにより、創価学会の代表団が定期的に訪中中国の公的な機関である「中国人民対外友好協会」や「中日友好協会」などの招へいにより、創価学会の代表団が定期的に訪中している。

 
 
韓国の「世界反異端協会」

中国情報機関の強い影響下にあるのが、韓国の世界反異端協会だ。

同協会の活動家呉明玉氏が、中国の弾圧から逃れるため韓国に避難した宗教信徒の顔写真を含むパスポート情報を所持していたと、新聞報道にはない証言が関係者の間で囁かれ続けている。


2025年9月には、もう一つの動きとして陳代表の世界異端協会と中国共産党直轄の中国反邪教協会が、韓国で国際シンポジウムを行い、日本からは宗教社会学の櫻井義秀教授との共著や活動が印象的な中西尋子研究員が参加している。

以下、詳細

 

 

世界がますますイデオロギーの対立によって分断されるなか、奇妙で憂慮すべき同盟が形成されている。そこでは、キリスト教の根本主義者が、過激な世俗主義者や宗教弾圧の推進者と手を結んでいる。その具体的な証拠が、最近韓国・大田(テジョン)の木原(モクウォン)大学で開かれた国際シンポジウムである。この会議は韓国内ではほとんど秘密裏に進められたが、中国共産党の統一戦線工作を担う大規模なプロパガンダ組織「中国反邪教協会」が、数日後、誇らしげに公表した。表向きのテーマは「異端」や「カルト」との戦いだが、実際の目的は、左派的な世俗主義に異を唱え、中国共産党の脅威となる宗教的マイノリティを抑圧することにある。

中国共産党は、この会議に強力な代表団を送り込んだ。メンバーには、湖北省反邪教協会理事の徐涛(シュー・タオ)、かつては新宗教運動を研究する欧米の学者と対話していたものの、現在では完全に中国共産党の弾圧政策に歩調を合わせている中国人民公安大学(公安当局直属の大学)教授の張春麗(チャン・チュンリー)、さらに遼寧省瀋陽にある東北大学副教授の陳徳全(チェン・ドーチュエン)の名が含まれていた。

世界最大の反カルト組織を名乗る中国反邪教協会は、単なる共産主義正統派の監視機関ではない。それは、中国共産党のイデオロギーの枠外で活動する宗教団体を非合法化し、解体するために作られた「武器化された官僚組織」である。中国国内での主な標的は、法輪功や全能神教会といった新宗教運動だ。これらの団体の信者たちは、信仰を理由に拷問され、投獄され、命を奪われた者もいる。

中国の専門家が韓国での弾圧に関与していることは注目に値する。これは、最近発足した左派寄りの韓国政府による統一教会や他の保守的宗教団体への大規模な取り締まりと歩調を合わせている。

この集まりには、韓国、日本、ドイツのキリスト教牧師や学者たちも積極的に参加していた。本来なら、いかなる道徳的基準から見ても宗教の自由を守るべき立場にあるはずの人々が、その抑圧を企てる側に加わっていた。

韓国側の代表団は「世界反異端協会」に率いられ、中国の情報機関と協力してきた数多くの経緯がある。彼らの使命は何か。それは反共産主義を掲げる統一教会や、全世界にいる中国人を改宗させることで中国共産党を揺るがす、新天地をはじめとする新宗教運動の信者たちに対して嫌がらせを行うことにある。さらに彼らは海外にも出向き、民主主義国家の政府に対して、亡命を求める全能神教会信者を中国に送還するよう働きかけている。しかし、その先に待つのはほぼ確実な迫害である。これは単なる脅しではない。国連拷問禁止委員会も、送還された全能神教会信者が中国で拷問や非人道的な扱いを受ける危険があると明確に警告している。

出席者の中には、長年にわたり統一教会(現・世界平和統一家庭連合)に反対し、その日本の法人格解散を求める動きを支持してきた研究者・中西尋子の姿もあった。中西は、反カルト研究者の櫻井義秀と共著で、統一教会を批判する論争的な書籍を出版している。

不自然な同盟:中国、日本、韓国、そして世界的な反カルト十字軍

Massimo Introvigne

 

 

所見:
個人崇拝の独裁体制の維持は人々の叡智を強く抑える必要があるので、維持は難しい。
それは不合理を人に受け入れさせるのを強いるために宗教以上に思考を制御させなくてはならず、自由さや闊達な成長を宗教以上に厳格な監視によって阻害しなければ成り立たない。それも民衆は独裁と個人崇拝の不利益にも不条理にも気付いてしまっている状態でなお全体に「演技」が強要される。
そこは道理ではなく強制が支配する社会であり、独裁体制にとって最も目障りなものが人数が多く信仰行動が明確な宗教になる。
大陸の現独裁体制は、人倫関係をほとんど損なった極端で史上稀に見る事例となった。国家の自然な成長も発展も、個人崇拝の国家宗教に阻害され、様々な閉塞にあり、暴発か崩壊の危機が日毎に増している。それはもはや時間の問題となっている。2020年以降の当局の締め付けは急加速が明らかで、焦りが次第に増している観がある。
そこで大陸の反宗教行動は今後高まりはしても、緩められることは考えられない。おそらくは、これ以上ない極端な人権弾圧や殺人の坩堝ということではソビエト連邦をはるかに越えて史上最大で最強の反宗教国家として歴史に刻まれるに違いない。
この国家の法では個人の宗教の自由を唱えてはいるが、それは個人崇拝とは両立せず、体制を擁護しない宗教を迫害し取り潰すという行いは、実質的に宗教そのものを容認しておらず、人間理性や個人の尊厳への挑戦のようなことにまで及んでしまっている。これは異様な思想実験の場であり、徹底的に個人を尊重しないことにおいて、人類の本性に反する愚行であるのは目に見えている。
中国国内での宗教は共産党が支配下に置こうとするあまりに、信仰の本質は破壊されかけているが、そこには体制側の焦りのようなものが見える。本来出来ない民の心まで支配しようとすることは不可能だからであり、幾らかの賢明さがあるなら挫折は自明の理であり、力の正義を押し通そうとするその努力に膨大なコストをかけたところで、結末は見えている。結果として宗教に関わらず、多様なところから無理の祟りが出て、ソ連の宗教政策と共に歴史上の訓話になるように思われる。
このままなら、二大覇権国家の争いは避けられそうに無い。
現代のエピファネスとしてこれ以上に極端な個人崇拝もないと思われる。それともこれを超える事例が現れるのだろうか。
 
 
 

雑記録26-4

 

・ヨシヤ王 在位641/640 - 609 32年間

 第十三年は628-627

 ヨシヤの死から約23年後にエルサレム破壊、その間四代

 ヨシアの死によってダヴィド王朝は傀儡となり終わる道に入った。

 長男 エホハナン、次男 エホアハズ17、三男 エホヤキム18、四男 ゼデキヤ20

     0(609)    3ヶ月(609Tn)       11年(608-)     11年 (597-)

ヨシヤ王の3人の息子と1人の孫が王位に就く19代のエホヤキンはエホヤキムの子

エホヤキンの治世は2年だが開始はエホヤキム治世中

エホアハズとゼデキヤの母はハムタル

エホヤキムはゼデキヤの三歳年下

 

ヨシヤの13年から42年 エレミヤ60歳?(開始18歳として)

エレミヤの預言からするとヨシヤ王治世中から宗教体制の問題が大きかった

 

ハダドリモンの慟哭とは、メギドでファラオ・ネホに挑んで落命した最後の善王にして独立したダヴィド朝の王ヨシヤの死を悼むもの。エジプトの介入により民全体での正式な葬儀が憚られたであろう。

預言により、ユダはバビロニアに征服される道に入ることになり、エゼキエルは以降の王を『長』と呼ぶ。

 

 

・フィリピ 1:23『わたしの願いを言えば、この世を去ってキリストと共にいることであり、実は、その方がはるかに望ましい』。

[ ἀναλῦσαι ]

having a desire to depart and be with Christ, which is far better. NKJV

⇒ テモテ第二 4:6 『わたしが世を去るべき時はきた』。

the time of my departure is at hand. NKJV

[ἀναλύσεώς]

 

 

・「セカンド・チャンス」云々

生きている間に信仰しなければ地獄に落ちるという妄想は二つの利害に関わる

① 現世における信仰の必要性

② 伝道への動機

福音派の枠組みにおいては、信仰とは単なる精神的な慰めではなく、「永遠の生死」に関わる決定的な選択となる。

ここに問題がある。

自分がどう裁かれるかを決定しようとしており、動機は生存欲求となっている。

人の側にどのような問題があって神は人を死にゆく者としたのかという、最も重要な観点を欠いている。

これはどのような人が神の前で生かされるのかという条件を、聖書の解釈次第で人が自ら決めることになる。そもそも『信仰』も何を以ってその信仰とするのかもキリスト教界では必ずしも共通していない。そこに『救い』が何かも「天国行き」くらいに捉えられているのであれば、その信仰も救いもご利益目当てであり、神の意図するところ裁きの由来や本質について考慮せず、ただ、裁判官に取り入り処罰を逃れようとする罪人のようになっている。

その結果が、独善であり、利己心の増幅に向かう。それは往々にして宣教態度に表れている。まず、「人としてどうなのか」という観点が「キリスト教」の誤解によって失われている。

これはカトリックも16世紀の日本で問われたことであった。なぜ、また繰り返すべきか。それが日本伝道の失敗要因の一つではないのか?

日本は優れたものを見極め受け入れてきたが、精神性が低く、利己心に狭められたものに日本人は靡かなかった。「和魂洋才」は今日でもゆるがない。

 

 

 

・「善」に二種類あり

規則的な善と教訓的な善

道義と悔い

福音書はこの対立を描く

ヨブ記はこれとはまるで異なる論点を述べている。

また、ヨブ記には聖徒らが受ける苦難が彼らの義と相容れないものであることも表明し、聖徒らの苦難への慰めを含んでいる。Jm5:9-11

ヨブ記28章の辺りに重い論点がある(ヨブ最後の主張)

 

 

・「正しい宗教」

律法崇拝体制は神によって創始されたものだが、イスラエルの契約順守の度合に応じて是認された範囲に収まることもあれば、契約違反により崇拝が続行されていても是認を受けていない状態にも在り、そこで神が制定した崇拝であっても意味を失っていた期間があり、そのような是認のない状態の時代の方が積算して長く、遂に捕囚を受け、神殿祭祀の再興によってメシアへと希望を繋いだが、そのメシアを見分けず除き去った後、ひと世代で二度目に崇拝を失った。

キリスト教の霊による崇拝は、第二世紀あたりまで存続したが、聖霊降下が止められ、以後は異教や悪霊の教えの満ちる場となり、キリストの精神は無視され、俗化して肥大化している。

どちらも、神由来の崇拝ではあったが、つまるところそれが「正しい宗教」であるか否かは崇拝者の意識と行動に依拠するものであったと云える。まして、現今の宗教には「正しい崇拝」と見做せるものは存在していない。ただ、その荒跡のようになっており、『シオンを憂う者ら』を待つ状態にある。

特にキリスト教では、聖霊降下の中断は人間の影響の及ばないものであり、聖霊に満たされていたところから聖霊が抜け、そこに『七つの悪霊』が巣くうようなことになっている。律法崇拝体制が復活してメシアまで存続したように、キリスト教体制もメシアの再臨まで存続し、聖霊注がれる者たちを迎え、除き去る役割りを担うために残されていると見るのが聖書記述の意味であることが暗示されている。

聖霊の再降下が起こるとき、そこに「正しい宗教」は存在することになるが、それを見分ける人々は少数で、大多数はその敵となる。それは「人間の正しさ」に固執するためであり、初臨の際にユダヤ宗教体制が見せたものである。

 

 

 

キリスト教界信徒「クリスチャン」が信仰の押し付ける原因

 

 ・教理の原因

少なくとも自分たちの信仰を持たないものは地獄行き

 

 ・文化的同化圧力

「キリスト教」が信仰されている社会が「教化」され正常な世界と妄想する

  クリスチャンはキリストの善的教えを受けているので道義的で神の前に清いという価値を自認するが、これは一神教が陥りがちな陥穽となってきたが、一神教同士ではこれが争いの火種になり、結果的には善とは程遠い実態を晒してきた

植民地支配は独善性の発露を前提にしなければならない

 

 ・対抗勢力の勃興

かつては無神論を推進する共産主義が、今日ではイスラムの勢力が強まっている

 

 ・正義の妄想

キリストを信じる者は神の前に正しいので、その布教行動は正義であるとの妄想

正しい者が多少の悪を行うのも善の一部と妄想され、自然な良心が働かない

 

 ・反対者は無知な悪に在るとの決めつけ

反対者は「キリスト教」を詳しく知らず反論するので、良く知れば同調すると

そのため知った上での反対者は背教者であり地獄行きと決め付ける

そこで自分たちの教理の合理性は問わない

 

 ・信仰は宣教の反応や教会への興味であるとの思い込み

『聖霊に拠らなければイエスは主であるとは言えない』の句の単純な理解

 

 ・信仰が個人の自由な決定であるべきことの理解不足

「信仰は自由」と口にしても、それが政治の進歩の恩恵であることを忘れている

人間の自由な思考が生来的なものとして擁護したのは中立を標榜した政治の側であった

 

 ・信仰を持った自分は「救われている」との傲慢さ

自分たちは「救われている」ことにしてしまい、神の裁きを無効化している

 

・死への恐れに対する避難先としての「正しい宗教」

そのため、「正しい宗教」を自分たちで守ろうとする主観的正義が生じる。それは個人の命に関わることであるので、勢い独善的にでも熱心さを招く

 

”キリストを信じたからクリスチャンは救われているのか?

これは大いに間違っている。

是認の証しである聖霊が注がれてもいない者に、いったい何時キリストの贖いが適用されたのか?

神の王国の千年統治は何のために存在するのかは考えない。

意識せずに天国と神の王国とが対立するものとなっている。

 

 

・宗教の三要素からして

目的である救いから逆に論理が構成される

天国や現世利益のご利益目的であれば

千年王国という神の経綸は不要となり無千年主義の教理が作られる

「天国」か『神の王国』かの争点が終末の重要な裁きとなる。そこから聖徒らを国家転覆罪で訴える口実を得る。しかし、バプテストもキリストも『神の王国は近づいた』と宣明していたのであれば、ユダヤに在ってそれはダヴィド王朝の再興の意味が込められており、単なる「天国」とは異質である

聖徒を支持するか否かの前にこれが大きな障壁になり「天国」は『神の王国』を遮る象徴的な「ローマ帝国」となり兼ねない

だが、この論争の後に世界的な宗教事情は変化するのであろう。

キリスト教界とイスラムには天国があるが、ユダヤ教にはほぼ無い点が、GBへの攻撃の誘因のひとつかも知れない

 

神の王国でのキリストの働きが失われ、キリスト自身が神とされる

人間とはアダムの罪を負っている証拠として自己中心に神を捉えようとする

創造の神が人間となって犠牲の死を遂げたと感動する

 

三位一体説が避ける理解 ①ホクマー(ロゴス) ②『神々』の意味

キリスト教理解に趨勢と自己感情が前提されており、聖書の言葉を追わない

・「アドナイ メムラー」≒ λογος 

神の力や意志が世界に作用する際の仲介者的な存在として「神のメムラー」とタルグムのアラム語で表現されてきた。意味はロゴスに近い。

Ps33:6 『YHWHの言葉によって天は造られた』≒『YHWHが語られると、それは成し遂げられた』 この句についてはラビ文学でユダヤ教に強調されている。「聖なるお方、祝福されしお方は、『マアマル』によって世界を創造された」(メクティオン;ベシャラハ10)

他に『YHWHは御言葉を送って彼らを癒された』(詩篇 107:20)

知恵の書 16.:12「主よ、御言葉は万物を癒します」

『YHWHはヤコブに御言葉を送られ、それがイスラエルに降り注いだ」(イザヤ書 9:7 [AV 8]、15:11)

シラ書 xlii. 15「神の言葉によって、神の御業が存在する」

 

ミシュナーは、創世記(ch. i.)の「そして神は言われた」で始まる 10 の箇所に言及し、世界が創造された 10 の「マアマロット」(=「言葉」)について述べている(アボット v. 1

神から発せられたすべての言葉[「ディブル」]から天使が創造された(ハギガ 14a)

そして決定的なのが、箴言8章とコロサイ1:15、黙示録3:14

三位一体説は成り立たない上にあまりに浅薄である。

しかし、その悪性ゆえに終末の裁きの日まで存続しなくてはならない。三一論の担い手は掃いて捨てるほど居るばかりか、自ら喜んでその擁護者となるに違いない。

 

 

難問に直面したときの対処法の違い

問題全体に立ち向かうのか

個人さえ幸福であれば良いのか

という選択が拓かれる

これが神の裁きへと進む

 

 

・アブラハム契約はイスラエルを生み出すために

 律法契約はメシアに応じる民を備えるために

 新しい契約はアブラハムの胤を集めるために

異邦諸国民はその外周である中庭に場を得る

 

 キリスト教界はこれら契約による秩序を無視し

 信者であれば聖なる民であるとして、その特権を奪い権威を無視する

 

 

・賛美は阿りか?

偉大さや支配権や創造の大きさを誉め奉ることを、実際に体現している神が喜んでその誰かを是認するだろうか?

神の超越性は当然のことであり、むしろ人との関係性に於いて神の賛美の対象がある。

それを一言で言い表せば「ヘセド」であって、これは旧新の聖書に一貫している。

神が人類のすべてを平身低頭させようと思えば簡単なことであり、創造の初めからそうしているに違いない。むしろ、そうしなかったところに神の崇高さが表れているのであって、その姿勢こそが賛美尽きない源泉となり得る。

紅海のような圧倒的な勝利であっても、その前には些細なことであるに違いないが、矮小な人間には、それを見通すことが難しい。そして、やはり多くの宗教がその低次元に留まっている。

 

 

・オメルの習慣の起源について

エジプト脱出からシナイ山で律法を授かるまでの期間との認識は古くからある。

ラビ・アキバの弟子たち2万4,000人が、この過越の祭りと週の祭りの間に疫病、あるいはローマ帝国に対する反乱による戦乱によって全滅したことからとのこと。

ラグ・バオメルは、アキバのその日に疫病が収まったとされるところから

 

 

・酵母の有無について

[מַצּ֔וֹת] マッツォート    [לֶ֣חֶם] レケム  [חָמֵץ] ホメッツ は旧約時代には専ら「発酵」の意味であり酵母入りのパンを指すわけではなかった。レケムは「パン」という普通名詞であり、本来は酵母の有る無しに関わらない。酵母の存在を強調している内にユダヤ人は酵母入りのパンをホメッツと呼ぶようになっていった。

 

 

・ニサン8日について

ユダヤ教の主要な年代記である『セデル・オラム・ラッバー(Seder Olam Rabbah)』や、タルムード(シャバット篇87b)、ミドラシュ、そしてラシの解説において、この日は「10の王冠(栄誉)を授かった日」として記憶されており、その第1の王冠が「日曜日であったとのこと。

ユダヤ教の伝統では、アロンが初めて祭壇に犠牲を捧げ、神の栄光(シェキナー)が幕屋に下ったその歴史的な日は、「10の王冠(Ten Crowns)」と呼ばれる。

ユダヤ教の神秘主義や思想において、幕屋の完成とコハトのケフナーとしての活動開始は「世界の再創造(完成)」を意味する。そこで週の第一日とされる。

これはダニエルの第七十週への非常に深い示唆に富んでいる。

神が何もないところから世界を創り始めたのが「日曜日」であったなら、人間が神のために聖所を造り、神との交わり(祭祀)をスタートさせるのもまた「日曜日」でなければならないとユダヤ教徒に伝承されて来た。

ヨム・リショーン(יום ראשון)は「初め[第一]の日」の意味で、神の臨在の住まい(幕屋)という新たな創造も始まらなければならなかった(シャバット篇 87b)

その年は[Anno Mundi]で2449年、つまり西暦前1311年ニサン8日の日曜日に律法祭祀が開始された。

シャヴォートの日が安息日を七回数えたオメルが終わった次の日であれば、聖霊降下により大祭司と祭司の奉仕の開始が、アロンとその子らによる奉仕の初めが週の第一日であったという伝承と一致する。

オメルのカウント方法にはユダヤ教内部にふたつあり激論を戦わせてきたが、大安息日に於いてだけは奇跡的に合致する。

 

 

・古代ギリシアにおいては元来、ポリスの創建者や独裁者からの解放者、戦死者などを「英雄」として崇め、神、または半神として祭儀を捧げる習慣があった[201]。このことからドイツの神学者ハンス・ヨセフ・クラウクはギリシア人の精神的世界において、人は神の位階に昇ることが可能であり、「神々と人間との境界」には抜け穴があったとしている

ギリシアを征服したフィリッポス2世やアレクサンドロス3世といったマケドニアの王たちが自身の神格化された地位を要求したか、あるいはそれを要求していると考えたギリシア人の諸ポリスがこれに迎合して利益を得ようと図ったことによって、こうした王に対する神格化が常態化していったと考えられる

 

 

・彼が生きていたら何をしていたか

YouTubeやTikTokによる発信、SNSを使った協同組合ネットワーク、クラウドファンディング、ポッドキャスト、オンライン講座、仮想空間での共同体、データとAIを活用した社会改革

 

 

 

 

 

アウグスティヌスへのマニ教の影響

David Morphew 

「アウグスティヌスでのマニ教、創造の寓意的解釈」から

 

マニ教は性行為と結婚を非難し、女性の地位は、生殖における役割によるものである。しかし、アウグスティヌスの男性中心主義は人類学は、女性が男性に従属することの理論的正当性を提供し、アウグスティヌスの人類学は、創世記の寓話的解釈に最も影響を受けており、マニ教ではなく、新プラトン主義の二元論から来ている。

 

プラトン主義の影響を受けた方法論で、アウグスティヌスはアダムの創造物語に

人類の霊的創造は、原型的に男性として創造された。アダムとイブは神の似姿として創造された。

霊的な存在として、人間特有の完全な理性を模倣する限りにおいて。イブは彼女が人間である限り、アダムとの一体性の中にこの霊的な本質があるが、女性としてのイブは

不完全で従属的な被造物として描写されている(三位一体論 12.7)。

 

アウグスティヌスが人類学を発展させる際にアレゴレシスを用いたのは、

マニ教の過去。マニ教の創始者であるマニは、創世記の物語を否定した。

聖典、そして寓意的解釈そのもの。アウグスティヌスはマニ教を部分的に否定した。

彼が新プラトン主義に見出した、より洗練された寓意解釈の手法が欠けているからである。

哲学的に、彼は後にキリスト教聖書の寓意解釈を用いて反論した。

 

一方で、マニ教徒らは生殖を避けるために性行為を放棄することを強調し、それをプロセスだと考えている。

光を暗い物質に閉じ込めること。禁欲的な実践と放棄の強調、しかし、処女を保つことで「男のようになる」という女性の考え方は、初期のマニ教の影響を除いたキリスト教。フィロン、オリゲネス、ニュッサのグレゴリウスのようにアウグスティヌスもまた、プラトンの理論的枠組みに基づいて禁欲主義に関する見解を表明した。

 

 

アウグスティヌスの女性観は、フィロン、オリゲネス、ニュッサのグレゴリウスと同様に、創世記の創造物語を読む解釈学的実践に大きく影響を受けている。

比喩的に言えば、アウグスティヌスは同時代の人々よりもずっと穏健で、女性も神の似姿に造られている(三位一体論 12.7)。

 

女性は完全な男性として復活するのではなく、女性として栄光のうちに復活するだろう(『都市論』(Dei 22.17–18)。

彼はまた、生殖の善性を肯定しつつも、出産目的以外の性行為や性欲は罪深いとされる(De sermone Domini in monte 1.15.41).⇒ これはルターや新教系に引き継がれている

 

 

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マニ教の影響と説く学者

Johannes van Oort 

ファン・オールトの研究は、アウグスティヌスが単なるカトリック思想家ではなく、古代地中海世界における宗教的・文化的交差点の中で形成された存在であることを強調する点で画期的である。彼の分析は、初期キリスト教思想をユダヤ教、グノーシス主義、マニ教といった広範な文脈で再評価するための基礎を築いた。

 

Jason David BeDuhn

ベデューンはインディアナ大学ブルーミントン校で博士号(宗教史)を取得。研究対象は、初期キリスト教の発展、マニ教の教義体系、宗教思想の形成過程などに及ぶ。彼は宗教文献を歴史的・文化的文脈の中で分析し、宗教の「正統」と「異端」の境界がどのように構築されたかを探る学際的研究を展開している。

アウグスティヌスは改宗後もマニ教的な知識観・宗教観を部分的に保持したと分析

代表的著書には『Truth in Translation: Accuracy and Bias in English Translations of the New Testament』(2003年)や『The Manichaean Body: In Discipline and Ritual』(2000年)などがある。前者では新約聖書の英語訳における神学的偏向を分析し、翻訳の客観性を問う論考として注目を集めた。後者ではマニ教の身体観と宗教実践を文化人類学的に検討し、宗教身体論の重要文献とされる。

 

 

Peter Iver Kaufman

ピーター・アイヴァー・カウフマンは、アメリカ合衆国の歴史学者・宗教学者であり、政治思想史と宗教思想の交差領域を専門とする。古代からルネサンス期にかけての西洋政治思想およびキリスト教的指導理念の研究で知られる。

カウフマンは、政治と宗教の相互作用を歴史的文脈で分析する研究を展開してきた。特にアウグスティヌス、トマス・モア、マルティン・ルターといった思想家の著作を通じ、指導者像や共同体倫理を再考する立場をとる。

 

 

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354年までに、ポワティエのヒラリウスは、マニ教がローマ領ガリアで大きな勢力であったと記している。381年、キリスト教徒はテオドシウス1世にマニ教徒の市民権を剥奪するよう要求した。382年から、皇帝はマニ教を弾圧し、その信者を罰するための一連の勅令を発布した。

 

ヒッポのアウグスティヌス(354年 - 430年)は387年にマニ教からキリスト教に改宗した。ローマ皇帝テオドシウス1世は382年にすべてのマニ教修道士の処刑を命じる勅令を発布し、 391年にはキリスト教をローマの国教とした。ローマの迫害により、マニ教は5世紀には西ヨーロッパから、6世紀には帝国の東部からほぼ消滅した。

 

アウグスティヌスは『告白録』によれば、「聴聞者」のグループの一員として9年か10年間マニ教の信仰を奉じた後、キリスト教徒となり、マニ教の強力な反対者となった(彼はマニ教の反対者であるミレーヴェのファウストゥスに対して書面でそのことを表明した)。彼は、信者の知識(すなわちグノーシス)が救済をもたらすという信念は受動的すぎて、人生に変化をもたらすことができないと考えた。

 

私はまだ、罪を犯すのは私たち自身ではなく、私たちの内なる別の性質だと考えていました。罪を犯していない、過ちを犯しても告白しない、と考えることで、私のプライドは満たされました。私は自分を弁護し、自分の中にあるが自分の一部ではないこの未知の何かのせいにする方を好みました。もちろん、真実はすべて私自身のものであり、私自身の不敬虔さが私を自分自身と対立させていたのです。私が自分を罪人だと思わなかったからこそ、私の罪はなおさら治癒不可能だったのです。

「告白」V:X

 

現代の学者の中には、マニ教の考え方がアウグスティヌスの思想、例えば善悪の本質、地獄の概念、「選ばれた者」、「聞く者」、「罪人」への集団の分離、人間の経験や性行為に対する敵意、そして彼の二元論的神学の発展に影響を与えたと示唆する者もいる。

 

マニ教はイスラムの出現まで中近東を席巻し、中国福建省にはその寺院が現存している。テオドシウスは388年ころから帝国内のマニ教徒を弾圧し始め、市民権の剥奪や修道院の閉鎖などを命じている。

アウグスティヌスがその流行に乗ったのは時代としてそのようであった。

 

詩篇82の『神』の謎

 

 アサフの歌
 82:1 神は神の会議のなかに立たれる。神は神々のなかで、さばきを行われる。
 82:2 「あなたがたはいつまで不正なさばきをなし、悪しき者に好意を示すのか。〔セラ
 82:3 弱い者と、みなしごとを公平に扱い、苦しむ者と乏しい者の権利を擁護せよ。
 82:4 弱い者と貧しい者を救い、彼らを悪しき者の手から助け出せ」。
 82:5 彼らは知ることなく、悟ることもなくて、暗き中をさまよう。地のもろもろの基はゆり動いた。
 82:6 わたしは言う、「あなたがたは神だ、あなたがたは皆いと高き者の子だ。
 82:7 しかし、あなたがたは人のように死に、もろもろの君のひとりのように倒れるであろう」。
 82:8 神よ、起きて、地をさばいてください。すべての国民はあなたのものだからです。

 

↓ これは広告であり本記事とは何の関係もありません

 

מִזְמ֗וֹר לְאָ֫סָ֥ף אֱֽלֹהִ֗ים נִצָּ֥ב בַּעֲדַת־אֵ֑ל בְּקֶ֖רֶב אֱלֹהִ֣ים יִשְׁפֹּֽט׃ 2עַד־מָתַ֥י תִּשְׁפְּטוּ־עָ֑וֶל וּפְנֵ֥י רְ֝שָׁעִ֗ים תִּשְׂאוּ־סֶֽלָה׃ 3שִׁפְטוּ־דַ֥ל וְיָת֑וֹם עָנִ֖י וָרָ֣שׁ הַצְדִּֽיקוּ׃ 4פַּלְּטוּ־דַ֥ל וְאֶבְי֑וֹן מִיַּ֖ד רְשָׁעִ֣ים הַצִּֽילוּ׃ 5לֹ֤א יָֽדְע֨וּ ׀ וְלֹ֥א יָבִ֗ינוּ בַּחֲשֵׁכָ֥ה יִתְהַלָּ֑כוּ יִ֝מּ֗וֹטוּ כָּל־מ֥וֹסְדֵי אָֽרֶץ׃ 6אֲֽנִי־אָ֭מַרְתִּי אֱלֹהִ֣ים אַתֶּ֑ם וּבְנֵ֖י עֶלְי֣וֹן כֻּלְּכֶֽם׃ 7אָ֭כֵן כְּאָדָ֣ם תְּמוּת֑וּן וּכְאַחַ֖ד הַשָּׂרִ֣ים תִּפֹּֽלוּ׃ 8קוּמָ֣ה  אֱ֭לֹהִים שָׁפְטָ֣ה הָאָ֑רֶץ כִּֽי־אַתָּ֥ה תִ֝נְחַ֗ל בְּכָל־הַגּוֹיִֽם׃

 

 

ハヌカーで石打にしようとするユダヤ人へのキリストの言及

『イエスは彼らに答えられた、「あなたがたの律法に、『わたしは言う、あなたがたは神々である』と書いてあるではないか』。(ヨハネ10:34)

[ἀπεκρίθη αὐτοῖς [ὁ] Ἰησοῦς· οὐκ ἔστιν γεγραμμένον ἐν τῷ νόμῳ ὑμῶν ὅτι ἐγὼ εἶπα· θεοί ἐστε;]

 

 

エイレナイオスの言及

「神は神々の集いの中に立ちこれを裁く」Ⅲ6-1 p18
この「神々」についてエイレナイオスは異教の神々のことを意味しないという。むしろ、聖徒について指摘する。「ここでは、父と子、また子とされた人々について述べている」と言う。「この子とされた人々とはエクレシアであり、これが『神々の集い』と呼ばれるものであって、それは神すなわち子が自ら集めたものである」Ps82 cf.⇒Ps98:7
「神々」とはどんな神々か。『わたしは言った「あなたがたは神々である。皆が至高者の子らである」と』即ち子とする恵みを受けた人々に向かって語っている。この恵みによって『わたしたちはアッバ父よ、と叫ぶ』のである。Ⅲ-5

 

この記述から「キリストの兄弟ら」へと理解が進む。

糾弾される悪行の『神々』が何者であるのか

「神々の裁き」とは何かが三位一体説によって無数の教会員から隠されている。

ローマ国教化によって古代から置かれた罠は、終末に作動することになる。

 

大背教の到来は、再臨の油注ぎから然程のときを置かず、『彼らが証しを終える』時点で、すでにエクレシアは大混乱の最中にあるらしい。

 

 

 

 

 

マタイ19:28 パリンゲネシアの翻訳

主要な日本語訳がパリンゲネシア[παλινγγενεσία]について

『世が改まって』また『新しい世界になり』と訳す問題

 

先行記事において、幾つかの観点から考えを積んで来たが
 

  復活に関わる誤解 - Notae ad Quartodecimani

 

  

https://quartodecimani.hatenablog.com/entry/20171021/1508577016

  キケロの用例を含む

 

 雑録 - Notae ad Quartodecimani

  Ga3:28から第一の復活を示唆

 

 

六つの黙示録の中の「千年」 - Notae ad Quartodecimani

  千年期の管理者として

 

 

セム語の観点から見ると

ἐν τῇ παλινγενεσίᾳ の環訳は בְּחִדּוּשׁ הָעוֹלָם とされる(ヴェチダッシュ ハ シャオラム)

これは「世が新しくされるとき」「刷新の際に」

そこで大半の聖書は

以下、様々な翻訳で見解がほぼ二分されていることが分かる。

 

・「創造界の刷新」これは創造の神が関わる世界の建て直しの意味

・「新しい時代(世代)の到来」神が支配する時代の到来として

 

だが、このギリシア語の文脈

ὁ δὲ Ἰησοῦς εἶπεν αὐτοῖς· ἀμὴν λέγω ὑμῖν ὅτι ὑμεῖς οἱ ἀκολουθήσαντές μοι ἐν τῇ παλιγγενεσίᾳ, ὅταν καθίσῃ ὁ υἱὸς τοῦ ἀνθρώπου ἐπὶ θρόνου δόξης αὐτοῦ, καθήσεσθε καὶ ὑμεῖς ἐπὶ δώδεκα θρόνους κρίνοντες τὰς δώδεκα φυλὰς τοῦ Ἰσραήλ. 

と長い節中に在り、「イエスは彼らに言われた、「よく聞いておくがよい。世が改まって(別の意味の可能性)、人の子がその栄光の座につく時には、わたしに従ってきたあなたがたもまた、十二の位に座してイスラエルの十二の部族をさばくであろう」という発言の中にあり、十二使徒への報酬について語る文脈にある。

 

NKJVでは

So Jesus said to them, "Assuredly I say to you, that in the regeneration, when the Son of Man sits on the throne of His glory, you who have followed Me will also sit on twelve thrones, judging the twelve tribes of Israel.

これは同じ欧州語として原語をスライドさせており「再創造の中で」の意味になる。そこで主要な日本語訳は、ここを「世界の創造」と意訳している。

 

新約聖典中他の用例はTit3:5 の箇所のみであり、この単語の使用はギリシア語彙に異教の背景もあり異例である。

4. ὅτε δὲ ἡ χρηστότης καὶ ἡ φιλανθρωπία ἐπεφάνη
τοῦ σωτῆρος ἡμῶν θεοῦ,

5. οὐκ ἐξ ἔργων τῶν ἐν δικαιοσύνῃ
ἃ ἐποιήσαμεν ἡμεῖς
ἀλλὰ κατὰ τὸ αὐτοῦ ἔλεος
ἔσωσεν ἡμᾶς διὰ λουτροῦ παλιγγενεσίας
καὶ ἀνακαινώσεως πνεύματος ἁγίου,

『4.ところが、わたしたちの救主なる神の慈悲と博愛とが現れたとき、5.義の業によらず、彼の憐れみによりわたしたちに行われた、彼はパリンゲネシアの洗いと聖霊による新生を以って』【直訳】

この部分では、[παλιγγενεσίας] と [ἀνακαινώσεως] とが [καὶ] で関連付けられている。パウロを含む聖なる弟子たちが、『聖霊によって新たに生まれる[ἀνακαινώσεως]』事と共に、それが『パリンゲネシアの洗い』を同列に置いている。

つまり、パリンゲネシアは彼ら聖徒に対して行われたことであり、この世に対してではないことになる。

 

この用例から・・

・マタイでの問題は、キリストの言われた「十二使徒がイスラエル十二部族を裁く」という事象が”ἐν τῇ παλιγγενεσίᾳ,”に於いて行われることがどのような時を意味するのか、ということになる。

 

前後関係からすれば、この世が改まる時点では、『神の十二部族』は召集を終えて、『すべての聖徒を従える』イエスは地に対する攻勢も終了していると見るべき理由があるが、十二部族の選定はその前になる。

 

これは、世界がキリストによって造り替えられる「再創造」というには、創造は神の業であり、その神がキリストを通して意図するのは、『この世』を『新しい世』へと体制転換を図ることであれば、「再創造」を森羅万象に当てはまるには大袈裟に過ぎる。

まして、ここでは十二使徒が『神のイスラエル』の選定に関わることを教えるのであるから、『この世』の更新そのものとも直接の関わりを持たない。

 

そこで、この世に関わらない別のパリンゲネシアの可能性を探ると、見事にキリストに関わりつつ神が行うであろう再創造と云えるものが確かにあり、しかも『神のイスラエルを裁く』という文脈に一致し、意義深い意味づけが行われることになる。

 

これについては別記する

 

 

しかし、キリスト教界でこれはどのように解釈され翻訳されて来たかにつき

以下に参考として幾つかの翻訳例を挙げる。そこに混乱が生じていることが理解できる

 

KJV

And Jesus said unto them,Verily I say unto you, That ye which have followed me, in the regeneration when the Son of man shall sit in the throne of his glory, ye also shall sit upon twelve thrones, judging the twelve tribes of Israel.

 

MSG [The Message Bible]

Jesus replied, "Yes, you have followed me. In the re-creation of the world, when the Son of Man will rule gloriously, you who have followed me will also rule, starting with the twelve tribes of Israel.

 

New American Standard Bible 1995

And Jesus said to them, "Truly I say to you, that you who have followed Me, in the regeneration when the Son of Man will sit on His glorious throne, you also shall sit upon twelve thrones, judging the twelve tribes of Israel.

 

 

New International Version

Jesus said to them, “Truly I tell you, at the renewal of all things, when the Son of Man sits on his glorious throne, you who have followed me will also sit on twelve thrones, judging the twelve tribes of Israel.

 

 

The Complete Jewish Bible

Yeshua said to them, "Yes. I tell you that in the regenerated world, when the Son of Man sits on his glorious throne, you who have followed me will also sit on twelve thrones and judge the twelve tribes of Isra'el.

 

 

DBY

And Jesus said to them, Verily I say unto you, That *ye* who have followed me, in the regeneration when the Son of man shall sit down upon his throne of glory, *ye* also shall sit on twelve thrones, judging the twelve tribes of Israel.

 

 

Good News Translation

Jesus said to them, "You can be sure that when the Son of Man sits on his glorious throne in the New Age, then you twelve followers of mine will also sit on thrones, to rule the twelve tribes of Israel.

 

Tyndale
28 Iesus sayde vnto them: verely I saye to you: when the sonne of man shall syt in ye seate of his maieste ye which folowe me in ye seconde generacion shall syt also vpon .xii. seates and iudge ye .xii. tribes of Israel.

 

Hebrew Names Version

Yeshua said to them, "Most assuredly I tell you, that you who have followed me, in the regeneration when the Son of Man will sit on the throne of his glory, you also will sit on twelve thrones, judging the twelve tribes of Yisra'el.

 

 

Lexham English Bible

And Jesus said to them, "Truly I say to you that in the renewal [of the world], when the Son of Man sits on his glorious throne, you who have followed me--you also will sit on twelve thrones judging the twelve tribes of Israel.

 

 

New Century Version

Jesus said to them, "I tell you the truth, when the age to come has arrived, the Son of Man will sit on his great throne. All of you who followed me will also sit on twelve thrones, judging the twelve tribes of Israel.

 

 

New International Reader's Version

"What I'm about to tell you is true," Jesus said to them. "When all things are made new, the Son of Man will sit on his glorious throne. Then you who have followed me will also sit on 12 thrones. You will judge the 12 tribes of Israel.

 

 

The Latin Vulgate
28 Iesus autem dixit illis amen dico vobis quod vos qui secuti estis me in regeneratione cum sederit Filius hominis in sede maiestatis suae sedebitis et vos super sedes duodecim iudicantes duodecim tribus Israhel.

 

以上のように、パリンゲネシアの解釈によって相当な意訳も散見される。

 

主要な日本語訳は以下の通り

 

イエスは彼らに言われた、「よく聞いておくがよい。世が改まって、人の子がその栄光の座につく時には、わたしに従ってきたあなたがたもまた、十二の位に座してイスラエルの十二の部族をさばくであろう。【口語】

 

イエスは一同に言われた。「はっきり言っておく。新しい世界になり、人の子が栄光の座に座るとき、あなたがたも、わたしに従って来たのだから、十二の座に座ってイスラエルの十二部族を治めることになる。【新共同】

 

そこで、イエスは彼らに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。世が改まって人の子がその栄光の座に着く時、わたしに従って来たあなたがたも十二の座に着いて、イスラエルの十二の部族をさばくのです。【新改訳】

 

 

・変貌との関連、鏡のように2Co3:18

 神と結ばれた人は新しい創造物(仮定法未来)2Co5:17

 預言されたすべてことの回復までこの方は天に留めておかれなくては Act3:20

 

マタイ福音にどうして παλιγγενεσία が記されたかについては

まずイエスがギリシア語で語られず、マタイ福音自体がヘブライ語で書かれたという伝承からも、相当するセム語に当たる必要がある、

ヘブライ語もアラム語も παλιγγενεσία の概念を表す抽象単語もそれに相当するような語もなく、近似するところで[חדת]「新しくする」くらいであるとのこと。

そこで、イエスは「新しくされるに際し」と語られた可能性が高い。

したがって、新しくされるのが何であるのかの主語が欠けている。(ここに秘儀があるのではないか)

 

セム語の語彙からするとやはり「世の更新」と捉える道理はある。

しかし、問題はキリストの言葉をギリシア語に訳したところで、キリスト教としての背景を考慮すべき点にある。つまり、ユダヤ教の理解を超えたところをキリストが示唆していた可能性は充分にある。

やはり、キリストの言葉の前後を考えると、【世が改まる】のは『神のイスラエル』の十二部族とキリストがこの世を裁いて以降であり、イスラエルの十二部族を裁くのはその以前の段階であるところにある。

ほとんどの人々は、この違いを些細な事と思われるのであろうが、ここには大変な奇跡を示す奥義が込められている。

 

もし、秘儀である場合、使徒らが変化するのではなく、大まかにこの世が入れ替わる終末を意味すると理解しやすくなるが、これに影響を受けるのは何か?

それが「聖徒の変換」への理解の喪失であると言える。これは創造以来キリストを除いて起こったことのない奇跡といえる。

 

 

 


quartodecimani.hatenablog.com

 

 

 

 

ダニエル書の概観

 

(前記事「ダニエル書の構成」)

 

 

ダニエル書は時代背景からして政治権力に関わる内容である。

エホヤキムの第三年に行われた第一次捕囚の中にダニエルと三人の友が居た。

エゼキエルやエレミヤのように、エルサレムの破壊とダヴィドの王統の断絶への直接の言及はなく、彼が捕囚となった年から20年でそれは起こっていることになる。

ネブカドネッツァルが野獣化した時点では、すでにその荒廃は起こっていたであろう。その時にダニエルはバビロニアの宗務長官の地位に就いている。

 

 

 

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ダニエル書全体は、捕囚に陥った神の民の「行く末」を知らせるものである。
だが、同時に「窮地から栄光へ」という逆転の主題が繰り返されている。

旧約聖書の後半を占める捕囚と帰還はやはり一大事件であることは間違いなく、これは新約聖書を含めた聖書全巻、また「イスラエル」という言葉が示すものへの非常に大きな意味付けを成すものである。

それを概観すれば「卑しめられた後の栄達」であり、それも回復の望めないほどの絶体絶命とされても、そこで逆転が起こり、以前に勝る栄えに達するというテーゼが繰り返されている。
それは神の民の精錬の過程であり、類稀な光輝に浴す前には試みを経る必要があるということを教えるものでもある。


ダニエル書の繰り返される「逆転」について語る前に、イスラエル民族への変わらぬ神の意志と、捕囚という事態がもたらした意味について思い起こしておきたい。

国家を失い『約束の地』からも追い立てられ、その後に戻って崇拝を再開するという一種の精錬を経て散逸した十二の部族がレヴィと共に再び集められるとは、ネヴィイームに共通する捕囚に関わる主題であり聖書の各所に散見されるものとなっている。

そこでは一つに集められる十二部族が戻って来て一つの民となり、ダヴィドがそれらを導くという主題があり、また、そこには精錬がありイスラエルの残りの者らだけが帰還する。
彼らは悔恨の情を懐き、涙しつつ戻ってくるともされている。Jer31:9

 

イザヤのような預言書は、来るべき律法不履行の咎の責めを負ったことで、イスラエルとユダが重い罰を課せられ、アッシリアとバビロニアに捕囚となって連れ去られ『約束の地から吐き出される』事態が到来することを警告していた。
しかし、それらの預言にはイスラエル民族の後裔を絶やしてしまうことではなく、なお、『諸国民の祝福となる』とのアブラハムへの約束や、新たな契約を結ぶメシアの到来が備えられていたのであった。

しかし、イスラエルの律法への無視は甚だしく、あからさまに異神の偶像を拝み長子らを火にくべるというカナンの崇拝を行う『高き処』を各地に設けてバアルを崇め、エルサレムの神殿までも祭司や預言者らが居るにも関わらず、異教儀式を行う場としていたのであれば、これは律法契約の逸脱を越えて無視することであり、そこに於いて神YHWHが律法契約を一度終わらせ、イスラエルを『約束の地』から拭い去り、そのまま滅ぼしても良いところ、彼らに再出発の機会を備えた。

それは、『イスラエル』というアブラハムの胤に課せられた務めを全うさせるためであり、預言者エレミヤが語った『新しい契約』によって、律法契約では達成されなかった『祭司の王国、聖なる国民』としてイスラエルをその稀有な働きを為す立場に就けるためであった。

 

律法契約の不遵守は、イスラエルが自力で『律法による義』には到達できないことを内外に知らせるものとなり、イスラエルが神の経綸を担う『神の民』となる功は、まったく彼ら自身によらないことを明らかにした。

そこで、最後の預言者マラキが予告した『主の御前に道を備える者』としてのバプテストのヨハネは、『悔いの象徴としてのバプテスマ』を施すのであったが、それは千数百年続いたモーセの律法体制についての結論、即ち、律法を守ることによってアダムの子孫である人が『神の義』に到達することはないという厳然たる事実を認めるようイスラエルの民に促すものであった。
それを同時に、悔いた人々をメシアがもたらす『新しい契約』へと導く働きを担ってもいた。

『父の心を子に、子の心を父に向かせる』というバプテストのヨハネの役割は、今や眼前に近づいたメシアに対して心を開かせ、整えるものであったといえる。


数々の規定で成り立ち、業による義を求めてきた律法契約が、如何に永きに渉ってアブラハムの子孫を規定してきたとはいえ、いや、まさにその民族の思考や行動の基礎を非常に長く形成してきたからこそ、メシアによる次なる契約はまったくの革新となり、その原理は『業による義』から『信仰による義』へと180度の大転換が行われようとしていたのである。

それは「キリストがユダヤ教を改革した」という程度で済むものではなく、神に対する態度が真逆であり、律法を守れば義とされるのではなく、そもそも人は律法を守れず、アダムの子孫にはどうしようとも自らを義とする道がないことを認めるということろからキリスト教が始まるのである。

ゆえに、ヨハネのバプテスマを受けに来た群衆には、その意識あってのことであり、神との関係で自分が相応しい状況に無いと思えばこその浸礼であった。
その一方で、パリサイ派に対してヨハネは『蛇の子孫よ』と呼びかけ『誰がおまえたちに来る災いから逃れるべきことを教えたのか』との厳しい言葉をかけている。

 

使徒ヨハネによれば、彼らのような宗教の専門家らは『ヨハネのバプテスマを受けていなかった』とあり、『律法の業による義を追い求める』彼らをヨハネが拒絶していたことが福音書の叙述から明らかである。群集の多くはヨハネのバプテスマを受けていたので、彼らはバプテストのヨハネが「神から権威を受けた人ではない」と公言することを群衆のゆえに恐れたのである。

 

中心に、旧約聖書後半の一大事は、新約聖書を含むその後の「イスラエル」と呼ばれる『神の民』の行路を描き、その過程の端々にもその後の、即ち、終末に関わる事柄を映し出す予型の啓示に溢れているのである。

それらの過程で様々に神の意向が知らされてゆく中で、異郷バビロンにて書かれたダニエル書は独特の役割を負って聖書全巻の行く末に光を当てるものとなっている。


エホヤキン王と共にバビロンに連行されたダニエルは、早い時期からの捕囚民であるところから、『早生りのいちじく』のようであり、それは他の若い三人の友らも有能な者であったところに示されている。

これらの青年たちがバビロンに連行された時期はエホヤキンと共に到着したのであれば、エホヤキムの第三年、前606か605年のことで、傀儡ながらダヴィドの王家は続いており、当然エルサレムでの神殿崇拝も行われていた。

彼ら三人は、バビロニアの高官養成のために格別な優遇がされてはいたが、食事についてはモーセの律法に反する食材がどのように混入しているか分からない恐れがあり、モーセの禁を犯さぬよう世話係に彼には野菜と水だけを与えるように願い出た。その結果、彼ら三人は他の青年たちより健康に見えたとダニエル書は告げている。

もちろんこれは聖書が菜食主義を勧めているわけではない。
ヘブライ人は遊牧民(イヴリート)の発祥であり、家畜の肉を食するうえ、神殿祭祀でも羊、山羊、牛を捧げて、その一部に与ってもいたのである。
しかし、律法は豚や兎など、また鱗のない魚やイカやタコなどを食物として禁じていたので、バビロンに在っては、それらの禁令を守る手段として野菜食を願い出たのである。

 

やがて、彼らはバビロニアでの官職に就いたのだが、次には崇拝の問題が生じることとなった。
大王ネブカドネッツァルを戴いたバビロニアの権勢は大いに伸張し、アッシリアをも併呑して今やオリエントの主人として君臨していたのである。
そこで、自らを高めて神格化し、ドラの平野にオベリスクを建て、音楽が奏される度にあらゆる者がその像に平伏すよう命じたのであった。

ヘブライ人の三人は十戒にもある偶像崇拝の禁令を犯すようなら死をも厭わない覚悟でそれを拒絶した。それは大王ネブカドネッツァル自ら臨席の場であった。
激怒した大王は、三人を火の燃え盛る炉に投げ込むことを命じるだけでなく、その炉を七倍も熱くせよと命じた。大量の燃料が投下されたため、その炉に三人を投げ込んだ者も焼け死ぬほどになったという。

三人の青年の命もここに終わったはずであったのだが、大王が炉を観察すると三人は生きて炉の中を歩いており、更にもう一人天使のような者も共に居たというのである。

大王は炉の中に呼びかけ、三人を外に来させると、彼らには焦げた痕跡もなかった。
そこで大王は勅令を出して、この三人の神を誹謗することを赦さないとした。
以後、三人は大王から格別の顧慮を払われ栄えたとダニエル書は記す。


一方のダニエルについては、大王の宗務長官として抜擢されるほどの信頼を得ることがあった。
ある夜、大王は衝撃的な夢を見たのだが、目覚めた後にそれがどのようなものであったかを忘れてしまっていた。しかし、その印象が非常に強かったので、祭司や占い師にその夢がどのようなものであったのか、また、その意味を尋ねるという二重の難題を押し付けたのであった。

その要請はダニエルにも伝えられ、もし、誰も答えられないなら祭司も占い師も宗教関係者を皆処刑するとのことであった。

そこでダニエルは自分の神に祈り、夜の幻によってその夢と解き明かしとを得ることになる。
大王の前に出たダニエルは、まずその夢を語って聞かせるのであった。

 

それは巨大な像の夢であり、人の形であってその頭は金、胸と腕とは銀、腹は銅、腿から足にかけては鉄で作られていた。だが、足先は鉄だけでなく、粘土の部分もあり、脆いものとなっていた。
そこに、人の手によらずに山から切り出された岩があり、それが飛んできて像の足先を打ったので、巨像全体が倒壊してしまい、粉みじんに砕け散った。しかし、その倒壊をもたらした岩は王国となって全地に満ちた。

この夢の概要と解き明かしとを聴いたネブカドネッツァルは、唯一ダニエルがそれを成し遂げたことに感じ入り、ダニエルに礼物を贈り、帝国内の管轄権と宗務の頂点地位に置いた。
そこでダニエルは三人のヘブライの若者らに地区支配者と成らせることを願い出た。この三人が炉に投げ込まれることになったのはその後のことであった。


こうして、バビロンに連行されたヘブライの若者らは、難局に陥る度に却って栄達していった。
それは命の危険の伴う、万事休すかと思われる事態での彼らの神の介入の記録となっている。

 


それはエゼキエルが捕囚となるより早い時期であって、しかもダニエルはバビロニア王政の一角を担う者とされた。これは他の三人の友らが、地方政務に携わったのに勝る王の側近の一人という立場であり、それを可能にしたのは、ダニエル自身の聡明さよりは、神からの啓示を持つところにあり、それはファラオに王政を委ねられたヨセフにも見られたところである。ヨセフがエジプトでのイスラエルの地歩を築いたのがヨセフの行政手腕であったところが大きく、エジプトの祭儀に関しては権威を持たなかったのに比べ、ダニエルはバビロニアのシンやシャマシュやマルドゥクなどの神の祭儀を取り仕切らなかったものの、啓示を受けるところから、王が伺いを立てる宗務の長とされていた。

 

それは覇王ネブカドネッツァル二世の夢を二度解いているダニエル書の記述から明らかであり、それらはネブカドネッツァルの布告として公用語のアラム語のまま記されている。このアラム語の記述が第八章まで続くのは、ダニエルが王の政務として啓示を筆記させたところに表れている。

重要な先見者が居て、その言葉に重い意味があることを知った為政者が、その預言を保管し、あるいは秘匿するという事例は歴史上に見られてきたが、バビロニアと後のメディア=ペルシアでもダニエルが重んじられたところは、やはり為政者らがダニエルの啓示に徒ならぬ重みを感じ取り、彼とその言葉を保護したところが窺える。

 

ダニエルの名は、同じくユダからの捕囚として遅れて到着したエゼキエルの預言書にも登場し、ノア、ヨブと共に挙げられ、また悪魔を象徴するティルスの王は『ダニエルよりも賢い』として、聡明さを強調することにその名が用いられてもいる。

したがって、当時の諸国民だけでなく、ユダの民からも敬意の対象であり、その勤務でも不正なく咎められるところないほどに誠実であったゆえに、彼を弾劾しようと画策した者らが悲惨な結果に至っている。

 

ダニエル書には、エルサレムと神殿の滅びが知らされる場面がないが、エゼキエル書には記されており、エゼキエルはそれからすぐに、谷の骨、マゴグの地のゴグなどの終末預言を記している。
その後ダニエルは、バビロン陥落をその内部に在って神の啓示を示しつつ目撃し、その年、前539年には先達に当たる預言者エレミヤの書いた情報を入手し『七十年』の予告を知った。

彼はエルサレムの方角に向けた窓から祈ることを習慣にしており、エレミヤの七十年を知って、神の栄光が宿るべきシオンに回復を熱烈に願った。
その日の夕刻に彼のもとに天使ガブリエルが到着し、メシアに関わる『七十週』の啓示を受けている。

 

それからバビロンの王がキュロス大王に代わった第三年がダニエル書に記される最後の啓示となって第十章から第十二章に及んでこの書の全体が閉じられている。
エホヤキムの統治の第三年である前 年からキュロス王の第三年の前535年までがダニエルが書を記した期間であり、その二年前にユダへの帰還民の第一陣が王統の血を引くゼルバベルと大祭司であるべきエシュアに率いられ、エルサレムを目指して出立していたが、ダニエル書にその情報はない。
エゼキエルも前572年に最後の啓示を受け、その後の消息は分からず、ここで一旦捕囚を巡る啓示の時代は終わりを迎えていることになり、その最後がダニエル書であった。


こうして概観すると、イザヤやミカの時代からの一連の捕囚に関わる預言の流れからすると、ダニエル書の役割とは、「神の民の行く末」を教えることであったことが見えて来る。
それは、神の選民であり律法契約という格別な神との関わりになかに居たはずのイスラエルが、バビロン捕囚という卑しめに陥った意味と、それを遥かに超える終末の『神のイスラエル』への意味深い啓示とを語ることにある。

そのような卑しめと誉れへの回復は、捕囚期に関わるネヴィイームに共通するもので、捕囚からの帰還と崇拝の回復はそれぞれに預言されていたのだが、ダニエル書には国家から見る視点が顕著であり、それは王政の中枢に居たダニエルに適った内容を言えるものがある。


彼は、その立場から覇権国家バビロニアからペルシアへの交代を眼前に見ており、そのことが彼に予告された啓示の第一段階の成就でもあった。

しかも、それら一連の覇権国家の推移は第二章での「巨大な像」の姿と、最終的にそれを粉砕する『岩』から示され、後の四頭の異型の野獣によって詳述されてゆく。
これは、イスラエルが独立を失って後の神の民を支配する覇権国家の流れを表しているのだが、ダニエル書の驚嘆すべき内容はそれに留まるものではない。

 

 

ダニエル書はタナハではネヴィイームに含まれないが、ネイヴィームと含めて捉えると、旧約後半を捕囚と回復で占められている。

これは相当なヴォリュームであると共に、強く重い意義を伝えるものであることを実感させる。特に、裁きによる処罰からの零落とその後の人手に拠らない回復とには、予型であることを示す意図があると見るのが自然である。そうでなければ、これらの記述量の多さ、教訓の繰り返し、新約に見られる言及やキリストの悲しみの意味などからして、大袈裟なほどである。

 

これは聖書全体を通して強い訴えを暗示しているというべきであろう。

即ち、『神のイスラエル』に将来起こる事柄であり、聖徒の滅びは神の理不尽に思えるところが大きいので、それに備えさせる神の意図があるとすれば納得できる。

それだけ、終末の聖徒の滅びは彼らにとって衝撃が大きいのであろう。

 

どうして契約に逆らう者が契約を守る者を圧迫して滅ぼすのかという非常に大きな理不尽を神が許すのかという命題は、迫害する者にも、される者にも第三書にも異様さを禁じえないところで、聖書がその多くの部分を裂いて説く理由がある。

これは信者に救いや祝福ばかり説いているほとんどの教会の教えが無視し続けて来たところであり、そこには初期キリスト教徒の持つ迫害に立ち向かう姿勢とは真逆の利己性が見られる。

人類が抱えるアダムの罪を真に悔いるのであれば、人は『この世』から決別し、その抵抗を排してキリストの王国を支持するほかない。そこで『この世』が『神の王国』に敵対する様を見ずには済まない。

ダニエル書は、『この世』が神の前にまったく敗北するまえに、人々が『神の民』を支持する契機をその民の受ける弾圧を通して得る様を暗示しているが、現状ではほぼ誰もこの件に気付いていないようである。

 

 

 

 

 

雑記録26-2

自らを祝福する

 

gen22:18

Ps72:17

 

gen22:18

Ps72:17

Isa65:16

 

誰も納得するものにも、誰にも納得されないものにも信仰は要らない

だが、『自らを祝福する』という能動的な表現の意味は、単に贖われて終わるという信仰万能の捉え方に警鐘を鳴らす。

ルターがヴィッテンベルク大学のためにローマ書講解を行う際に見出した「塔の経験」はカトリック優勢に対する反抗のバイアスが掛かっていたというべきで、本来はその先にある「罪への悔い」が欠落していたと見るのは不合理ではない。

 

 

・「平伏した」[]がここにある ⇒ Mt28:17  14:33 

 

・コルバンについては

 ネダリーム8:7 ネズキーンにも有り

 

・Joh16の場面での23節から、『その日には、あなたがたがわたしに問うことは、何もないであろう。よくよくあなたがたに言っておく。あなたがたが父に求めるものはなんでも、わたしの名によって下さるであろう。
 16:24 今までは、あなたがたはわたしの名によって求めたことはなかった。求めなさい、そうすれば、与えられるであろう。そして、あなたがたの喜びが満ちあふれるであろう』

『その日には、あなたがたは、わたしの名によって求めるであろう。わたしは、あなたがたのために父に願ってあげようとは言うまい。
 16:27 父ご自身があなたがたを愛しておいでになるからである』

との間に見かけ上の矛盾があるが、そこに『新しい契約』の効力が働いていると考えれば、彼らの義認が仮のものであることを理解できる。

 新しい契約からの恩寵として『人はもはや、おのおのその隣とその兄弟に教えて、「あなたはYHWHを知れ」とは言わない』という状態に入るとき、もはや信仰の有無を超えたものが求められる。それはヘセドであり、倫理性である。

ほとんどの新教系キリスト教界はこれを理解しておらず、旧教系では修道制によってこれを曲解して来た。

 

 

・捕囚と回復

旧約を通して捕囚と帰還の扱いはあまりにも重大であり、すでに律法の中からも始まっている。それは預言書の中で増幅されており、これは徒事ではない。キリストのエルサレムへの嘆きにその延長が見られ、聖徒の精錬の訓戒や例え話もある。加えてパウロやペテロが警告し、ユダが注意を喚起し、黙示録はその過程を描き出す。こうして見ると、聖書はエデンの裁定から黙示録までこの件を扱っており、ユダ・イスカリオテのような背信について相当な部分を使って知らせている。むしろ、これに気付かない方が不思議なほどになっている。その記述は相当量に達しているではないか。

 

・エゼキエルがなぜゼデキヤを王と呼ばずナーシーと呼んだのかについては、その理由が40章以降に含意されているようである。これはパウロの『不法の人』へと繋がるらしい。

 

 

 

・ネティラット・ヤダイム

エシュアと律法学者の争点の一つとなった手洗いに関するミシュナー

ネティラット・ヤダイム(手の洗浄)についてのタルムードの記述は

主に以下のミシュナー/ゲマラの巻(マセヘット)

 

ネティラット・ヤダイムに関する主要なタルムード箇所

1. ブラクホート(Berakhot)

朝の手洗い
トイレ後の手洗い
食前・食後の祝福との関係

 

ブラホート 60b

 朝起きたときの手洗い
 「Al Netilat Yadayim」の文脈

ブラホート 51a–b

 食事に関する手洗い(特に食後の "Mayim Acharonim")

 

 

2. フリギン(Chullin / Hullin)

食物の清浄と汚れ(tumah / taharah)

パンを食べる前の手洗いの根拠の議論(ラビ的解釈)

 

フリギン 105a–b

 パンを食べる前のネティラット・ヤダイム
 水の量や方法に関する議論
 食後の手洗い(Mayim Acharonim)

 

3. エルーヴィン(Eruvin)

ラビの厳格遵守(ヒュムラー)の文脈での手洗い
巡回中の手洗い

 

エルーヴィン 21b

  ネティラット・ヤダイムの重要性

  ラッバン・ヨハナン・ベン・ザッカイが「手洗いを軽んじる者の運命」について言及する有名な箇所

 

4. シャバット(Shabbat)

* シャバットにおける手洗いの方法

代表的な箇所:シャバット 108b、109a

  * 手洗いの技術的詳細や禁止事項との関係

 

5. ユダヤ法(Mishnah Yadayim)

タルムードのミシュナー部分で、手の清浄に関する基本的法律。

  ミシュナー・ヤダイム(Mishnah Yadayim)

 手の汚れ(tum'at yadayim) 手を洗う量や器の規定
  後世のネティラット・ヤダイムの基礎になった内容

※ゲマラがないためミシュナーのみ。

 

ネティラット・ヤダイムの主要な根拠

 Berakhot 60b― 朝の手洗い
 Chullin 105a–b― パンを食べる前の手洗い
 Eruvin 21b*― 手洗いの重要性の強調

 Mishnah Yadayim ― 手の清浄に関する法の基礎

 

 

 

・メシェクがモスクワという蒙昧

メシェクとトバルは奴隷や銅をティルスに輸出する者としてEzk27:13に記されているが、この特徴を示すのはアナトリア東南部であり、銅の産出はアブラハムの時代、フリュギア人の定住前から幾つもの箇所に痕跡を残しているが、モスクワを中心とする地方は荒涼としており定住者も居つかない状態にあった。(モスクワ大公国領域)ロシア東部で古代に銅を産出した可能性が幾らか残るのは、ウラル山脈方面になる。

一方でアナトリアは、ヒッタイト時代から奴隷に関する法整備が見られ、価格、逃亡奴隷の扱いなどが定められ、アッシリア商人が交易していた記録が残っている。

この件だけでも、メシェクとモスクワを発音の類似だけで結びつけるのは軽率である。

 

 

・不法

2Th2:7

 τὸ γὰρ μυστήριον ἤδη ἐνεργεῖται τῆς ἀνομίας· μόνον ὁ κατέχων ἄρτι ἕως ἐκ μέσου γένηται.

Mt7:23

οἱ ἐργαζόμενοι τὴν ἀνομίαν

Mt13:41

τοὺς ποιοῦντας τὴν ἀνομίαν

Mt24:13

διὰ τὸ πληθυνθῆναι τὴν ἀνομίαν ψυγήσεται ἡ ἀγάπη τῶν πολλῶν. 

 

全体的に見るとアノミアスは格別な意味は持たないが、パウロの一言とイエスの用例には特別な意味を感じさせる

 

 

・アモス書のモアブに関する神名

 サクト ⇒ バビロニアのSukkto?

 カイワン ⇒ レファン

どちらも、星の神

 

 

・現ユダヤ民族の自意識の強さは、民とイスラエル国家の存続のために必要であると認識され、また実際にそのようなのであろう。

その強烈さにスピノザの「人は一人の人を生み出すのであり、民族を生み出さない」の言葉を出させた根源を見る思いかする。

これはただ人と国家の関係を解析した結果としての見解だけでなく、ユダヤ人から度々その思想を問われ続けたことへの反動があるに違いない。

これは後のキリスト教に於ける「牧師の息子たち」の反動に通じるものがある。

どちらも強いバイアスが掛かってしまい、一方の端に寄っている。

人は置かれた精神環境によって、意識が薄い中で偏りが生じるものであり、これには注意を要する。しかし、偏った者同士で意気投合するところがあり、これが偏った精神集団を作らせる。つまりは反抗心の集合である。そうして人は『曲がった道』に入り易い。

 

・『神々の神』は「異教の諸神の神」という意味にはならない。(Ps136:2)

またPs97:7なども終末の究極的偶像崇拝に言及しているとするなら、ますますそう言える。Ps82はまったく異教の神を意味していない。これはエイレナイオスも指摘している。⇒ 「エイレナイオスの見解 memo - Notae ad Quartodecimani」

また『神の子ら』[ベネーエーリーム]もエーリームとplであるところから徒の天使だけを意味するとは言い切れない。

 

 

・巨大な悪影響を与える要素

政治、経済、思想

 

・カトリック教令から五年後

ブリギドゥスの戦い

 

 

。黙示録が二十四人の「長老」として[πρεσβύτερος]としなかったのは

族長という直截的な語彙がヘブライ語に無いこと、また、十二部族との十二使徒とも混乱を避ける必要があったという側面もある。

「族長」という明確な概念はギリシア語のものであって、第二神殿以降に醸造されている。

 

 

・[מַרְעִישׁ֙] (mar·‘îš) 「揺さ振る」 

   [מושמד] (mushmad) 「破壊・滅び」

  [כל כנו מושמד] (kol kno mushmad)  "All of us were destroyed."

「我ら(世)の*根本が滅ぼされる」

 *或いは「カナンは滅ぼし尽くされる」の音かもしれない

 [אֲנָשִׁים] (anashaim) 「人々・民」、[ציוני]  最後のヨッドでシオニストの意

これは近代になってからの言葉であるとのこと

 

 

 

・キリスト教の弁証法的反転

counter-theological transformation
神学に対抗しつつ、その構造を引き継ぐ

キリスト教的絶対性(テーゼ)が、その内部論理から無神論・唯物論(アンチテーゼ)を生む

欧米キリスト教界は弁証法的経過を辿ったか?

弁証法(dialectic)
ある思想(テーゼ)が、その内的矛盾や圧力によって
→ 反対思想(アンチテーゼ)を生む
その後統合(ジンテーゼ)へ進む

歴史はジンテーゼに進んでいないように見える。

理由はキリスト教側に然したる伸展がなく、16世紀で止まって来たことによる

ルターの聖書主義が生み出したのはプロレタリア独裁という野蛮な怪物であった

”dialectical inversion” (a dialectical inversion of Christianity)

  ”dialektische Verkehrung” oder ”Umstülpung” 

  und  "dialektische Verkehrung" (In Hegelschen Begriffen)

 

・ルターの聖書主義の弊害

釈義の正当化が無数の排他的分派を発生させた

二王国論は根本から矛盾を抱えていた

キリストが弟子ら(聖徒)について『世から選び出したので、世は憎む』の句への解決ができない。これは彼がヴァルトブルク城に匿われたところで決定的になったといえる。

アウグスティヌスがキリスト教を国教化したローマ帝国に未練を残したために、二つの国に信徒が囚われることを許した。原因は世俗との関係性の見誤ったところにある。

また、『聖霊』の認識が失われていた時期でもあり、アンブロジウスの世俗キリスト教を踏襲するほか無かったとも言える。

「神は人間が営む地上の歴史・国々の興亡をすべて支配しておられ、国々の支配者も神の御心に従って立てられ倒される、と聖書は教えている」という考えは『この世』が悪魔の支配にあり、『万物をその足の下に服従させて下さった」。「万物を彼に服従させて下さった」という以上、服従しないものは、何ひとつ残されていないはずである。しかし、今もなお万物が彼に服従している事実を、わたしたちは見ていない』の句への反証を与えない。Heb2:8

キリスト、また聖徒らの千年王国の支配の理解なく、ただキリストを支配者に奉ることが宗教上の正義であるとの認識は、本来は聖書理解だけでも避けられたはずであり、王国を二分したり、左右に分ける考えは、アウグスティヌス以降、歴代教皇もルターやカルヴァンをはじめとする宗教改革者ら、果ては今日に至るまでに現れたほとんどの宗教指導者らが陥った蒙昧に他ならない。

アウグスティヌスがルターと異なるのは、前者が境界という精神的な国が世俗国家を導くという教会優位のカトリック的土台を据えたヴィジョンに対し、ルターは双方を愛の方向付けにより別のものとしたところにはある。しかし、宗派が暴動を起こしたときに権力の介入を許したところで、それは矛盾することになっている。この例は、永く高圧的なカトリック支配を脱するに、庶民の非暴力的認識を導くことが非常に困難であったことも明らかにしている。

加えて、ルターの苛烈な反ユダヤ運動はまったく権力の発動であり、後のナチズムに根拠を与えることになった。これは明らかな汚点である。

カルヴァンは教会優位の点でアウグスティヌス的であるが、それを可能ならしめたのは一都市ジェネヴァという狭い範囲で神権政治を行えたところにある。だが、その自由さの制限ではアウグスティヌス的というよりはイスラムのウンマに近いものがあり、専制的であるところはプロレタリア独裁を根拠に圧制を敷く政治手法に近似している。

 

 

・チュービンゲンに対する強力な反証の提示者

 サー・ウイリアム・ラムゼー

 

・カイロ・ゲニザ研究の重要人物

 シェロモ・ドフ・ゴイテイン

 

・幼児供犠

 カルタゴ人の宗教慣習

 

 

・プンクタ エクストラオルディナーリア

ギンスInt,320,321ページは,特殊符号についてこう述べています。「それゆえ,次のことが分かるであろう。すなわち,これらの符号は,偽筆の文字や語として疑わしいことを示すしるしであると古代の権威者たちからみなされていたのであり,すべての疑問と難問を解くとされている預言者エリアス[エリヤ]が出現するときにその手に決定をゆだねられることになっている。偽筆と思える語に小点を付すことは当時に限られたものではない。ヘブライ語写本の研究者が目にするように,後代の書士たちも古代のソフェリムの例に倣っている」。

全15箇所: 創 16:5; 18:9; 19:33; 33:4; 37:12; 民 3:39; 9:10; 21:30; 29:15; 申 29:29; サ二 19:19; 詩 27:13; イザ 44:9; エゼ 41:20; 46:22

 

 

・ポーラ・ホワイト 福音派

 TV伝道師にしてメガチャーチの指導者。トランプ政権での

 物質的な豊かさも信仰の報酬とする「繁栄の福音(Prosperity Gospel)」を説く

  信仰局(Faith and Opportunity Initiative)の顧問として、保守的福音派とトランプ氏を結びつける中心人物だが、伝統的な福音派の枠に収まらない

 

 

・『人の子』にホが付かない例

 Mr3:28 人の子が犯すあらゆる罪も赦される