Quartodecimaniのノート

情報や資料のノートの蓄積

ヘブライ書に関するノート

伝統的には、ローマのエクレシアに属するユダヤ系イエス派に宛てられたもので、ユダヤ教に戻ろうとする彼らの傾向を戒めているものとされ、この認識は19世紀まで広まっていた。

Vgl.D.Schultz "Der Brief an die  Hebräer"1818/A,Riehm"Der Lehrbegriff des Hebräerbriefes"1867)

これが1936年に、M.E,Röthによって覆され始めた。彼はこの書はユダヤ系信者がユダヤ教に戻ってしまうことではなく、信仰から脱落してしまうこと、また、ヘレニズムに戻る異邦人を訓戒しているという新説を唱えた。

その後、1951年にW.Mansonが第三の見解を発表している。彼によれば「ステファノスの事業に端を発するキリスト教の世界伝道の歴史を検討することによってのみ、この書の鍵が見出される」とした。

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E.F. Scottによれば、ヘブライ書は多くの点に於いて新約聖書中の謎である。その成立については何も知られていない。

「これが書かれたのはAD70と85年の間、それも多分85年に近い頃」とも

この著者についてパウロバルナバ、アポロ、ルカ、クレメンス、アキュラとプリスカが挙げられてきたが、その名を求めることは徒労に終わるだろう。

 

ケーゼマン(E,käsemann)は、「ヘブライ人への」を象徴と解釈して、「住むべき家もなく、地上をさまよい、天なる故郷を求めつつある信仰ある人々を指すとするのは当を外していないのではなかろうか」と言う。

これにユーリッハー、スコット、モファットとこの見解を同じくしている。

対して、O.Michel(独)はこの書簡の文学性を論じ、「これは説教であり手紙ではない」とする。著者はイタリアの仲間から離れていたので、あとがきを付して送ったのだろう。それは著者の不在の埋め合わせに会衆に対して朗読されたのであろう。これによって、議論の絶えなかった主要部分とあとがきの不調和を解決できる。」1949

また、この書は、原始キリスト教の宣教とヘレニズム的シュナゴーグの講義の修辞学的訓練との邂逅から生じたものである。これはフィローンや第四マカベアの講義と密接に関係している。ここに見られるのは、ヘレニズム形態を取ったユダヤ思想である。・・この意味でこの書はヘレニズム的シュナゴーグの存在を前提としている。とも

彼は、著者をアレクサンドレイアのユダヤ系の人物を想定している。

 

著者の背景の想定

・アレクサンドレイアの背景を持つキリスト教

;E.F.スコット、J.モファット

グノーシスの背景を持つキリスト教

;E.ケーゼマン

・アレクサンドレイアの背景を持つユダヤキリスト教

;C.スピック

ユダヤ的、ヘレニズム的背景を持つユダヤキリスト教

:O.ミヘル

 

著者の想定

アポロ;C.スピック

アポロに型に属するユダヤ人;E.F.スコット

無名のアレクサンドレイアのユダヤキリスト教徒;O.ミヘル

フィロンの影響と受けた無名人;J.モファット

 

受取人の想定

双方の民からなるキリスト教徒;スコット、モファット、ケーゼマン

イタリアのキリスト教徒の群れ;O.ミヘル

ローマのキリスト教徒の群れ;W.マンソン

ステファノスの弟子によって改宗し、カイサレイアかアンティオケイアに避難したユダヤ人祭司の群れ;スピック

 

 

<E.ケーゼマン;ゲッチンゲンの新約学教授「さまよう神の民」1938・ヘブライ書をグノーシス派の背景から捉え、ユダヤ神秘主義の所産と断定>

彼は、グノーシスが原始キリスト教礼拝の発展に於いて大きな役割を及ぼしたと見る。「それが事実であったことはアポクリファの短歌(オーヅ)によって示され、Phi2:5- 1Tim3:16-が本書のキリスト論と密接に関係・・」中川秀添

グッドイナフとE.エックルス;この著者はキリスト教を神秘宗教として表していると結論

 

引用箇所

Gen;4 EX;3 Nub;1 Deu;3 1Sam1 Isa;1 Jer;1 Hab;1 Hag;1 Ps;12 Pr;1 

引用箇所の明示は一か所も行われていない

LXXからの逐語的引用が大半を占める

引用文話者は、神;22 御子;3 聖霊;1 人;3 明白な引用;1 不形式;1 対象無し;1

 

旧約の引用の特徴は、最終目的を目指す神の民の歴史を開示する

旧約聖書は、神の民を最終目的に向けて教育し訓練して行く記録である

レヴィ的律法の下に最終成就をキリストの契約を目指して訓練した

旧約の歴史的記録を「永遠の相の下に」見ている

しかし、フィロンのように歴史の出来事をアレゴリカルに解釈していない

ヘブライ書の釈義はティポトロジー(予型と対型)である

「出来事がもう一つの別の出来事の予示、或いは成就として顕示される」E.アウエルバッハ

 

διαθηκηはフィロンに於いては歴史の内に啓示された神の恩寵の意志を表す語である。彼は一般的「契約」についてはσυνθηκηの方を用いていた。

διαθηκηはヨセフスでは「意志「遺言」「遺言による処分」を意味する。

E.D.W.バートンによれば、彼が神とその民の契約に語ろうとはしなかったこらであるとされる。

パウロの使用例ではGa3:15-17など、どちらともとれるがRm11:27でははっきりと神の契約を指している。

ヘブライ書でのδιαθηκηは法律用語としての「遺言」に固定されることを強いるものではない。・・その源はJer31:31から来ている(中川)

 

 

 

 

 

 

 

西暦紀元頃のグレコローマンの書簡文の特徴

 

原始キリスト教時代の書簡  W.G.Dotyの著作からのノート

 

ヘレニズム期にマケドニアの領土拡大に伴い、文通の重要性と到達距離が増していた。

当時の書簡はしばしば捏造され、届ける者に信頼性が依存していた。配達人はたいていの場合、託された手紙の返事が書かれるのを待ってそれを持ち帰る。火急の場合、蝶番のついた蝋を塗った板(ディプチュカ)が用いられた。返信は、そこに刻まれた文字を消して、新たに書かれた。

また、更に短文は太古からのオストラカが便利に用いられている。

 

当時の習慣では、黙読が極めて稀であり、書かれたものは声に出して読まれるものであって、宛てられた人だけがその内容を知るばかりではなかった。

 

書簡を書くための専門家の養成の学校がアテナイや帝国各地にあり、著名な人物の文体や論議で新たな文章を作る練習が行われていた。そのため、原著者作品と見紛うほどの書簡が数多く作られていたが、その見事なものは捏造というよりは、その延長にあるものとも見なされ評価された。【パウロ書簡に偽書があるとの根拠のひとつ、だが、パウロの文章は雅量の点からその対象となり得ないとの見解も】

 

書簡は手紙の働きを越えて、エセーや人物伝に形式を与えていた。

ルキリウスへのセネカの手紙その好例であり、「生き方」についての省察となっている。

ヒュポクラテースの24通の手紙はAD50頃にその学派によって書かれ、伝記小説となっている。

アリストテレースの手紙を編纂したアルテモンは手紙文への注釈を書き、その弟子のデメテリオスの様々な書簡文についての批評をしたものが残っている。

プラトーンやツゥキジテスは、手紙の書き出しを持った論文であり、大袈裟な言葉使いについてデメテリオスが書簡らしくないと批判している。

デメテリオスをはじめ、何人かの教師により手紙を書くための卓上案内のようなものが作られていた。パピルス写本の中に手紙文の練習であったものが残されているが、そうした案内に従う例はあまり見られないところからすると、それらの案内の影響は限定的であったらしい。

 

また、小説へと向かう形のものもあるが、それらの多くは偽名や雅号にような名が付されていた。これらは今日からは「偽書」とされる。

パウロの長文のものも、単なる手紙文という範囲を越えて貴重な神学的叙述が含まれており、それはキリストの言葉が伝記である福音書の形をとることに対照される】

 

ギリシアの手紙に於ける「最も親愛なる」「最も尊敬すべき」、また奴隷に用いる「私自身の」という表現は、相手とさし向かいの会談を反映しようとするものである。

しかし、ヘレニズム期の書簡文は極端に定式化されており、これは前三世紀から後三世紀までほとんど変わることがなかった。

<手紙文の形式は文明によるものだと思う、洋式はグレコローマンの影響を残しているのが分かる。商用文なら洋式を模倣するには利便性はあるが、季節を含める和式の味わいは独特で捨てがたい>

 

①まず、導入部で差出人、受取人、挨拶、健康祈願があり

②次いで独特の定型的導入句によって導かれる本文となり

③結びには受取人以外の人々への挨拶や祈願、最後の挨拶や祈りがあり、ときには日付が入る。

 

これが何千通もの公私にわたる書簡文に一致しており、例外は少ない。

この習慣に異を唱える当時の著名人もあり、プリニウスは「わたしは、月並みでも下劣でもなく、私的興味に限られない何かを含むものにしたい」また「なぜ、我々の手紙は常にこのような所帯染みた事柄にかかずらねばならないのか」と言っている。<平安時代の歌のやりとりを知ったらなんと言ったか>

 

ローマ人の間では手紙の作法が確立され、文通の頻度によって親しさを測るができたので、出来得る限り手紙を送ることが礼儀に適った。【後のエラスムスコレット

 

手紙は本来、差出人と受取人の既に存在する関係性を示すものであるが、私的て親密なものもあれば、そうでないものもあった。後者には、商業的、軍事的、教育的なものがある。また、契約や裁定を伝えるものがある。

 

パウロの書簡文

基本的様式は

①書き出し;差出人、受取人、挨拶

②祈り、祝福;執り成し、終末論的高揚

③本文;導入の定型句、しばしば終末論、将来の計画などを伴う

④勧告

⑤結び;定式的祝祷と挨拶、時折は手紙の由来など

彼は書き出しに於いてユダヤとヘレニズムの要素に双方を活用しており、挨拶はギリシア的であるが、ユダヤ教の余韻も残している。挨拶の点で、パウロギリシア語のchairein「ご機嫌如何」とcharis「恵み」は言葉の上で似ているが、パウロが言葉遊びを込めたかは論議されるところ。

挨拶に「恵み」を用いることはヘレニズムでもヘブライズムにも無いものである。だが、これをヘブライ語のシャロームとの関連で見る場合、それはヘブライの書簡での標準的要素である。そこでパウロは、自らのヘブライ的遺産との連続性を意識していたことはほとんど疑う余地がない。ユダヤの手紙文では、人名がギリシア式よりも修飾されることが多かった。

例「ネリヤの子バルクより、囚われの身となった兄弟(同朋)たちへ。憐れみと平安とがあるように。」(バルク黙示録78:2 シリア語)

パウロも自ら名乗る際に、それを修飾する仕方で使徒職への言及がされてもいる。

また、共同の差出人を併記するのは、それらの人々が共同体でも認められた権威者、また運び手であり、その信用性を保証していた。伝達されるべき情報の信憑性が使者の信用に委ねられているヘレニズムの場合、これは特に重要であった。

 

フリードリヒ・ケスターによると、パウロ文は起源的にユダヤ風で単にギリシア形式に当てはめたに過ぎない。

ダイスマンは、注意深くは整理されず、内容が随時移行しながら、時には飛躍しつつ、途切れ途切れに口述している。

W.G.Dotyは、パウロは自分の書きたい事柄を著すためのしっかりとした形式の意識を持っていた。

この点を理解しておくと、コリントスやフィリッポイへの文章の伝達経路で解体され整理し直された手紙文の全体を再構成するのに助けとなり、また真正な手紙とそうでないものを区別する手立てともなる。

 

 

 

所見;パウロ当時のグレコローマンの習慣としての書簡文が、通信文という用途を超えて来ていたところで、新約聖書のほとんどが書簡文で成り立っているには、非常なまでに用途に適っていたように思える。

なぜなら、パウロなりが自らの著書を書いていれば、それはまさしくパウロ教と人に見做されてしまう危険が高い。それでなくても、福音書のキリストが依然、トーラーの下に在って語っているのであるから、その犠牲が捧げられ『新しい契約』が発効した後のユダヤ教からの次元上昇とも言えるほどの大変革を示す教理を伝える器として、当時の必要に応えるかたちでの書簡文は、著者ひとりにその理解の源を示さず、聖霊の霊感が主役であったことを読む者に自然と印象付けることができる。書簡であれば、通信の必要を通して実生活との関わりの中で思想や釈義を述べても個人の恣意性の印象が薄らぎ、同時に著者を確定し易いという利点がある。これはユダヤ式の旧約著作とは根本的に異なり、偽作の恐れが非常に高いキリスト教の事情にも好都合であったろう。

当時のグレコローマンの習慣を用いることは神の思惑であった蓋然性が感じられる。

加えて、ユダヤヘブライは過ぎ去ろうとしていた律法体制の強力な引力が働いており、キリスト教の革新性を荷うには余りに重い足枷の下にあったというべきだろう。ユダヤ教式概念からの離脱という面で、ネイヴィームとの連続性は書簡という形で断たれたとも言える。

キリスト教ギリシア語に向かったことには、これらの要件を満たす合理性があったに違いない。もはやユダヤモーセを遥かに超えて行くキリストの新たな教えを負える器ではなかったと言える。実際草創期キリスト教を支えたのはユダヤ教ナザレ派ではなく、ディアスポラの民と古参のギリシア語話者であったのは否定しようがない。『諸国民への使徒』とは、この新たな教えを荷う重要な器であり、且つ離散の民と異邦人への橋渡しという原始キリスト教確立の立役者としての称号であったと言える。

それにしても、文体や使用単語よりも注目するべきは内容の価値である。

奥義の理解に於いては、その文面が何者によって書かれたのかを物語ってしまう。特に新約聖書に込められた高度な経綸理解は真に価値あるもの以外をその内容そのものが淘汰してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

ストイケイア

 

[στοιχεια] 名) 初歩、基本、天体

 

Ga4:3

[ὑπὸ τὰ στοιχεῖα τοῦ κόσμου ἤμεθα ] 対中複

「いわゆるこの世のもろもろの霊力の下に、縛られていた」口語

「世を支配する諸霊に奴隷として仕えていました。」新共同

「この世の幼稚な教えの下に奴隷となっていました。」新改訳

”were in bondage under the elements of the world.”NKJV

 

Col2:8

[κατὰ τὰ στοιχεῖα τοῦ κόσμου]

「それは、世のもろもろの霊力に従う人間の言伝えに基くもの」

「それは、世を支配する霊に従っており、」

「それは人の言い伝えによるもの、この世の幼稚な教えによるもの」

”according to the basic principles of the world, ”

 

Col2:20

[ἀπὸ τῶν στοιχείων τοῦ κόσμου, ] 名)属中複

「世のもろもろの霊力から離れたのなら、」

「世を支配する諸霊とは何の関係もないのなら、」

「この世の幼稚な教えから離れたのなら、」

”from the basic principles of the world, ”

 

principles 原則、主義、根本、精神

[στοιχειω] 「習慣的に歩む」

 

 

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聖徒らのコイノニアの中に「新しいもの」καινη κτισις が創造され、キリストの復活により既に存在を始めていた。2Cor5:17 

そこで旧いものは消え去るのであり、聖徒は世の倣いとは別に生きるべきであった。

 

所見

「この世の霊力」というのは、訳としては不自然ながら一面を伝えてはいる

ガラテア人には律法の生き方への批判として書かれているが、コロサイ書は必ずしもそうではない。

これはアブラハムがイヴリーで、ニムロデではなく神が建設される城市を待ち侘びたということにもつながる。<やはりヘブライ書はパウロ作といえる>

やはりハモナと粘土には関連があるかもしれない。

 

パウロモーセの律法体制についてこの語を用いたのは、キリストによってもたらされた新たな崇拝方式が霊的なもので地的物質的であることから超越したことを言う以上に、律法のもたらしていたものが、奴隷的であり、世のものの性質を帯びていたことを言うのであろう。それはキリストの犠牲に基く崇拝への予備的段階であり、イスラエルは『罪』に対処するべき「法の施行」の下での形式としては、この世の諸政府の支配と変わらない構造を持っていた。それでも律法そのものは、メシアの要件を示してもいたのであり、メシアがメシアであるために不可欠であることには変わりがない。だが、律法の要件によって義を証しされ『その義によって生きる』のはメシアただ一人となった。

その結果としてキリストの犠牲は倫理性の完全の域に達し、『命の』また『救いの』『傑出した君』となってその義を分配的に貸し与えた、それが聖霊の賜物によって印付けられた。その油注がれた者たち、まず『共同相続者』の群れを導き出している。従って、その『兄弟たち』は『世のものではなく』ストイケイアに沿う生き方を後にし、象徴的イヴリーとなり荒野に住む。そこで彼らは『居留者』と呼ばれるのであり、ニムロデからの俗世とは決別した生き方が求められた。それがレヴィの清さであり、祭司職への条件でもあった。ということか。

共同相続者らがメシアの達した完全性の分与に預かり、隅の親石の上に築かれなければならない。次いで千年の間に、その他の者らのすべてが、その完全なる義の分与を贖罪によって与えられる。これがアブラハムの裔の成し遂げる『地のすべての氏族が自らを祝福する』手立てであり、これが『奥義』と呼ばれていた。

この『奥義』は隠す必要がなく、屋上から叫んでも良いとイエスは言われた。なぜなら、悟らない者はどうあっても悟れないからだろう。

千年とは意外に・・

 

 

 

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試論

米中西部のキリスト教には親イスラエルが増えている

それはイスラエルへの曲解した教理の影響があるからで、政治行動まで起こしているのだが、パレスチナ人への配慮などまるで感じられない。あれがアメリカの中東関与の動機なのだとすれば、キリスト教はいまだ十字軍のようではないか。

ネイヴィームの言葉を表層だけで捉え、象徴として聞かないところから来ている。この点で、教会指導者は恐ろしく間違っている。

イスラエル民族は神の時刻表の役割を負っているやら

終末に地上再臨するキリストを見てユダヤ教徒の大量改宗があるやら

エルサレムが北から攻撃されるやら

本当に聖書を読んでいるのだろうか。

 

それらのキリスト教徒のイスラエルかぶれの酷さは反知性的にまで進んでいる。自分たちの行動がどんな実を結んでいるのかをまるで考えていない。これも大衆化のひとつの形とも言える。ともあれ、大衆宗教というのは程度が低くて頑なだから、考えて自省するというところがない。

現状でシーア派イスラエルアメリカが対立しているが

アメリカのイスラエル支持とスンニ派との連携がしばらくは続くとしても、シーア派との関係をどうにかできないと、中東での不安定さは解消されない。

もしイランとアメリカとの間で武力行使が始まってしまえば、ほぼ泥沼化して、当分は世界の負担にしかならない。僅かな箇所の空爆では済まない方向にもっていったのはイラン自身でもあり、これは諸国も理解しているだろうけれども、先鋭的で頑固な勢力は互いに譲らないだろうから、そう遠からず何かの変化は起きることになるのだろう。

 

しかし、宗教合同となると、かなりの問題が退潮すると思える。

大筋で和解する理由が今はまったくないが、その理由が生じた場合、最良のポジションを得るのはまず間違いなくイスラエルということになる、というより他に有り得ない。後押しをするのもU.S.A以外に適任者もいない。<その下地を造っているのか!>

三つの宗教の合同形というものを想定すると、見えて来るものがある。

 

宗教的派閥は解消される道理があり、これがGBの滅びを要請するかも知れない。

Rev16によれば、GBの滅びはGGの使嗾あってのことであるとも考えられる。

だから、やはり北王と野獣は早々に舞台を去るけれども、GBはGGが台頭するまでは長らえなくてはならない。だからRev16はあのような順に書いてあるといえる。GGの慫慂ほど終局を呼び込むものはない。そこまで焦点は絞られていたのか。

つまり北王の権威が瓦解することで政治的反目が退潮し、そこに北王が育てた獣が偶像化して宗教的反目も退潮するとすれば、大衆が何と言うのかは明らかだ。これこそ非知性的喜びになるだろう。

そこでGBの存在意義はおろか、抹消すべきものとされるのは自然な流れになるのだろう。それを主導する最適任者が居る。

 北王だけで聖徒攻撃ができないことで獣が必要となるか。6.26.19

もし黙示の順でゆくと聖徒の現れまで獣は現れないことにはなるけれども、これはどうか分からない。

北王は内部に崩壊の危機を幾つも孕んでいるので、今後は早急な行動にいきなりに出る恐れは常にある。堅固に見えるほどに弱い。

ひとつ意外に想えるのは、タイムテーブル上、北王も獣自身もGB攻撃に絡まないところなのだが、自分は何か間違っているのか。

 それから東から人を興すということの対型と再臨の関係、それが東からの王たちとがまるで異なること(これは単にバビロン征服を云うのか)。加えて、大いなるキュロスがどのように勅令を発し、残りのアリヤーの民が現れるのか。終末の時間の流れと捕囚解放期とでは異なっていて、アレゴリーが走馬灯のようで目くるめく。そのまえにシオン

 

 

 

 

 

 

シオンの栄光を告げる句

 

Isa1:24 このゆえに、YHWH、万軍のYHWHイスラエルの全能者は言われる、「ああ、わたしはわが敵にむかって憤りをもらし、わがあだにむかって恨みをはらす。
1:25 わたしはまた、わが手をあなたに向け、あなたのかすを灰汁で溶かすように溶かし去り、あなたの混ざり物をすべて取り除く。
1:26 こうして、あなたのさばきびとをもとのとおりに、あなたの議官を初めのとおりに回復する。その後あなたは正義の都、忠信の町ととなえられる」。
1:27 シオンは公平をもってあがなわれ、そのうちの悔い改める者は、正義をもってあがなわれる。
1:28 しかし、そむく者と罪びととは共に滅ぼされ、主を捨てる者は滅びうせる。

2:2 終りの日に次のことが起る。YHWHの家の山は、もろもろの山のかしらとして堅く立ち、もろもろの峰よりも高くそびえ、すべて国はこれに流れてき、
2:3 多くの民は来て言う、「さあ、われわれは主の山に登り、ヤコブの神の家へ行こう。彼はその道をわれわれに教えられる、われわれはその道に歩もう」と。律法はシオンから出、YHWHの言葉はエルサレムから出るからである。

4:2 その日、YHWHの枝は麗しく栄え、地の産物はイスラエルの生き残った者の誇、また光栄となる。

4:5 その時、YHWHはシオンの山のすべての場所と、そのもろもろの集会との上に、昼は雲をつくり、夜は煙と燃える火の輝きとをつくられる。これはすべての栄光の上にある天蓋であり、あずまやであって、
4:6 昼は暑さをふせぐ陰となり、また暴風と雨を避けて隠れる所となる。

10:12 YHWHがシオンの山とエルサレムとになそうとすることを、ことごとくなし遂げられた時、主はアッスリヤ王の無礼な言葉と、その高ぶりとを罰せられる。

10:15 おのは、それを用いて切る者にむかって、自分を誇ることができようか。のこぎりは、それを動かす者にむかって、みずから高ぶることができようか。これはあたかも、むちが自分をあげる者を動かし、つえが木でない者をあげようとするのに等しい。
10:16 それゆえ、YHWH、万軍のYHWHは、その肥えた勇士の中に病気を送って衰えさせ、その栄光の下に火の燃えるような炎を燃やされる。
10:17 イスラエルの光は火となり、その聖者は炎となり、そのいばらと、おどろとを一日のうちに焼き滅ぼす。
10:18 また、その林と土肥えた田畑の栄えを、魂も、からだも二つながら滅ぼし、病める者のやせ衰える時のようにされる。
10:19 その林の木の残りのものはわずかであって、わらべもそれを書きとめることができる。
10:20 その日にはイスラエルの残りの者と、ヤコブの家の生き残った者とは、もはや自分たちを撃った者にたよらず、真心をもってイスラエルの聖者、YHWHにたより、
10:21 残りの者、すなわちヤコブの残りの者は大能の神に帰る。
10:22 あなたの民イスラエルは海の砂のようであっても、そのうちの残りの者だけが帰って来る。滅びはすでに定まり、義であふれている。

10:23 主、万軍のYHWHは定められた滅びを全地に行われる。
10:24 それゆえ、主、万軍のYHWHはこう言われる、「シオンに住むわが民よ、アッスリヤびとが、エジプトびとがしたように、むちをもってあなたを打ち、つえをあげてあなたをせめても、彼らを恐れてはならない。
10:25 ただしばらくして、わが憤りはやみ、わが怒りは彼らを滅ぼすからである。

12:1 その日には、あなたは言うであろう。「YHWHよ、わたしはあなたに感謝します。あなたはわたしに向かって怒りを燃やされたが/その怒りを翻し、わたしを慰められたからです。
12:2 見よ、わたしを救われる神。わたしは信頼して、恐れない。YHWHこそわたしの力、わたしの歌/わたしの救いとなってくださった。」
12:3 あなたたちは喜びのうちに/救いの泉から水を汲む。
12:4 その日には、あなたたちは言うであろう。「YHWHに感謝し、御名を呼べ。諸国の民に御業を示し/気高い御名を告げ知らせよ。
12:5 YHWHにほめ歌をうたえ。YHWHは威厳を示された。全世界にその御業を示せ。
12:6 シオンに住む者よ/叫び声をあげ、喜び歌え。イスラエルの聖なる方は/あなたたちのただ中にいます大いなる方。」

14:32 その国の使者たちになんと答えようか。「YHWHはシオンの基をおかれた、その民の苦しむ者は/この中に避け所を得る」と答えよ。

18:7 そのとき、貢ぎ物が万軍のYHWHにもたらされる。背高く、肌の滑らかな民から/遠くの地でも恐れられている民から/強い力で踏みにじる国/幾筋もの川で区切られている国から/万軍のYHWHの名が置かれた場所/シオンの山へもたらされる。

24:21 その日、YHWHは天において、天の軍勢を罰し、地の上で、地のもろもろの王を罰せられる。
24:22 彼らは囚人が土ろうの中に/集められるように集められて、獄屋の中に閉ざされ、多くの日を経て後、罰せられる。
24:23 こうして万軍のYHWHがシオンの山/およびエルサレムで統べ治め、かつその長老たちの前に/その栄光をあらわされるので、月はあわて、日は恥じる。

28:16 それゆえ、主なる神はこう言われる。「わたしは一つの石をシオンに据える。これは試みを経た石/堅く据えられた礎の、貴い隅の石だ。信ずる者は慌てることはない。
28:17 わたしは正義を測り縄とし/恵みの業を分銅とする。雹は欺きという避け所を滅ぼし/水は隠れがを押し流す。

29:7 そしてアリエルを攻めて戦う国々の群れ、すなわちアリエルとその城を攻めて戦い、これを悩ます者はみな/夢のように、夜の幻のようになる。
29:8 飢えた者が食べることを夢みても、さめると、その飢えがいえないように、あるいは、かわいた者が飲むことを夢みても、さめると、疲れてそのかわきがとまらないように、シオンの山を攻めて戦う国々の群れも/そのようになる。

30:18 それゆえ、YHWHは待っていて、あなたがたに恵を施される。それゆえ、YHWHは立ちあがって、あなたがたをあわれまれる。YHWHは公平の神でいらせられる。すべて主を待ち望む者はさいわいである。
30:19 シオンにおり、エルサレムに住む民よ、あなたはもはや泣くことはない。YHWHはあなたの呼ばわる声に応じて、必ずあなたに恵みを施される。YHWHがそれを聞かれるとき、直ちに答えられる。
30:20 たといYHWHはあなたがたに悩みのパンと苦しみの水を与えられても、あなたの師は再び隠れることはなく、あなたの目はあなたの師を見る。
30:21 また、あなたが右に行き、あるいは左に行く時、そのうしろで「これは道だ、これに歩め」と言う言葉を耳に聞く。
30:22 その時、あなたがたはしろがねをおおった刻んだ像と、こがねを張った鋳た像とを汚し、これをきたない物のようにまき散らして、これに「去れ」と言う。
30:23 YHWHはあなたが地にまく種に雨を与え、地の産物なる穀物をくださる。それはおびただしく、かつ豊かである。その日あなたの家畜は広い牧場で草を食べ、
30:24 地を耕す牛と、ろばは、シャベルと、くまででより分けて塩を加えた飼料を食べる。
30:25 大いなる虐殺の日、やぐらの倒れる時、すべてのそびえたつ山と、すべての高い丘に水の流れる川がある。
30:26 さらにYHWHがその民の傷を包み、その打たれた傷をいやされる日には、月の光は日の光のようになり、日の光は七倍となり、七つの日の光のようになる。
30:27 見よ、YHWHの名は遠い所から/燃える怒りと、立ちあがる濃い煙をもって来る。そのくちびるは憤りで満ち、その舌は焼きつくす火のごとく、
30:28 その息はあふれて首にまで達する/流れのようであって、滅びのふるいをもってもろもろの国をふるい、また惑わす手綱を/もろもろの民のあごにつけるために来る。
30:29 あなたがたは、聖なる祭を守る夜のように歌をうたう。また笛をならしてYHWHの山にきたり、イスラエルの岩なる主にまみえる時のように心に喜ぶ。
30:30 YHWHはその威厳ある声を聞かせ、激しい怒りと、焼きつくす火の炎と、豪雨と、暴風と、ひょうとをもってその腕の下ることを示される。
30:31 YHWHがそのむちをもって打たれる時、アッスリヤの人々はYHWHの声によって恐れおののく。
30:32 YHWHが懲らしめのつえを彼らの上に加えられるごとに鼓を鳴らし、琴をひく。YHWHは腕を振りかざして、彼らと戦われる。

31:4 YHWHはわたしにこう言われた、「ししまたは若いししが獲物をつかんで、ほえたけるとき、あまたの羊飼が呼び出されて、これにむかっても、その声によって驚かず、その叫びによって恐れないように、万軍のYHWHは下ってきて、シオンの山およびその丘で戦われる。
31:5 鳥がひなを守るように、万軍のYHWHエルサレムを守り、これを守って救い、これを惜しんで助けられる」。

31:6 イスラエルの人々よ、YHWHに帰れ。あなたがたは、はなはだしくYHWHにそむいた。
31:7 その日、あなたがたは自分の手で造って罪を犯したしろがねの偶像と、こがねの偶像をめいめい投げすてる。
31:8 「アッスリヤびとはつるぎによって倒れる、人のつるぎではない。つるぎが彼らを滅ぼす、人のつるぎではない。彼らはつるぎの前から逃げ去り、その若い者は奴隷の働きをしいられる。
31:9 彼らの岩は恐れによって過ぎ去り、その君たちはあわて、旗をすてて逃げ去る」。これはYHWHの言葉である。YHWHの火はシオンにあり、その炉はエルサレムにある。

33:6 またYHWHは救と知恵と知識を豊かにして、あなたの代を堅く立てられる。YHWHを恐れることはその宝である。 

33:20 定めの祭の町シオンを見よ。あなたの目は平和なすまい、移されることのない幕屋エルサレムを見る。その杭はとこしえに抜かれず、その綱は、ひとすじも断たれることはない。
33:21 YHWHは威厳をもってかしこにいまし、われわれのために広い川と流れのある所となり、その中には、こぐ舟も入らず、大きな船も過ぎることはない。
33:22 YHWHは我らを正しく裁かれる方。YHWHは我らに法を与えられる方。YHWHは我らの王となって、我らを救われる。

34:5 わたしのつるぎは天において憤りをもって酔った。見よ、これはエドムの上にくだり、わたしが滅びに定めた民の上にくだって、これをさばく。
34:6 YHWHのつるぎは血で満ち、脂肪で肥え、小羊とやぎの血、雄羊の腎臓の脂肪で肥えている。YHWHがボズラで犠牲の獣をほふりエドムの地で大いに殺されたからである。
34:7 野牛は彼らと共にほふり場にくだり、子牛は力ある雄牛と共にくだる。その国は血で酔い、その土は脂肪で肥やされる。
34:8 YHWHはあだをかえす日をもち、シオンの訴えのために報いられる年を/もたれるからである。

35:10 YHWHにあがなわれた者は帰ってきて、その頭に、とこしえの喜びをいただき、歌うたいつつ、シオンに来る。彼らは楽しみと喜びとを得、悲しみと嘆きとは逃げ去る。

37:6 イザヤは彼らに言った、「あなたがたの主君にこう言いなさい、『YHWHはこう仰せられる、アッスリヤの王のしもべらが、わたしをそしった言葉を聞いて恐れるには及ばない。
37:7 見よ、わたしは一つの霊を彼のうちに送って、一つのうわさを聞かせ、彼を自分の国へ帰らせて、その国でつるぎに倒れさせる』」。

37:30 あなたに与えるしるしはこれである。すなわち、ことしは落ち穂から生えた物を食べ、二年目には、またその落ち穂から生えた物を食べ、三年目には種をまき、刈り入れ、ぶどう畑を作ってその実を食べる。
37:31 ユダの家の、のがれて残る者は再び下に根を張り、上に実を結ぶ。
37:32 すなわち残る者はエルサレムから出、のがれる物はシオンの山から出る。万軍のYHWHの熱心がこれをなし遂げられる。

40:9 よきおとずれをシオンに伝える者よ、高い山にのぼれ。よきおとずれをエルサレムに伝える者よ、強く声をあげよ、声をあげて恐れるな。ユダのもろもろの町に言え、「あなたがたの神を見よ」と。
40:10 見よ、主なる神は大能をもってこられ、その腕は世を治める。見よ、その報いはYHWHと共にあり、そのはたらきの報いは、そのみ前にある

41:26 だれか、初めからこの事を/われわれに告げ知らせたか。だれか、あらかじめわれわれに告げて、「彼は正しい」と言わせたか。ひとりもこの事を告げた者はない。ひとりも聞かせた者はない。ひとりもあなたがたの言葉を聞いた者はない。
41:27 わたしははじめてこれをシオンに告げた。わたしは、よきおとずれを伝える者を/エルサレムに与える。
41:28 しかし、わたしが見ると、ひとりもない。彼らのなかには、わたしが尋ねても/答えうる助言者はひとりもない。
41:29 見よ、彼らはみな人を惑わす者であって、そのわざは無きもの、その鋳た像はむなしき風である。

46:11 わたしは東から猛禽を招き、遠い国からわが計りごとを行う人を招く。わたしはこの事を語ったゆえ、必ずこさせる。わたしはこの事をはかったゆえ、必ず行う。
46:12 心をかたくなにして、救に遠い者よ、わたしに聞け。
46:13 わたしはわが救を近づかせるゆえ、その来ることは遠くない。わが救はおそくない。わたしは救をシオンに与え、わが栄光をイスラエルに与える」。

49:14 しかしシオンは言った、「YHWHはわたしを捨て、YHWHはわたしを忘れられた」と。
49:15 「女がその乳のみ子を忘れて、その腹の子を、あわれまないようなことがあろうか。たとい彼らが忘れるようなことがあっても、わたしは、あなたを忘れることはない。
49:16 見よ、わたしは、たなごころにあなたを彫り刻んだ。あなたの石がきは常にわが前にある。
49:17 あなたを建てる者は、あなたをこわす者を追い越し、あなたを荒した者は、あなたから出て行く。

51:3 YHWHはシオンを慰め、またそのすべて荒れた所を慰めて、その荒野をエデンのように、そのさばくをYHWHの園のようにされる。こうして、その中に喜びと楽しみとがあり、感謝と歌の声とがある。
51:4 わが民よ、わたしに聞け、わが国びとよ、わたしに耳を傾けよ。律法はわたしから出、わが道はもろもろの民の光となる。
51:5 わが義はすみやかに近づき、わが救は出て行った。わが腕はもろもろの民を治める。海沿いの国々はわたしを待ち望み、わが腕に寄り頼む。
51:6 目をあげて天を見、また下なる地を見よ。天は煙のように消え、地は衣のようにふるび、その中に住む者は、ぶよのように死ぬ。しかし、わが救はとこしえにながらえ、わが義はくじけることがない。
51:7 義を知る者よ、心のうちにわが律法をたもつ者よ、わたしに聞け。人のそしりを恐れてはならない、彼らのののしりに驚いてはならない。

51:11 YHWHにあがなわれた者は、歌うたいつつ、シオンに帰ってきて、そのこうべに、とこしえの喜びをいただき、彼らは喜びと楽しみとを得、悲しみと嘆きとは逃げ去る。

51:15 わたしは海をふるわせ、その波をなりどよめかすあなたの神、YHWHである。その名を万軍のYHWHという。
51:16 わたしはわが言葉をあなたの口におき、わが手の陰にあなたを隠した。こうして、わたしは天をのべ、地の基をすえ、シオンにむかって、あなたはわが民であると言う」。

52:1 シオンよ、さめよ、さめよ、力を着よ。聖なる都エルサレムよ、美しい衣を着よ。割礼を受けない者および汚れた者は、もはやあなたのところに、はいることがないからだ。
52:2 捕われたエルサレムよ、あなたの身からちりを振り落せ、起きよ。捕われたシオンの娘よ、あなたの首のなわを解きすてよ。

52:7 よきおとずれを伝え、平和を告げ、よきおとずれを伝え、救を告げ、シオンにむかって「あなたの神は王となられた」と/言う者の足は山の上にあって、なんと麗しいことだろう。
52:8 聞けよ、あなたの見張びとは声をあげて、共に喜び歌っている。彼らは目と目と相合わせて、YHWHがシオンに帰られるのを見るからだ。

59:20 YHWHは言われる、「YHWHは、あがなう者としてシオンにきたり、ヤコブのうちの、とがを離れる者に至る」と。

60:1 起きよ、光を放て。あなたの光が臨み、YHWHの栄光があなたの上にのぼったから。
60:2 見よ、暗きは地をおおい、やみはもろもろの民をおおう。しかし、あなたの上には主が朝日のごとくのぼられ、YHWHの栄光があなたの上にあらわれる。
60:3 もろもろの国は、あなたの光に来、もろもろの王は、のぼるあなたの輝きに来る。
60:4 あなたの目をあげて見まわせ、彼らはみな集まってあなたに来る。あなたの子らは遠くから来、あなたの娘らは、かいなにいだかれて来る。
60:5 その時あなたは見て、喜びに輝き、あなたの心はどよめき、かつ喜ぶ。海の富が移ってあなたに来、もろもろの国の宝が、あなたに来るからである。

60:14 あなたを苦しめた者の子らは、かがんで、あなたのもとに来、あなたをさげすんだ者は、ことごとくあなたの足もとに伏し、あなたを主の都、イスラエルの聖者のシオンととなえる。
60:15 あなたは捨てられ、憎まれて、その中を過ぎる者もなかったが、わたしはあなたを、とこしえの誇、世々の喜びとする。

61:2 YHWHの恵みの年と/われわれの神の報復の日とを告げさせ、また、すべての悲しむ者を慰め、
61:3 シオンの中の悲しむ者に喜びを与え、灰にかえて冠を与え、悲しみにかえて喜びの油を与え、憂いの心にかえて、さんびの衣を与えさせるためである。こうして、彼らは義のかしの木ととなえられ、YHWHがその栄光をあらわすために/植えられた者ととなえられる。
61:4 彼らはいにしえの荒れた所を建てなおし、さきに荒れすたれた所を興し、荒れた町々を新たにし、世々すたれた所を再び建てる。
61:5 外国人は立ってあなたがたの群れを飼い、異邦人はあなたがたの畑を耕す者となり、ぶどうを作る者となる。

62:1 シオンの義が/朝日の輝きのようにあらわれいで、エルサレムの救が燃えるたいまつの様になるまで、わたしはシオンのために黙せず、エルサレムのために休まない。
62:2 もろもろの国はあなたの義を見、もろもろの王は皆あなたの栄えを見る。そして、あなたはYHWHの口が定められる/新しい名をもってとなえられる。
62:3 また、あなたはYHWHの手にある麗しい冠となり、あなたの神の手にある王の冠となる。
62:4 あなたはもはや「捨てられた者」と言われず、あなたの地はもはや「荒れた者」と言われず、あなたは「わが喜びは彼女にある」ととなえられ、あなたの地は「配偶ある者」ととなえられる。YHWHはあなたを喜ばれ、あなたの地は配偶を得るからである。
62:5 若い者が処女をめとるように/あなたの子らはあなたをめとり、花婿が花嫁を喜ぶように/あなたの神はあなたを喜ばれる。
62:6 エルサレムよ、わたしはあなたの城壁の上に見張人をおいて、昼も夜もたえず、もだすことのないようにしよう。YHWHに思い出されることを求める者よ、みずから休んではならない。
62:7 YHWHエルサレムを堅く立てて、全地に誉を得させられるまで、お休みにならぬようにせよ。

65:1 わたしはわたしを求めなかった者に/問われることを喜び、わたしを尋ねなかった者に/見いだされることを喜んだ。わたしはわが名を呼ばなかった国民に言った、「わたしはここにいる、わたしはここにいる」と。
65:2 よからぬ道に歩み、自分の思いに従うそむける民に、わたしはひねもす手を伸べて招いた。

66:7 シオンは産みの苦しみをなす前に産み、その苦しみの来ない前に男子を産んだ。
66:8 だれがこのような事を聞いたか、だれがこのような事どもを見たか。一つの国は一日の苦しみで生れるだろうか。一つの国民はひと時に生れるだろうか。しかし、シオンは産みの苦しみをするやいなや/その子らを産んだ。

 

 

 

 

 

Zep3:16 その日、人々はエルサレムに向かって言う、「シオンよ、恐れるな。あなたの手を弱々しくたれるな。
3:17 あなたの神、YHWHはあなたのうちにいまし、勇士であって、勝利を与えられる。彼はあなたのために喜び楽しみ、その愛によってあなたを新にし、祭の日のようにあなたのために喜び呼ばわられる」。
3:18 「わたしはあなたから悩みを取り去る。あなたは恥を受けることはない。
3:19 見よ、その時あなたをしえたげる者を/わたしはことごとく処分し、足なえを救い、追いやられた者を集め、彼らの恥を誉にかえ、全地にほめられるようにする。

 

Zec1:17あなたはまた呼ばわって言いなさい。万軍のYHWHはこう仰せられます、わが町々は再び良い物で満ちあふれ、YHWHは再びシオンを慰め、再びエルサレムを選ぶ』と」。

8:2「万軍のYHWHは、こう仰せられる、『わたしはシオンのために、大いなるねたみを起し、またこれがために、大いなる憤りをもってねたむ』。
8:3 主はこう仰せられる、『わたしはシオンに帰って、エルサレムの中に住む。エルサレムは忠信な町ととなえられ、万軍の主の山は聖なる山と、となえられる』。
8:4 万軍のYHWHは、こう仰せられる、『エルサレムの街路には再び老いた男、老いた女が座するようになる。みな年寄の人々で、おのおのつえを手に持つ。8:5 またその町の街路には、男の子、女の子が満ちて、街路に遊び戯れる』。

9:13 わたしはユダを張って、わが弓となし、エフライムをその矢とした。シオンよ、わたしはあなたの子らを呼び起して、ギリシヤの人々を攻めさせ、あなたを勇士のつるぎのようにさせる。
9:14 その時、YHWHは彼らの上に現れて、その矢をいなずまのように射られる。主なる神はラッパを吹きならし、南のつむじ風に乗って出てこられる。
9:15 万軍のYHWHは彼らを守られるので、彼らは石投げどもを食い尽し、踏みつける。彼らはまたぶどう酒のように彼らの血を飲み、鉢のようにそれで満たされ、祭壇のすみのように浸される。
9:16 その日、彼らの神、YHWHは、彼らを救い、その民を羊のように養われる。彼らは冠の玉のように、その地に輝く。
9:17 そのさいわい、その麗しさは、いかばかりであろう。穀物は若者を栄えさせ、新しいぶどう酒は、おとめを栄えさせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「賛美のための民」の概念

 

・Eph1:12 ” that we who first trusted in Christ should be to the praise of His glory*.”NKJV

『それは、早くからキリストに望みをおいているわたしたちが、神の栄光をほめたたえる者となるためである。』【口語】

『それは、以前からキリストに希望を置いていたわたしたちが、神の栄光をたたえるためです。』【新共同】

『私たち、強い希望を抱き続けている者が、キリストにおいて神の栄光を讃えるべき者となるようにと』【岩波委員】

同上註有;「今日では「希望する」の前綴りpro-[前に]を単なる強め(希望はすべて「前もって」のもの)とする解釈と、前綴りをキリスト「以前からの」メシア待望に関連づけ、「私たち」をユダヤ人(キリスト者)に限定する古代からの解釈が対立しているが、ここではユダヤ人と異邦人は相互に区別されていない。・・(ここは2:19の論争とも関連有り)

<確かにエフェソス書を宛てられた読者は異邦人であり、以前からのメシア待望について述べているとは思えない。しかし、ここはもう一つの視点もある>

 

[εἰς τὸ εἶναι ἡμᾶς εἰς ἔπαινον δόξης αὐτοῦ τοὺς  προηλπικότας ἐν τῷ Χριστῷ.] NA28

[προηλπικότας];  AV - first trust 1; 1 1) to hope before  分)完了能対男1複 「前に希望する」([προελπίζω] 原)

<これはヤコブ1:18との関連を述べていると捉えるという道があり、その方が論理的なパウロの文言に適うように思う。そのうえパウロは自分たち聖徒が『初穂の霊を持つ』を持つとも書簡に述べているRm8:23&29。

この箇所でも前後を読むと異邦人から聖徒に召された者らへ向けられた言葉であることが分かり、元来の異邦人の大半は聖徒から益を受ける立場にあるのであるから、この場合のプロエルピゾーは、「早い(段階の)希望」つまり人類に先立つ希望と解釈できる。というのも、ここで異論が出るのも言葉の用法が普通でなく、パウロが普通でない概念を述べようとしていると捉えることが的外れではないだろうから>

『それは,キリストに望みを置く点で最初の者となったわたしたちが,その栄光の賛美に仕えるためでした。』【旧版・新世界訳】

「キリストに望みを置く点で最初の者となったわたしたちが」の部分

直訳に近付けると「最初にキリストに希望を置いたわれらが、」とはなるけれども、ここでは幾分か原語から離れるが、旧版の新世界訳が最も分かり易く真意を突いている。英語では"first trusted"の単語によりどちらとも捉えられるが、英文新世界訳旧版では”we who have been first to hope”とされ原語に近いが、日本語旧版新世界訳が意味を捉える上では、より明解な翻訳になっているように思える。つまり、何に対して「はじめ」なのかについて、「神の賛美のための民」の視点がパウロに有ったと解釈することになるが、それは続く14節でヘブライ書やイザヤの預言のニュアンスに触れているところに示されている。

関連;Act15:7『激しい争論があった後、ペテロが立って言った、「兄弟たちよ、ご承知のとおり、異邦人がわたしの口から福音の言葉を聞いて信じるようにと、神は初めのころに('αρκαιος)、諸君の中からわたしをお選びになったのである。』

 

Eph1:14『この聖霊は、わたしたちが神の国を継ぐ事の保証であって、やがて神につける者が全く贖われ、神の栄光を誉め讃えるに至る為である。』

 

= Heb13:15 "Therefore by Him let us continually offer the sacrifice of praise to God, that is, the fruit of our lips, giving thanks to His name."NKJV <His name は誰の名か*?これはユダヤ教ナザレ派に向けて述べている>

『だから、わたしたちはイエスによって、賛美の生贄、すなわち、彼の御名をたたえるくちびるの実を、たえず神に捧げようではないか。』【口語】

<この「彼の名」がキリストであるかのように誤解させているが、「イエスの名を証しする」ことは有っても、賛美は常に神に属する*。キリストやメシアを賛美するとしたら聖書からは逸脱する。そこで、この口語訳は英文だけで判断した文語訳の影響ではないのだろうか>

『 だから、イエスを通して賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえる唇の実を、絶えず神に献げましょう。』【新共同】

 

=Isa43:21『この民は、わが誉を述べさせるために/わたしが自分のために造ったものである。』【口語】

 

1Pet1:7『こうして、あなたがたの信仰はためされて、火で精錬されても朽ちる外はない金よりもはるかに尊いことが明らかにされ、イエス・キリストの現れるとき、さんびと栄光とほまれとに変るであろう。』【口語】

[ ἵνα τὸ δοκίμιον ὑμῶν τῆς πίστεως πολυτιμότερον χρυσίου τοῦ ἀπολλυμένου, διὰ πυρὸς δὲ δοκιμαζομένου εὑρεθῇ εἰς ἔπαινον καὶ δόξαν καὶ τιμὴν ἐν ἀποκαλύψει Ἰησοῦ Χριστοῦ ] NA28

[ εὑρεθῇ ] (ヘユペテー)[εὑπίσκω 原] AV - find 174, misc 4; 178 1) to come upon, hit upon, to meet with 1a) after searching, to find a thing sought 1b) without previous search, to find (by chance), to fall in with 1c) those who come or return to a place 2) to find by enquiry, thought, examination, scrutiny, observation, to find out by practice and experience 2a) to see, learn, discover, understand 2b) to be found i.e. to be seen, be present 2c) to be discovered, recognised, detected, to show one's self out, of one's character or state as found out by others (men, God, or both) 2d) to get knowledge of, come to know, God 3) to find out for one's self, to acquire, get, obtain, procure  

『あなたがたの信仰は、その試練によって本物と証明され、火で精錬されながらも朽ちるほかない金よりはるかに尊くて、イエス・キリストが現れるときには、称賛と光栄と誉れとをもたらすのです。』【新共同】『称賛と光栄と誉れとをもたらす(or見出す)

”hat the genuineness of your faith, being much more precious than gold that perishes, though it is tested by fire, may be found to praise, honor, and glory at the revelation of Jesus Christ,” NKJV <この" may be "は聖徒らへの試練の結果の不確定性によるものと思われる>

<試練を通過する者は「称賛と栄光と誉れとを見ることになる」の意では?>⇒Lk13:24 ect,

 

所見;やはり、翻訳者の理解がどのようであるかによって翻訳は大きく影響を受け、聖書の全体像に一貫した視点を持たない翻訳は、それぞれの箇所毎に思考が定まらず知らされていることも知らされないで終わってしまう危険がある。そこでパウロが他の箇所でどんな事に言及していたか、また、ヘブライ語の習慣や、旧約にどんな概念があったのかを渉猟し、それらの何かに触れようとしている原著者の意志を汲まなければ、一般的読者層に真意を伝えることは難しくなる。そこで原語のままに訳す方法と、示唆的に言葉を選ぶ方法とがあるが、原語と翻訳語にはそもそも違いがあるので、一単語に一単語を常に当てる方法が必ずしも正確かといえば、そうも云えない。それでも、どこでどの単語が用いられているのかを知ることでヒントを得ることもあるから、紙媒体の聖書というのは限界を迎えているようにも思う。マウス・オーヴァーで原単語なりセンテンスなりが表示されたり、異本の存在の通知、異訳の存在、また相互参照だけでなく、古典作品の引用や歴史的背景にリンクできるなら、ただ聖書を読む、また通読回数を誇るなどという愚行から読者を解放できるのではないか。

 

 

 

ダニエル書第10-11章 解釈例

 

 この頁では Raymond Hammer の解説をノートする

               cf⇒ フランシスコ会

  <しかし、すべての内容に同意できるわけではない>

 

ダニエル書がネイヴィームに含まれなかった理由は、この書が前200年頃まで知られていなかったのではないかとされる。外典のベン・シラの知恵(BC180ca)には旧約のほとんどに人物が挙げられているのに、ダニエルが無い。しかし、シビュラの託宣では前2世紀中葉に位置付けられる中にダニエルの名を見る。

ダニエル書の後半をハンマーは、「我々の見るところでは」前六世紀のユダヤ捕囚民に著者を想定することは不可能と言っている。理由には、王たちの記述に不正確さがある。それから歴史的出来事が正確であるので、後の時代に書かれたと判断している。アンティオコス・エピファネスに至るまでギリシアの歴史的著作とおどろくほど一致しており、神殿の奪還と再奉献、それにアンティオコスの無益な東方遠征が書かれていないので、前165年までに完成した書であろうと。

 

言語については、2:4からアラム語で書かれ7章の終りまで続く、しかし、その後は最後までヘブライ語で一貫している。これは死海の洞窟1と4から出た写本とも一致する。これに反論する識者は、元々全体がアラム語であったものを、ユダヤ人に受入れさせるために態々幻の最初である第七章までをアラム語に残し、後をヘブライ語にして双方の部分の一体性を装ったと見る。

 

外典の「三人の歌」はダニエル第三章への挿入文であり、あとの「スザンナ」と「ダニエルと龍」はダニエル書の承認をへて追加されたものと。

歴史的には、ナボニドスがネブカドネッツァルの未亡人を娶っていることから、その子ベルシャッツァルをネブカドネッツァルの「子」とすることにはある程度の理由もある5:10-11、だが血縁はない。

 

ここでダニエルに与えられた啓示は、ペルシア時代からアンティオコスⅣ世(175-164)に至るまでのユダヤ人に影響を与えた歴史の概観である。しかし、記述の多くは実際の出来事に当てはめてゆくには外部の資料にしばしば依存する必要があるほど謎に包まれている。

ダニエル書後半の著者は焦点を人間の行動に限定せず、神の活動と人間との関係をより深く考えようとしている。

 

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なお三人の王が起る

これはスメルディスを除くカンビュセス、ダレイオスⅠ、クセルクセスのようである。「第四の者」はキュロスから数えており、480-479年の遠征でギリシアに大規模な軍事行動を起こしたクセルクセス(485-465)に一致する。

しかし、旧来的にはキュロス、ダレイオス、クセルクセス、アルタクセルクセスと結び付けられるのを常としてきた。ダレイオスⅠ世はメディアの同名王と混同を避け削除されているというのは、ネヘミヤ12:22によって支持されるが、この王には本書に語られるような功績はほとんどない。

 

南の王

大王の将軍の一人プトレマイオスによって治められ、前30年に至るまで王権を得た。

将軍のひとり

321年に将軍たちの間で認められた帝国の分割に於いて、バビロニアを受け取ったセレウコスに対するものである。316年彼はフリュギアの総督として出発し、その後アンティオコスが地中海から中央アジアへと支配を広げていた頃からプトレマイオスの下に逃れ、312までエジプトで仕えていたが、アンティゴノスの子を打ち破った後、彼の旧領を回復した。

その後301年にイプススの戦いで勝利しアンティゴノスを死に追いやった。その後、小アジアからインドの北西の端までに版図をひろげた。そこでその勢力はプトレマイオスを越えるに至った。

 

和睦

248年頃、プトレマイオスⅡ世は、アンティオコスⅡ世(セレウコスの孫)が妻のラオディケーを離縁し、彼女との間のふたりの息子の王位継承権を奪うという条件の下に、娘のベルニケーを与えた。

この結末は、ラオディケーによるベルニケーとその子の殺害を惹き起こす。

 

この女の根からひとつの芽

プトレマイオスⅢ世(247-222)は、妹ベルニケーの報復をしようとセレウコス領を攻める。

 

彼らの神々、鋳像

AD4世紀のヒエロニュモスは、プトレマイオスがカンビュセスによって運び去られたエジプトの神々の像をエジプトに取り戻し、エウエルゲーテスの称号を得たと書いている。

240年にはセレウコス・カリニコスはエジプトに侵攻したが逆に敗北し退却を余儀なくされている。

 

その子らはまた急いで

セレウコス・セラウヌス(226-223)とアンティオコスⅢ世大王メガス(223-187)に対するもので、「城」というのは、南方に対する最強の砦であったガザのことであろう。この時点からパレスチナはエジプトの支配下に入る。

 

南の王は激高して出て行き

エジプトがパレスチナを再併合するために、アンティオコスⅢ世に大敗北を与えた217年のラフィアの戦いを指す。

 

プトレマイオス・フィロパトールが203年に死去したときに、アンティオコスⅢ世はエジプト攻撃の機会を得た。彼はその目的からマケドニアのフィリッポスV世と同盟を結んだ。このとき、一部のユダヤ人らが預言者の支持を求めながらアンティオコスⅢ世に味方するという事態が発生している。(幻を成就させようと)

 

堅固な街

アンティオコスⅢ世が攻め取ったシドンであり、プトレマイオスの総督であったスパコスが199年にそこで捕虜となった。

 

彼は麗しい地に立ち

アンティオコスⅢ世によるパレスチナの完全征服に言及したもの。

 

その娘を与えて

アンティオコスⅢ世は194か3年に娘のクレオパトラをエジプトの支配を得ようとしてプトレマイオスV世に与えた。しかし、クレオパトラは夫にローマとの同盟の強化を勧めたために、アンティオコスⅢ世の野望は挫かれた。

 

197年にアンティオコス・メガスは、小アジアに侵攻し、次いでトラキアへと渡海した。192年、ギリシアに進もうと努めたが、191年にテレモピュライでローマ軍に敗れ、更に翌年にはマグネシアでより深刻は敗北を喫した。

 

彼はつまずき

アンティオコス・メガスは、ローマに莫大な上納金を科され、それを支払うために東方に赴きエリマイスのベル神殿を略奪しようとしたが、187年に住民の抵抗に遭い、配下の者らと共に殺害された。

その後継者はアンティオコスⅣ世(187-175)となったが、エルサレム神殿から略奪しようとして、却って自らが差し向けたヘリオドロスによって導かれた陰謀により殺害される。即ち「怒りにも戦いにもよらず」死んだ。

このアンティオコスⅣ世エピファネスは「卑しむべき者」と呼ばれ、王座には不適格であったことが強調されている。

 

契約の君

これは大祭司オニアスⅢ世であり、彼は175年に職を追われ、171年に殺害された。

 アンティオコスⅣ世の気前よさはマカベア第一3:30に例証される。

 

彼はまた策略を巡らして堅固な城塞を攻める

リア王はペルシウムと国境の町々に居を構えながらエジプトを支配しようと試みた。(マカベア第一1:19)

 

偽りを語る

アンティオコスⅣ世がプトレマイオス・フィロメトールを破ったとき、アレクサンドレイアの人々はプトレマイオスフィスコンの称号で王座に彼の兄弟を就けた。その後 フィロメトールがアンティオコスの公正無私を信じているかのように振る舞ったのに対し、アンティオコスもフィロメトールのために行動しているかのように装った。

 

アンティオコスは初めてのエジプト遠征をエルサレムユダヤ教(「聖なる契約」)への攻撃を以って終えた。

 

西からの船

ヘブライ語では「キッテムの船」となっている。これはローマの介入への言及である。マカベア第一1:1ではギリシア人を表す名称としてキッテムを用いるのであるが、ハバククについてのクムラン註解でも、この語でローマ人を述べることについてはダニエル書に従っている。LXXは現に「ローマ人」としている。(NEB註解)

 

その後のユダヤ主義者への反対運動は、彼はローマの使者からの要求によってアンティオコスがエジプトを去る原因となったので火を噴いた。ローマからの要求を拒めず、その鬱憤がユダヤに向かった。

 

彼は帰り、聖なる契約に対して憤り、事を行う。聖なる契約を捨てる者を顧みる。

ここにユダヤ人の二つの派への明確な言及がある。ダニエル書とマカベア第一は、はっきりと割り切った見方で分けているが、すべてのヘレニストがユダヤ教を捨てたわけではない。

砦というのは、おそらくは神殿そのもののことで、常供の燔祭は廃止され(cf;9:27)「荒らす憎むべきもの」とされるおそらくはゼウス像が建てられる。

 

民の内の賢い者たち

おそらく、後のパリサイ人の父祖で妥協することを拒否した初期ハシディームへの言及であろう。当初、彼らは消極的な抵抗運動を行っていた(マカベア第一2:29-38)が、もし攻撃されたなら安息日の規定を変更して戦うとしたマカベアから自分たちを区別した。

 

少しの助け

マカベア蜂起のことで、ダニエル書の著者は死に至るまで証しを続けた者たちの忠実さ、共同体のための身代わりの贖罪に参画する者たちによって強く印象付けられている。

 

しかし、終わりは定まった時にある

アンティオコスの死を暗示しているようである。<多分違う>

 

自分を高め、大いなるものとし

敬虔なユダヤ人はエピファネスという名のように、王が自らを神と公言する試みに何ら脅かされなかった。これは最後の冒涜行為となった。(マカベア第一1:24)

 

婦人の好む神

これはタンムズである(cf;Ezk8:14)アンティオコスはローマで人質を経験している。

そして砦(丘陵)の神(ユピテル・カピトリヌス)に頼り、アンティオケイアに壮大な神殿を建立した。彼は地方的な神々をユピテルに併呑させようと目論んだので、アポロンアドニス(タンムズ)のような神々は軽んじられた。その目的には王国の統一があった。非ユダヤ人らは王が神の生ける経路であるとの考えに慣らされていた。また、アンティオコスは自国民が自らを神として見ることに満足を覚えていた。

 

異国の神の民をもって最も強固な城塞に守備隊を置く

ユダヤ人はエルサレムに駐屯する異国民の守備隊の存在を憎んでいた。(Dan11:31/1Macb1:33.14:36)

やがて関心は神の支配の確立に向かう。しかし、エジプトへの推定上の攻撃については歴史の支持はない。リビアエチオピアへの言及はアンティオコスの支配領域は達することについて言うのであろう。

 

北と東からの知らせが彼を驚かせ

これはセンナケリブエルサレムからの撤退を思い起こさせる。

<この辺りでヘレニズム史からまったく遊離している> 

 

海と麗しい聖なる山との間に

これは他の預言に影響されたものであろう。(Ezk37/1Kin19)

実際はペルシアのタバエに於いて、原因不明の病で死んでいる。

 <的外れ>

 

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<12章の註解は荒唐無稽でノートする価値をほとんど感じない>

 印象;「幻を実現させようと」「終わりは定まった時に」「セナケリブを思い起こさせる」「キッテムの船」

 

<エゼキエルと同様に、ダニエルにも「シオン」の語は一度も出て来ない。エゼキエル37章以降と同様にダニエル10章以降には「エルサレム」が出て来ない。黙示録には三度「エルサレム」が出るが、地上のエルサレムを指す意味のエルサレムは無い。また「シオン」は子羊と仲間の立つ天界の場として一度現れるだけである。やはり、多くのキリスト教徒が信じるようにはならず、現エルサレムは終末の舞台とならず、幾らか(数十km)移動するようだ。あの人々はそれを「新しいエルサレム」などと称揚するのだろう。何と愚かな・・これは神の罠だろう。>

 

 

 

 

 

 

 

 

ミシュナの構成

ミシュナの構成 出展-Wikipedia-


◆ זרעים (ゼライーム Zeraim) - 11編構成。祈りと祝福・什一税・農業に関する法を扱う。

・ベラホット Berakhot 祈りの言葉の規則について。9章。

・ペアー Pe'ah 貧しき者に土地の一角を与える(レビ記 19:9-10及び23:22、申命記 24:19-22)ためのミツワーに関連した戒律と、貧しき者の権利一般について。8章。

・デマイ Demai 生産から供せられる聖職者への寄付が定かでない様々な場合について。7章。

・キルアイム Kilayim 農業、衣類、飼育において禁じられている混ぜ物(レビ記 19:19、申命記 22:9-11)の規則について。9章。

・シェビイート Shevi'it 安息年(出エジプト記 23:11、レビ記 25:1–8、申命記 15:1–11)に関する農業と会計の規則について。10章。

テルモット Terumot 祭司に与えられる寄付(terumah)の規則(民数記 18:8-20、申命記 18:4)について。11章。

・マアセロット Ma'aserot レビ族に与えられる十分の一税に関する規則 (民数記 18:21–24)について。5章。

・マアセル・シェニー Ma'aser Sheni エルサレムで食べられるための十分の一税に関する規則 (申命記 14:22-26)について。5章。

・ハッラー Hallah パン生地を祭司に与えること(ハッラー)に関する法(民数記 15:18–21)について 。4章。

・オルラー Orlah 植えた植物をすぐに使うことの禁止(レビ記 19:23–25)について。3章。

・ビクリーム Bikkurim 祭司とエルサレム神殿に贈る初物 (出エジプト記 23:19、申命記 26:1)について。


◆ מועד (モエード Moed) - 12編構成。安息日と祭りに関係する。

・シャバット Shabbat 安息日に禁じられている39の労働について。24章。⇒「シャバットの厳格化の経緯」⇒「安息日の運搬規定

・エルビン Eruvin 運搬と旅のために安息日の領域を変える解釈/概要説明、Eruvもしくは安息日に行動できる範囲について。10章。

・ペサヒーム Pesahim ペサハとその生贄に関する規定について。10章。

・シェカリーム Shekalim 2分の1シェケル(ベカ)の寄進とエルサレム神殿の費用と出費について。8章。<シェケル=4ドラクマ=スタテル貨>

・ヨマー Yoma ヨム・キプルの規定、特に大祭司による式典について。8章。

・スカー Sukkah スコットと祭りの際に用いられる仮設の家(仮庵)について。また、スコットで使われる4つの植物(ナツメヤシの枝、シトロン、ギンバイカ、ヤナギ)について。5章。⇒「スカー篇から

・ベイツァー Beitza Yom Tov (祝祭)において順守すべき規則について。5章。

・ロシュ・ハシャナー Rosh Hashanah ユダヤ暦について、ローシュ・ハッシャーナーの祭礼について。4章。

・タアニート Ta'anit 干ばつ、その他予期せぬ良くない出来事が起きた時の、特別な断食について。4章。

・メギラー Megillah プーリームにおいてエステル記を読むこと、またシナゴーグにおいてモーセ五書と預言書(ネビイーム)を読むことに関する規律と規定について。4章。⇒「メギラー篇から

・モエード・カタン Mo'ed Katan ペサハとスコットの中間日ホル・ハ・モエドについて。3章。

・ハギガー Hagigah 三巡礼祭(ペサハ、スコット、シャブオット)とエルサレムへの巡礼に持って行くべき奉納の品について。3章。


◆ נשים (ナシーム Nashim) - 7編構成。結婚と離婚、誓約に対する作法とナジル人の法に関係する。

・イェバモット Yevamot 未亡人に義務付けられた義理の兄弟との婚姻に関連したユダヤの法レビラト婚 (申命記 25:5-10)とその他未成年のなどについて。16章。

・ケトゥボット Ketubot ケトゥバー(ユダヤ教の婚前契約書)と処女、初夜権、夫婦間の義務について。13章。

・ネダリーム Nedarim 様々な種類の誓約(ネダリーム)と法的責任について。11章。

・ナジールNazir ナジル人の誓約とナジル人であること(民数記 6)について。9章。

・ソター Sotah 姦通罪が疑われた女性(民数記 5)に対するソターの儀式、口語の定型句(雌牛の首を折る時、王の年7回行われる国民へのトーラー朗読、ゲリジム山エバル山などの祝福と呪い)に関する儀式について。9章。⇒「ソーター篇から

・ギッティン Gittin 離婚とその他の文書の概念について。9章。
キダシン Kiddushin 結婚の最初の段階(正式な婚約)とユダヤの家系の法について。4章。


◆ נזיקין (ネズィキーン Nezikin) - 10編構成。市民の商売と刑罰、法廷の機能と誓約について。

・ババ・カマ Bava Kamma 主に損害と補償に関する民事問題について。10章。

・ババ・メツィア Bava Metzia 主に不法行為と財産法に関する民事問題について。10章。

・ババ・バトラ Bava Batra 主に土地所有権に関する民事問題について。10章。

・サンヘドリン Sanhedrin サンヘドリンでの裁判の規則、死刑、その他の刑事問題について。11章。

・マコット Makkot Edim Zomemim (証人)、逃れの町、鞭打ち刑について。3章。

・シェブオット Shevu'ot 様々な種類の宣誓とその法的責任について。8章。

エドゥヨット Eduyot ミシュナーの時代の法的な争いの事例と、その他の色々な賢者とハラーハーの原理を説明する証言の紹介。8章。

・アボダー・ザーラー Avodah Zarah ユダヤ教徒と、(ユダヤ教徒から見て)異教徒もしくは偶像崇拝者との交流の法について。5章。

アボット Avot 賢者の道徳的格言集。6章。

・ホラヨット Horayot サンヘドリンによる大きな過ちのために捧げられる、地域社会の意図的でない罪の贖いのための生贄について。3章。


◆ קודשים (コダシーム Kodshim) - 11編構成。生贄の儀式に関する、神殿と食事の法。

・ゼバヒーム Zevahim 動物と鳥を生贄にする手順について。14章。

・メナホット Menahot エルサレム神殿への様々な穀物を元にした供物について。13章。

・フッリーン Hullin 屠殺と肉の消費(神聖な理由ではなく日常使われる動物)の法について。12章。

・ベホロット Bekhorot 動物と人間の長子の神聖化と贖罪について。9章。 

・アラヒン Arakhin 主に財産をエルサレム神殿に奉納した人と農地を奉納することについて。9章。

・テムラー Temurah ある動物が生贄として捧げられた動物の代わりになった場合についての法の概要。7章。

・ケリトット Keritot 破門(karet)が懲罰となる戒律と、(多くの場合意図的でない)破戒に関連する生贄について。6章。

・メイラー Me'ilah  エルサレム神殿の所有物を不正使用した場合の補償について。6章。

・タミード Tamid 日々の生贄(Tamid)の手順の概要。6章。

・ミドット Middot 第二神殿の採寸について。4章。

・キニーム Kinnim 鳥の生贄が混ざった場合に対する複雑な法について。3章。


◆ טהרות (トホロート Tohorot) - 12編構成。祭儀的な潔・不潔等の法に関係する。

・ケイリーム Keilim 様々な器の宗教的な意味での純潔さと不潔さについて。30章(ミシュナーの中で最長)。

・オホロット Oholot 死体の穢れと、同じテント型構造の中の物にその不潔さの影を落とす独特の性質について。18章。

・ネガイーム Nega'im  ハンセン病に関する法について。14章。

パーラー Parah 生贄に用いる赤毛の雌牛に関する法について。12章。

・トホロット Tohorot 様々な純潔さに関する法、特に不潔さがうつる実際の仕組みと、食べ物の不潔さに関する法について。10章。

・ミクヴァオート Mikva'ot  ミクワーに関する法について。10章。

・ニダー Niddah Niddah(月経周期にあるか産後間もない女性)について。10章。

・マフシリン Makhshirin 食べ物が濡れた後に、何か不浄なものに接触して穢れたことを宣言するためのルールについて。6章。

・ザービーム Zavim 射精と淋病について。5章。

・テブール・ヨーム Yom  ミクワーに入ったにもかかわらずその日の残りは清浄でない、特別な種類の穢れについて。4章。

・ヤダイム Yadayim 手の汚れと清め方について。4章。

・ウクツィーン Uktzim 果実と茎の関係。両者が互いに対して穢れをもたらすことについて。3章。

 

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ミシュナーの哲人の時代
第1世代: Rabban Yohanan ben Zakkai's generation (circa 40-80 CE).
第2世代: Rabban Gamliel of Yavneh, Rabbi Eliezer and en: Rabbi Yehoshua's generation, the teachers of Rabbi アキバ・ベン・ヨセフ.
第3世代: The generation of Rabbi アキバ・ベン・ヨセフ and his colleagues.
第4世代: The generation of Rabbi en: Meir, Rabbi en: Yehuda and their colleagues.
第5世代: Rabbi イェフーダー・ハン=ナーシー's generation.
第6世代: The interim generation between the Mishnah and the Talmud: Rabbis Shimon ben Judah HaNasi and Yehoshua ben Levi, etc.

⇒「タナイームとミシュナー」 

 

 所見;以上の区分けで分類されているが、実際に目を通すと、表題に近い別の事柄や、余り関係なさそうに見える部分も散見される。

多くの部分では「ラビ・何某は言った」という列挙が多く、結論を出していないところが多い。タルムードでは更にそれにゲマラが付き、様々な観点が加えられるので、律法の条項ひとつにも各種の検討が加えられ、相当な量になる。

⇒「ユダヤ人にとってのタルムード

従ってラビたちの発言集という体裁であるように見える。そこはミクラーほどの権威を自ら認めなかったからかも知れない。

それから、以上は口頭伝承への付け加えのようで、この何倍もの分量があったものをハナシーが大鉈を振るって短くしたもので、削除された部分を復活させる動きもあり、バライタやトフセタの名目で補完されている。

総じて律法をどう守るかという、ユダヤ教徒の務めによる義のための便法の列挙になっている。中にはあからさまな異邦人蔑視が見られ、これでは聖書のように世界から受け入れられる素地はない。ユダヤ教徒自身も世界に向けて誇るのは憚られるのではないか。

 

⇒「スピノザの立場

 

 

 

捕囚期年表(再掲)

<609>アッシリアの滅亡、ヨシヤの戦死、エホアハズ23歳で即位(在位3ヶ月)

<608>エジプトのネホによるユダヤ占領 エホヤキム即位

<605>カルケミシュの戦い,ネブカドネッツァルの即位年
エホヤキムの第三年バビロニアエルサレム侵攻(Dan1/Jer25&46は第四年)シリア方面はバビロニア勢力下 ダニエルらの(第一次)捕囚

<604>エホヤキムの第四年、ネブカドネッツァルの第一年Jer25:1
「ヨシヤの13年から23年間」経過、この年エレミヤに七十年が示されるjer25

<603>ネブカドネッツァルの第二年、巨大像の夢Dan2
エホヤキムの第五年、エレミヤの書が焼かれる

<598>ネブカドネッツァルの第七年の西方攻略再開

<597>エホヤキム治世11年で薨去、エホヤキン18歳で即位へ2king23-24 
バビロニアエルサレム侵攻3023人捕囚Jer52:28 エホヤキン・エゼキエル(第二次)捕囚 Ezc40によると流刑の始まり、

<597/6>ネブカドネッツァルはゼデキヤを21歳で即位させる(第一年?)

<595>プサムティコスⅡ世即位

<593>ゼデキヤの第四年、エレミヤは捕囚民に書簡を送るjer28・51
エホヤキンの流刑の五年目エゼキエルに預言が臨み始める

<592>エジプトのヌビア遠征にユダは軍を助勢、エゼキエルはエルサレムの堕落を幻視

<591>エゼキエルは年長者に答えるEzc20

<589>ゼデキヤのバビロン訪問、アプリエス即位

<588>パレスチナ諸国のバビロンへの反乱
ゼデキヤの第九年第十月、エルサレム攻囲開始Jer39・51&52 Ezc24

<587>ラキシュ陥落、エゼキエルはエジプトに預言
エルサレム攻囲下「ゼデキヤの第十年、ネブカドネッツァル第18年」エレミヤの拘束jer32

<586>ゼデキヤの第11年第四月九日陥落、ネブカドネッツァル第19年Jer39・52/2kng25 

5月7日ネブザラタンの到着で神殿とエルサレム破壊2King25:8-9/Jer52:12
823人の捕囚Jer52:29 エゼキエル「流刑の第12年」Ezc33 (エドムは利得を貪るPS137)

<585>アステュアゲスⅡ即位、皆既日食によるハリュス川の撤退と和議

<582>ミツパの反抗

<581>ネブカドネッツァル第23年745人捕囚Jer52:30

<576>アマシスがアプリエスからファラオ位を簒奪

<573>テュロス13年の攻囲の後に島嶼都市も陥落

<572>Ezc40「都が倒されて14年目、流刑の25年目」巨大神殿の幻

<562>ネブカドネッツァル崩御

<561>エビル・メロダク即位12月バビロニアの凋落

<560>エホヤキンの流刑37年で優遇を受けるjer52:31

<559>ネリグリッサル即位、-556迄

<556>ラバシ・マルドク即位するも三か月後に暗殺

<555>ナボニドスとベルシャッツァル即位、ウルのジッグラトの再建

<554>ベルシャッツァルの第一年、四頭の獣の夢

<553>ナボニドスはシリア方面遠征に着手

<552>ベルシャッツァルの第三年、雄山羊と雄羊の幻

<550>キュロスのメディア統合

<547>アマシスはリュディア、バビロニア、スパルタと同盟
プテリアの戦いの後、キュロスはリュディアを征服

<539>キュロスによるバビロン征服(ダレイオス第一年)47年目

ダニエルは七十年を知り、悔悟と請願を祈り 70週の啓示を受ける

<537>キュロスの第一年、帰還事業、祭祀の再開 

<536>イッヤール、第二神殿定礎  神殿破壊から50年目

<535>キュロス第三年、ダニエル最後の啓示を受ける
第一次捕囚(エホヤキム4年)開始から七十年 ダニエルは80歳代半ば以上

<529/530>北方戦線でのキュロスの戦死、カンビュセスⅡが単独王

<522>ガウマタを倒してダレイオスⅠ世が即位

<520>ダレイオスの第二年 ハガイとゼカリヤの預言の開始[Hag1:1]
第二神殿の造営の再開[Hag1:12](586から66年目)

<518>ダレイオスの第四年「第五と第七の月の断食を行って70年」実際は68年Zec(エレミヤの七十年を含意)

<516/5>ダレイオスの第六年アダル3#、第二神殿の完成 Ezr6:15
定礎から20年、第一神殿破壊から70年 #このアダル3をグレゴリオ暦で換算すると515年2月3日水曜

<515>ダレイオスの第七年ニサン、第二神殿の奉献、祭司組任命、ペサハ#、ハグ ハマツォートの再開、神殿祭祀による律法体制の復興 #G暦BC515年3月15日月曜

 


Edwin R. ThieleはBC586をゼデキヤの支配と神殿の終りと見做すが
William F. AlbrightはBC587と見做す 違いはゼデキヤの第一年の認識にあると

しかし、列王後記によれば、エルサレムへのバビロニア軍の侵入は『第十の月の十日』であり、『ネブザラダンがエルサレムに来て、王の家とYHWHの家とすべての家々を焼いた』のは『第五の月の七日』『ネブカドネッツァルの第十九年』とあるので、エルサレム陥落と神殿の破壊の間に年を越している。従って、陥落を587年説でも586年説でも、どちらでも一年遅らせないと神殿破壊の年にはならない。←勘違い、ネブザラダンの到着は陥落の翌月
但し、神殿祭祀がいつまで行われていたのか?
加えて、神殿再建の月がアダルであったために、祭祀復興までにグレゴリオ暦では同じ年でも陰暦では一年跨いでいることも注意する必要がある。

 

アリヤーの完了、総督ゼルバベルの帰朝
⇒「アリヤー・ツィオンの残りのもの


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「諸国の民は七十年の間バビロンの王に仕えることになる」
「七十年が満ちたとき、バビロンの王と民に責を問う」Jer25:11-12
「七十年が満ちるときそなたらを思い起こす」jer29:10
  この句は、七十年の終了時を指していないことになる
エルサレムの荒廃の終るまでの年数・・そこに七十年とあり」Dan9:2
  ダニエルはユダの荒廃とは解さなかった
  また、悔悟と請願では聖なる山に昔日の栄光を求める
「七十年このかたなれは責められた」Zec1:12
「断食を以って七十年に及んだが」Zec7:5
  68年目で言われているのでjer29:10と関連する
「ペルシアの王が治めたるまでその僕たり」
「其はエレミヤによるヤハウェの言葉を成し安息を満たさんが為」
「安息の内に荒廃せし間は七十年となり」2Chr36
  異国の僕であった事と安息とは必ずしも同義と言えない


エゼキエルの捕囚の開始からキュロスの勅令まで60年(597-537)
しかし、これはゼカリヤに描かれる当時のユダヤ人の認識とも一致しない。しかしエズラは「70年を満了した」という。


エズラは、キュロスの勅令を引き合いに出し、神殿の再建と荒廃の終りを結び付けている
メシア・キュロスの勅命の目的は帰還ではなく神殿祭祀の復興にあった。
ゼカリヤは、破壊から七十年ほど再建の進まない状況で断食をどうするかについての民の判断保留を記している
双方を総合すると、明らかに単に住民が戻ることが七十年の終りを意味しない
また、どれほどの期間にわたり別の王朝に仕えたかも意味は薄い
しかし、神殿の再建と祭祀の復興については別格の扱いをしている

以上をまとめると ↓

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キュロスの征服からメディアのダレイオスの寿命と再建反対による遅延で七十年が満了している
神殿祭祀再開の意義 ⇒ レヴィ
エルサレム(シオン)の荒廃との関係 ⇒ イザヤ
ダニエルはキュロスの第三年に最後の啓示を受けるが、前年に神殿の定礎が為されているにも関わらず「70年」の満了について何も語っていない 

キュロスの命は神殿の再建と祭祀の復興であったが、それは依然途上にあった
帰還はアリヤーであって単なる再定住ではなかったのでは?もし人が住んだか否かの観点だけ歴史を探ると年代も合わず、価値の上で得るものがほとんど無い


では、城壁の再建の意義は

エズラの終わり方は、エレミヤより後にまで引っ張っている。これは著者の年代を明らかにするかのような
エレミヤ自身、70年の成就を見なかったので、だれかがそれを証しする必要があったか
70年の場合はエズラ、69週についてはルカがいる(最後の1週には謎有)

やはり『咎を終らせ、罪に終りを告げ、不義を贖い、永遠の義をもたらし、幻と預言者を確証し、ハコデーシュハコダーシム#に油を注ぐ』ことはイエス後も終わっているとは思えない。それは新しい契約の終了を言い表しているのでは?つまりメシアの到達するべき目的で、終末まで持ち越される。#(至聖の建物とも人ともとれるRev11:1)(ダニエル最後の一週の謎)
至聖所が機能するのは贖罪の日ではないか


そうなると70年と70週は相関関係にあり、少なくともゼカリヤはそれを示唆する それまで至聖所が存在しなかったのであるから、スッコートは行えたとしても祭司も民も贖罪が無かったことになる この期間の祭祀はどうなっていたか?
そこで王冠を戴くエシュアの役割が大きく、ゼルバベルと共に二本のオリーヴとなるか キュロスの目的を果たすために不可欠な二人は消えかけた灯火のようになっていた事業に油を供する
残されたのは1週ではないのかも知れない それなら合点がゆく
それなら締結される(保つ)契約とは明らかに律法契約ではないし、その民は血統上のイスラエルではないことになる(その方が理に適う)
メシアは未だ至聖所での贖罪を行っていないことになり、新しい契約は70週の終りにまさしく終わるということか?・・・・・・・・

(出埃とアリヤーとは対を成すように語られている では契約は?)


では、『神の子』は何を以って罪を許されたか? 至聖所が存在して初めて祭司の完全な贖いが行われるか? 実際それまでは祭司の聖別はできなかったエシュア・ゼルバベルの状況に整合する。それでエホハナンは神殿を測る幻を見たか?
第一神殿の破壊によって第一の契約による祭祀は停止したと観る場合、70年の停止期間を経て71年目に再興を見た これは律法契約に属する。(だが、この回復には相当な含蓄がある)


しかし、それが仮のものであれば*、真実な祭祀の復興は70週の後になり、そこで真の至聖所が存在することになり、その秋の祭りも贖罪の日を伴うものとなる これは新しい契約に属し、なお将来にヨムキプルとスッコートの対型的成就があることになる。しかも、それを祝うのは血統上のイスラエルではなくなる(Zec14:16-19)*アーロンハヴリートとウリムヴェトンミムは戻っていないが、黙示では奥義の終了後に前者を見ている


聖徒が神殿を構成するのであれば、これは70週を完全に終わらせる必要がある。(天への聖徒の召しがそのまま祭司らの贖罪ではないらしい。それで黙示には雲に遮られる場面があるのか?)

要約 ↓

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すると1260日は70週の中に組み込まれ、1290日は1335日と共に1260日の延長上でなく別ものなのか?これは誰の「幸い」を言うのか?天への召しが確定であれば、この「幸い」は地上の者ということにならないか?
最後の晩餐の席で、既にキリストの栄光は決しており、十二使徒らへの聖徒の吟味の権威が確定していたのであれば、70週からいくらか延長されても不思議はない。無酵母パンのアツェレトからシャブオートまで50日在った。イエスの帰天から10日有り、1260日から75日、1290日から45日有ってもそう違わない。30日後と更に45日後に何かあるということらしい。(なぜ「七週の祭り」なのか?)

そこでダニエルにまず『七週』というのがシャブオートに関係することが暗示されていることは分かるのだが、まだ実体が見えない。

 

しかし、年代信仰も科学信仰の一部に見える、文字や文法への拘りも似ている 理性で捉えようとして却って外れる。字句と数値の厳密な照合に拘るのが聖書読者に求められていることだろうか。聖書そのものが記述を絶対視する者を拒絶しているのは明らかである。また、そもそも聖書読者とは何者を想定しているのか?


重要な点は、第二神殿の定礎から再建と祭祀の完全な復興までの20年間のエシュアと祭司団の聖別されるべき立場はどのようなものであったのか・・ということになる。そこでヨム・キプルが行われたという記述が見当たらない。むしろ帰国民は無頓着であったようだ(ハガイ)


その状況では、エシュアも祭司団もその血統に属するという以外に立場の根拠を持たなかったということになる。おそらくヨム・キプルの贖罪を行ってはいなかったろうし(「身を清める」とは異なる)、契約の箱はもちろん至聖所さえ存在していなかった以上、聖別は不可能であったことは間違いない。
それでも、金冠は象徴としてエシュアの頭上に置かれた。

 

 

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終末に現れる者らの表象と角色

 

・反キリスト [ 'αντίχριστος ]

出;ヨハネ第一×4、『イエスと父を否むもの』『来るであろうとあなたがたが聞いていた』『今でも多くの反キリストがいる』

ヨハネ第二×1『キリストが肉体で来たことを告白しないもの』⇒仮現説のグノーシス

Mt24:11「偽キリスト」

アンティ・クリストは、キリストに対立するの意味のほかに、キリストに成り代わる者の意あり。

 

 

・不法の人 [ ἄνθρωπος τῆς ἀνομίας ](S)

出;2Th2:3=「滅びの子」=Jh17:12

Mt24:12『不法[ανομίαν]が増すので人々の愛は冷える』

出展は聖書中1個所のみ、しかしヨハネがユダ・イスカリオテとの同義を指摘

同節で『背教』の到来に言及

不法[ανομία];iniquity 12, unrighteousness 1, transgress the law + 4160 1, transgression of the law 1; 15 1) the condition of without law 1a) because ignorant of it 1b) because of violating it 2) contempt and violation of law, iniquity, wickedness  

背教['αποστασία]; to forsake + 575 1, falling away 1; 2 1) a falling away, defection, apostasy  

パウロは2Timでも人心の乱れを終わりの日の事象に挙げているが、『これらの者から離れよ』とも『崇拝心に本質のない者となる』とも記すので、これは世相を言うのではなく、より深刻な事態を指している。この観方からキリストの終末預言の『不法が増す』の句も読まれる必要がある。

 

 

・偽預言者 [ ψευδοπροφηται ](P)

 Mt7:15;羊の覆いを被って来る貪婪な狼、24:24偽キリストや偽預言者が多くを惑わす Mk13:22偽キリストや偽預言者が選ばれた者さえ惑わそうと 『実によって見分けるべき』 Act13:6偽預言者バルイエス 2Pet2:1分派をもたらす 1Jh4:1多くの偽預言者が世に出た、霊感は試すべき Rev16:13神の戦争に集める Rev19:20野獣の像を崇拝する者らを惑わした 存続期間はGBよりも延命する Rev20:10 野獣と偽預言者はサタンに先立って滅亡の湖にいる 

多くの箇所で複数であるのは、非常に示唆的である。それは単にあちこちから現れるという意味だけではない。

 

 

・大いなるバビロン [ Βαβυλὼν ἡ μεγάλη ] 


Rev14:8あらゆる国民に淫行の葡萄酒を飲ませた 16:19巨大な都市は三つに裂け神の怒りの葡萄酒を飲む 17:1-6王たちを淫行を行い多くの水の上に座る 野獣の上に座す紫と緋を装う冒涜の女 娼婦たちと地の嫌悪すべきもの*の母 聖なる者らの血に酔う 18:2倒れ悪霊のこもる場所となった

最終警告の「七つの鉢の災い」が終わる段階でまだ存在している

大河の水量を失うところで、残るのはその体制に頑迷にしがみ付く組織人であり、大多数の人は去っている 

*['ο βδέλυγηα]=[ το βδέλυγμα τῆς ἐρημώσεως]Mt24:15

特徴;諸国民への誤導、政治との癒着、大衆支配、支配権の装い、聖徒の犠牲を祝う、悪霊の巣と化す、聖徒の犠牲の倍の報復を受け諸国の権力により短期間で滅亡する

「彼女の高官である旅商人(エンポロイ)」;政治に関与する部分(宗教的政党?) 

「水夫、海で生きるものら」;末端の宗教教師、神秘家、易占業者など

 

・荒らす憎むべき者 [βδέλυγμα τῆς ἐρημώσεως]

Mt24:15ダニエルの語ったものが聖所に立つを見たなら=Mk13:14

Dan9:27憎むべきものの翼の先端*には荒らすものがいる

Dan11:31腕が聖所と砦を汚し常供の犠牲を廃し荒らす憎むべきものを据える

Dan12:常供のものが廃され荒らす憎むべきものが据えられてから1290日がある

[שִׁקּ֣וּץ];abomination アモリ人の慣行への嫌気など<呪い、偶像崇拝等>

<上記GBの子らに「嫌悪すべきもの」と有り>偽預言者と偶像か

Deu7:25-26では、諸国民の彫像を「嫌悪すべきもの」[שַׁ קֵּ ץ ]としてイスラエルの家庭に持ち込まぬよう規定している <ここからすれば、「嫌悪すべきもの」とは偶像(また異教慣行)を含意するとも言える>

Jer34:32によれば、まず間違いなく偶像を意味している

*「翼の先端」おそらくは物事の行く先or結果

YHWHの怒りの日を述べるEzk7:22はAD70の予告のように読め、それはヨセフスが語るところとなった。

 

・マゴグの地のゴグ [ גֹּוג֙ אֶ֣רֶץ הַמָּגֹ֔וג 

Ez38:2-

ゴグの正体は客観的には追求不能ながら、その角色からすれば同定は難しくない。ゴグそのものはマゴグという地を故地とするが、これを地理的に探る努力は水泡に帰すことになる。これは実際の地方を指してはいない。ただ、ゴグの「故地」である。黙示録で同じ角色を持つものはゴグそのものではなく、その「故地」の方が語られている。(黙示録に現れる『ゴグとマゴグ』とエゼキエルで語られる『マゴグの地のゴグ』とは角色において同じではあるが、実体は別ものである)

したがって『お前の地』また『北の最果て』とは地理的方向を指さない。この句と『ロシュ』[ראש]からロシアとするのは、この秘儀への罠であり、かなりの人々が現にこれを信じている。⇒「文語訳に現れるロシ」この罠は、地上のエルサレム(エレツ ネゲヴ)への誤解を呼び起こすことで、まさしくゴグがゴグとなるための神の布石となっている。しかし、自身がゴグだとは思わず、別の者をそう呼ぼうとするのであろう。そこでダニエル12:4は良い意味で語られていないようである。 <ゴグを来たらすのは、このゴグの記述そのものとなり得る>

マゴグは集団と見てよく、聖所を汚す者らに敷衍される。

 ・北の王 [ מֶ֣לֶךְ הַצָּפֹ֔ון ] 

ダニエル書第11章の黙示(キュロス3年)に現れる南北で対立する王朝の一方

ダニエル書の記述の流れからしセレウコス朝を指しつつ、それだけでは収まらない記述が混在している。⇒「ダニエル11章

特に『契約』との関係性に特色があり、常に逆らう姿勢を示す。

南(negev)の王と『争い』[יִתְנַגַּ֤ח]多くの土地に侵入し『飾りの地』にも侵入する。軍備が非常に多く南の王や諸国を圧倒する。

取るが、急を告げる知らせに慌てて『飾りの地』を滅ぼし尽くそうとする矢先に突然の滅びに面する。⇒「二度救われる女

[מִלְחָמָ֔ה]「戦争」(Dan9:26)とは言わない理由?

「南の王」[מֶ֣לֶךְ הַנֶּ֔גֶב]は掛詞の意味か

 

小さい角  [ פינה קטנה ] [ Μικρή γωνία ] 

ダニエル書第七章(ベルシャッツァル1年アラム語)以降に現れる獣の幻に一貫して現れる表象であり、『第四の獣』に属する十本の角の間から生じ、他の三本を引き抜く。これには人の目があり、大袈裟な事を語る口がある。D7:8

はじめは小さい角であるが、後に他の角よりも大きくなっている。D7:20  この角は『聖なる者ら』と戦って勝利する。同21 cf;Rev13:7

語る大袈裟な事とは至高の者への逆らいの言葉であり、『聖なる者ら』を絶えず悩ます。この角は『時と法を変えようとし』聖なる者らは『一時と二時と半時の間その手にわたされる』25

 ダニエル書第8章(ヘブル語)では一角の山羊から出た四本の角の一つから『小さい角』が現れる8:9 これは『天の軍勢にまで達するようになり、一部を踏み躙る』また『常供のものが(違反のため徐々に)取り去られ』『聖所は打ち捨てられる』また南と東に侵攻し「飾りの地」にも向かう。

『人手によらず砕かれる』8:25 

それから神に裁かれ支配権を失い、滅ぼし尽くされる。26

<第七章の四野獣と歴史上の相違が出るのだが、却ってこれは第11章の解き証しに証明を与える印となり得る>

 

・七つの頭を持つ野獣  [ θηρίον με επτά κεφάλια ] 

Rev13 聖徒攻撃のために悪魔が呼び出す権力の集合体

野獣の概念はダニエル書後半で繰り返されるが、黙示録には七つの頭を持つ野獣と子羊に似た野獣が登場し、七つの頭を持つ野獣についての『像』を作り、それを生きたものとするのが子羊に似た野獣の仕業となる。

ダニエル書の四頭の獣の概念を黙示録では七の覇権に拡大しており、それらを同時に具現する『だれがこれを戦い得るか』と言って人々が驚嘆するこの七つの頭を持つ野獣は、史上現れたことのないほどの権力を持つ。

人類の権力を合わせるほどの権威は過去に一度だけ登場しかけたことがあり、それはシュメール文明期に人類統一政府の野望を達成しかけて神の介入により挫折したニムロデの政権が挙げられる。そこで屠られた頭のひとつとは、唯一直接に神の裁きを受けていた第一の覇権シュメールを指すと思われる。

終末にこれは『奈落の底から這いあがり』*それまでどの覇権も得なかったほどの権力を以って『神の王国』の支配権を有する『聖なる者ら』と対峙し、迫害し、遂にまったく勝利を収める。しかし、その活動期間は『42ケ月』に限定されており、聖徒を滅ぼすと直ちに姿を消すことになる。

しかし、その十本の角はその後も存在し、やがてこの獣は『像』となって政祭の頂点に上る。

*この表現は遥かな時間の隔たりについて用いられている。cf;ニサン14夜の滅び、AD33のシャヴオート

 

・二人の証人 [ Δύο μάρτυρες ]

Rev11 終末の『1260日』(42ヶ月/三年半)『粗布をまとい預言する』即ち『聖霊によって語る』『聖なる者ら』

彼らが奇跡を行う姿、また神の崇拝の復興に携わることは三つの二人組によって示される。(エリアとエリシャ、ゼルバベルとエシュア、モーセとアロン)

彼らは七つの頭を持つ野獣によって死に至らされるが、それは彼らを地上で練り清め、世を糾弾して殉じキリストに続く者として認められる。彼らの滅びは世の反対者、特に宗教関係者に喜ばれるが、それは『三日半』という僅かな間に過ぎず、また幾らかの残った聖徒らは、一時に地上から姿と消して死体も残さず天界に召されるために、この世を震撼させ、その激震も印として示される。Hgi2

キリストの声を聞いて死人が蘇るというのは、この時の聖徒の天への召集を表す。ゆえに『第一の復活』では生前の行いが問われることになる。

 『わたしの名のためにすべての人に憎まれる』Mt24:9

 

・蝗 [ אַרְבֶּ֔ה ] [ ἀκρίδες ]

黙示録では天から降った[πίπτω]星で表される者に与えられた『底知れぬ深み』[ἀβύσσος]の鍵を解くことによって登場する。(その以前に煙は出ている)

ヨエルに似た預言があるが、こちらはあのペンテコステからしばらくの間に成就しており、ユダヤ体制を暗くし蝕んだ。

同様の事態がキリストの再臨によってもたらされるが、この蝗害はまず地上の全体への苦痛を与えるものとなるが、実際の昆虫としての蝗の寿命『五か月』という限定された期間に限られ、蝗害がそうであるようにいずれはまったく去って行く。

これは聖徒の表象であるので、王冠とライオンの歯を持つ、彼らには義が仮承認されているため鉄の胸当で心は守られる。尾と針は、その影響を後にしようとする者、無視するものにとって耐え難い苦痛を与える。これはヨエルの預言のようにユダヤ教固執した者らがかつて使徒らによって味わされた感覚でもある。

彼らの主人であるアバドンは出エジプトに登場しており、その働きによって結果的にレヴィの選びに到達している。⇒ヘブライ

 

・騎兵の軍隊 [ στρατευμάτων τοῦ ἱππικοῦ ] 

蝗によく似た姿を持つが乗り手を伴い、滅びの象徴の三色(特有)、無視して通り過ぎる者を害する蛇の尾を持つ。権威が口と尾とにあるのは、彼らの発言が裁きに至ることを表す。

これら二億もの騎兵を導き出すのはユーフラテス河畔を解かれる四人の使いであり、蝗ではなく、おそらくはアリヤー・シオンの残りの者に相当

この騎兵が攻撃するのは地の三分の一であり、それを『殺す』。⇒Rev19:9

その時点で蝗害は去っている。蝗を葬ったのが三分の一だからであろう。従って、蝗の報復を三分の一に対して行うことになる。

GBではなく『三分の一』に対する行動であるところが『十本の角』と異なる。『三分の一』がGBではないところは、ラッパの黙示に表れている。

 

・十本の角  [וְקַרְנַיָּ֣א עֲשַׂ֔ר ]Da7:24  [ δέκα κέρατα ]Rv17:12

ダニエルの第四の獣に属するもの、また黙示録での七つ頭のある龍にあるもの、同じく、海から上がり、『底知れぬ深み』[ἀβύσσος]から呼び出される野獣に属する。黙示録での『十本の角』は『七つの頭を持つ野獣』と共に終末に於いて王の権威を持つことになる者らを表す。

この者らは『大いなるバビロン』を直接に滅ぼす権力を行使する。そのときに『七つの頭を持つ野獣』が存続しているかは不明。

『これらは一つの考えを懐き自分の権威を野獣に与える』の『野獣』が曖昧な語であるのは、元の『七つの頭を持つ野獣』が姿を消して『像』に入れ替わっている可能性がある。cf;Dn7:12

 

・忠実で思慮深い(奴隷・家令)

[ὁ πιστὸς δοῦλος καὶ φρόνιμος(単数)]Mt24:45

[ὁ πιστὸς οἰκονόμος ὁ φρόνιμος(単数)]Lk12:42

キリストにより語られた時点では何者であるか、聖徒か信徒かも不明。

婚宴から戻る主人を待ち続けることにより忠実を尽くす奴隷の頭、または家計を司る家令で、家の奴隷たちに定時の食事を与え、準備を怠らない。

主人は予期せぬ帰宅をすることが強調されており、それを待たない誘惑が強いことが警告されている。

主人の帰宅を相応しく迎えるなら、異例の厚遇を受け主人の持ち物の一切の管理を司ることになる。

富者の家で会計担当の家令(オイコノモス)は、まず間違いなく一人である。だが、これを理由に終末での相当者が唯一人であるかは不明。

 

・シオン [ צִיֹּ֖ון ] [ Σιών ] 

元来はダヴィドの街となったエルサレムの乗る岡の名称。

ネイヴィームによって「回復の預言」の象徴ともなるが、律法契約の不履行により荒れ塚となって後、奇跡的復興を遂げる。子を失い、夫に去られた女として預言書に語られ、アブラハムの妻をも暗示されるが、やがて多くの子らと夫たる神YHWHが帰り、再びその名を置く処となる。

やがて王権も伴うようになり、終末が進むと諸国民が流れのように向かう。

イザヤによれば、この世に暗闇が覆う時に目ざめ、神に光明によって輝き始める。そこに子らが四方の国々から集められ、この女の許に参集してくる。

荒れ果てた寡婦であったこの女そのものは栄光を受け、諸国の宝物が運ばれ、新たに改善されて新しい名で神から呼ばれる。

二度の危機があるが、どちらからも保護される。

終末でこのシオンは地上に存在する神殿を伴う街と歪曲して解釈され、しかも、実際の場所から幾らか離れた広く高い土地に『新しいエルサレム』として新設される恐れが考えられる。

 

・太陽と月と星で装った女 Rev12:1

[γυνὴ περιβεβλημένη τὸν ἥλιον, καὶ ἡ σελήνη ὑποκάτω τῶν ποδῶν αὐτῆς καὶ ἐπὶ τῆς κεφαλῆς αὐτῆς στέφανος ἀστέρων δώδεκα]

天空の光をまとう。妊娠の苦しみにあるが遂に子を産み、悪魔の策略を排して子は神の許に納められる。

天空に現れた幻ではあるが、地に堕ちた悪魔の攻撃に曝されるので地上のものである。悪魔の攻撃からは地の援助を受け三時半は猶予される。その保護が解かれる時、それは大患難の始まりを画するが・・

明らかにイザヤ書の女シオンであり、黎明から覚醒して聖徒を生み出し、聖徒の活躍中は保護を受け、聖徒を支援する機会を得る。

 

・七つの頭を持つ龍 [ δράκων ] 

火の色で、七つの頭に王冠を戴き、十本の角を持つ。Rev12

黙示録では『原初からの蛇』が悪魔であることが明瞭に暴露される。

天界での天使長ミカエルとの争いに敗れて地に落とされる。

天界の印である『女』が子を産むところを襲って、その子を食い尽くそうとするが失敗し、『女』を攻撃することにも失敗する。そこで『聖徒』である『女の裔で(地に)残っている者ら』と戦うが、そこで七つの頭を持つ野獣を『海』(cf;Is57:20)また『底知れぬ深み』[ἀβύσσος]から、呼び出し42ヶ月活動させ、最終的に『聖徒』に勝利する。⇒Dn7:25/8:24

その直接の手先となるのは小角であり北王から興る。Dn8:24

 

・ミカエルとその使いら[Μιχαήλ καί οι ανγγελοι]

ダニエル書の天使長ミカエルはペルシアの君を抑えることができる。

また、ミカエルは終末の聖徒らの復活に際して決起する。それに際して、或いはその直後に聖徒の復活と裁きが起る。地上の聖徒らの召しが伴うかは不明。

黙示録では聖徒らの登場に際してその使いらと共に悪魔とその一党と天で争い、優勢となって一味を地に放逐する。

これは聖徒の全容が生み出され、サラの出産が終わったことに関連する。

黙示録での『ミカエルとその使いら』は天界のサタンに組みしない天使らの勢力を表すのであろう。しかし、御子の戴冠はまだ先になる。Ps2:1-

黙示録でのミカエルと仲間の悪魔一党への戦いは天界の趨勢を変えるが、ダニエル書ではその直前に北王とその連合(七つ頭の野獣)の瓦解が起っている。おそらくはそれがきっかけとなって黙示録の野獣の偶像化が起る。したがって、黙示録のミカエルの戦いはダニエル書のミカエルの決起に先行している。

 

 

 

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?七つの頭を持つ野獣の以前の女に対する攻撃、また出産するときの悪魔の策略は何を指しているか?黙示録の中でのダニエルの北王の恫喝はどこに相当するのか?

時間軸の整理

一度目のシオン恫喝の以前にGBは過去のものとなっているか?

北王の崩壊⇒小角の失墜⇒十角によるGB攻撃⇒不法の人⇒666

一度目の恫喝はこれらに先んじている必要があるので、聖徒征服の直後ではないか?

二度目の恫喝は不法の人の顕在を必要とする

解答は「一度目の恫喝は聖徒攻撃に付随するのでGBは健在である」となる

GBが『野獣の上に座す』のは『像』でない方の野獣そのものになる。

時間的に、北王と小角の野獣が失墜するに伴いGBの立場は著しく悪くなる。この場合、北王が小角を伴うのは、北王が反宗教的に過ぎて諸国の賛同を得るに至らないことがあるように思われる。

またGBが力を失う大きな原因に、残りの聖徒の消滅があるらしい。次いで不法の人の背教が猛烈な潮流となって人々の宗教心を煽り、大河の水が引いてゆく*。そこで小角が過去のものとなっていても、残った十本の角に一致した行動をとらせやすい状況が生じると考えられる。(『像』の前後関係は?)

或いは、GBの滅びと666とは連動するか?宗教心の受け皿としては都合はよいことになるが

*それでもGGの現れが聖霊降下に起因するのであるから、水位の退潮は大いなるキュロスの功績と云える。 

 

北王が自分を神よりも高めるのがGBの依然として存在している間であるとすると、見かけ上でしっくりしない。もしGBが座るのが北王であれば、振り落とされる。そこで小角は北王からある程度独立したものである必要性がある。

北王が北王が自分を神よりも高めるというのは、その反宗教性を言うのかも知れない。また聖徒への勝利に自信を深め傲慢を極めるとも言える。

そうなると、不安を煽る知らせとは聖徒の消滅か?そうではないらしい。権力基盤の喪失に関わることである可能性をシリア史とアッシリア史が示唆する。

シリアの地名はアッシリア(日の出の地アッシュール)が転訛したものとの説もある。それならばDan11の謎の転換に意味が出て来る。

 

そのように北王は徹底した非宗教であるが、小角はどうか?全球的な権力を束ねるとなると、非宗教を貫徹することは相当に難しいに違いない。

小角が宗教容認の姿勢を持つものであれば、その『像』というものが作られる誘因は大きいとは言える。しかも北王は一度神に勝って自分を高めている。

やはり現時点では『像』の建立がGB滅亡の前後いずれかについて不明。

<北王がなぜ北に向かわないかは現状のところよくわかる。だが、西に向かわない理由については、その対外政策からすれば問題を自ら招きたくないはず。そこで回教をどうするかという問題があるが、そちらも一枚岩ではないので、その一派と結びつくのかもしれない。そうすると、おそらくトルコの南部、イラクの北部を避けるかも知れない。何とかシリア領内に入れるなら欧州を切り崩そうとするのかも知れない(ユークレインが狙われるか?)。この対立が続いている間はGBは健在であるように思われる>

背教は北王の下ですでに始まっていた。背教が引き返せなくなるのは聖徒が去った時であり、人々はここでも*多くが二分される。そこでは北王も小角もGBも健在でなくてはいけない。従って『像』と不法の人はまだ無い。*「測ってはならない」

それから『像』と666には建設準備が要るし、宗教合同の合意も必要と思われるので、GBの滅びはその途上での「出し物」になるのかも知れない。その結果、人類は宗教的に後戻りができなくなり、神に関わる論争が二極化する。渡海した船を焼くようなもの。結局は脱落聖徒の貪欲ではないか!

信仰合同ではユダヤ教に相当な準備が必要になるけれども、これは現状でさえ箱物が出来ればよいくらいには仕上がっている。あとは背教の教理だが、これも骨格は古来から出来てきている。三一、地上再臨、など、あとはトーラーとクルアーンの終末思想(ハディース)をどうまとめるか。エルサレム問題はエゼキエルで簡単に解決してしまうだろうし、イスラームの終末教理にイエスばかりかGGも存在している。

北王の失墜は、シオンとの関係が何か関わるらしい。いずれにせよ「契約」に最も反対し自国民を盲目にしておくことはできなくなる。そうでなければ神の公平性に反する。元々情報の遮断そのものが人類の性質や進歩に逆行しており時代と技術に於いて無理があり、人間性を無視した支配は早晩挫折する。これは四つの金属の像の足先の部分と何か関わるか?関わるだろう、権力と人数のせめぎ合いの結果、権力が崩壊すると思われる。南王がこれを慫慂する可能性は大きい。

おそらく、世間はこれらを知っても知らないかのように行動するのだろう。それで「わたしが暗闇であなたがたに話すことを、明るみで言え! 」と言われたのも「耳に割礼のない」者を怖れる必要もないからではないか。

「顎に鉤をかけて」神は経綸のために邪悪を使役する。

 

 

 

テモテへの書簡へのメモ

 

・1Tim1:20ヒュメナイオスとアレクサンドロスパウロは『サタンに渡した』の『渡した』[παρέδωκα]には「送り出す」「諦める」の意があり、積極的な除名を行ったというには根拠は薄い。また同5:15には『現に一部(の寡婦ら)はサタンの後を追って逸れた(εκτρέπω原)』ともある。

原初のエクレシアでは叙階と赦し(破門解除)の按手があったらしいが、はっきりとした破門や類いする具体的処置の記録が見当たらない。ヤコブは塗油について述べてはいるが

 

・1Tim3:14でパウロティモテのいる場所に行こうとしており、移動の自由があったことが分かる。1:3でパウロマケドニアに向かったことが書かれてはいるが、それが何時のことであるかは不明。ただ、その際にティモテには「エフェソスに留まるように命じた」とある。この手紙の存在そのものがパウロティモテの距離を証明していることは間違いない。

第二の書簡では、ティモテパウロのところに来るよう要請しており、パウロに移動の自由がなかった可能性を示す。また、「弁明」と小アジアの弟子らとデマスが背信したらしく特にデマスがテサロニケーに去ったことで、パウロの立場が相当に悪く変化していることが分かる。

第二書簡では、パウロは自らの生涯が尽きようとしていることを悟っており、ふたつの書簡の間での状況の違いの大きさが覗える。

 

・1Tim6:2ではπιστοςが二回現れる。4:10にも「あらゆる信徒」がある。これは時代的背景があったのかも知れない。

 

・『』

 

・1Tim4章にある「結婚を禁じ、食物を断つ」の中に、結婚を禁じ、肉食を悪としたグノーシスの影が見えなくもない。第一書簡の最後はその件で綴じられているように読める。書簡末尾の『偽証「グノーシス」』という述べ方は、研究者らによっても明らかに特定の集団を指していると考えられている。自由主義ではマルキオンへの言及で後代の付け加えとしている。

ヘロデ神殿崩壊以前に、ユダヤ教からの逸脱が栄えており、西方まで伝播していた>

 

・この最後の挨拶の一文を、二人称複数の代名詞「あなたがた」に動詞語尾を付けるのは、テモテ第二4:22とテトス3:16だけで、ギリシア語としては不自然な印象を与える

<牧会書簡では、パウロが移動したかで筆記者が変わったのでは>

 

・この書簡にも幾つかの詩文の引用の挿入がある 2:5 / 3:1 / 3:16 / 5:24⇒Isa58:8 / 6:11 / 6:15*(ここにはヘブライ的表現が見られる)

 

・牧会書簡の真正さが疑われる理由のひとつには、余りに制度的ヒエラルキア色が強い事が挙げられている。しかし、ディダケーにも同様の要素が見られる。<これはパウロが自分の命が長くないことを悟り、しかもエクレシアが管理を必要とするほど拡大していたことへの対応であろう>

 

・テモテへの第一と第二の書簡の間隔は二年とされている。

第一ではパウロは自由を得ており、第二は拘禁されている姿が窺える。

期限切れで63年に釈放され、ローマ大火が翌年、二度目の捕縛は65年か?

ヤコブの殉教はほぼ間違いなく62年であれば、テモテの釈放を述べるヘブライ書は63年のパウロの解放後と見ることができる。そこでヘブライ書が早く、次いでテモテ第一とテトス、それから二年してテモテ第二が書かれ、パウロの生涯が終わっている>

 

?ネロの死は68年、ではパウロの死が67年と言われる理由は?

ウェスパシアヌスユダヤ攻撃を息子に委ね急遽ローマに向かったときにパウロやペテロは生存していたか?そのとき以前にペテロの書簡は書き上げられていたことにはなる。やはり、遅くとも68年以前に二人は亡くなっている>

 

・『復活は既に起きている』は後のケリントスにも見られるが、これは熱狂的終末待望論を指し、背後に愛国化したユダヤ教の異様な高揚があるらしい。そこでユダヤ教の隆盛が垣間見えるとも言われる。しかし、それも消え入る灯火の最後の盛りであった。

 

・クレメンス書簡(第一)では始めの方でV2-、ペテロとパウロが嫉妬と羨望によって迫害され死んだと述べている。これをユダヤ教徒によるローマへの唆しと見る見解もあり。

 

ヤコブの殉教については62年であることをヨセフスが二度書いている。アルビノスの着任とアンナスの罷免がその直後にあった。

その背景には、ユダヤ国粋主義の高揚と反ローマ的意識の高まりがあるものとされている。ヘゲシッポスはヤコブ殉教を詳しく述べ、それをエウセビオス採録して伝えている。<彼は目撃したか?>

 

・64年以降のネロの迫害について、タキトゥスは「初めに捕えられたキリスト教徒が仲間らを密告した」と述べている。これをユダヤ人信者による異邦人信者への対立の証しとする見解もある。

 

・テトスがギリシア人であったためか『実は、法に服さない者、空論に走る者、人の心を惑わす者が多くおり、とくに、割礼のある者の中に多い。』とパウロは書き送り、ユダヤ教を背景とする信者に問題が多かったことを露呈している。

 

・テモテへの訓戒『俗悪なむだ話と、偽りの「知識」による反対論とを避けなさい。』の『偽りの』(プセウドニュモス)は後のエイレナイオスによってグノーシスについて用いられている。そこからテモテの当時に、既にこの教派との対立があったとも言えるとされる。その一派にエンクラト思想があり、これはメソポタミヤパレスチナユダヤ教の支流に属する。それがこの当時エフェソスにまで影響を及ぼしていたとも言える。

<総じて、パウロの晩年のエクレイアイではユダヤ教思想が非常に強く、仲間であるはずのユダヤキリスト教徒を介して全体の脅威となりつつあったことが窺える。これは後のヨハネの著作にも強く表れている『ユダヤ人と云いながら・・』>

 

 

 所見;テモテとテトスへの書簡にふたつの面がある。

1.ユダヤ教からの影響への対処

2.エクレシア管理体制の整備

 

1.についてはユダヤ戦役を通してユダヤ教は衰退を見る

しかし、それはグノーシス各派の運動として隠然たる勢力を保つ

2.の整備は、以後権威主義の土台、言い訳とされてゆく

 

これら牧会書簡にはパウロ後への危惧が感じられると同時に、広げられた各地のエクレシアへの不安要素が多くなっており、テモテとテトスばかりでも負い切れないほどになっていたようにも読める。

しかし、エルサレムの破壊によってユダヤ体制派との確執は一端終わり、その過程でキリスト教の教義はユダヤ教から別のものとして離れてゆき、ヨハネ文書は遥か彼方の終末に焦点を合わせてゆく。

総じて使徒らは古巣のユダヤ教との戦いの中で生涯を送っていると言える。

 

少し気になるのは、聖霊と聖徒に関する言及が少なくなっていること。

「イザヤの昇天」が書かれた時にシリアからは預言者がまったく絶えていたが、その傾向が見えるのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

ダニエル書第11章 解釈例

 

ダニエル書第11章を中心に探る

 

天使の現れはキュロスの第三年(前535)で最後の啓示 (祭祀復興まで20年)

この天使はメディア王ダレイオスの第一年から、その王権の護持者となっていた。『なお三人の王がペルシアの為に立つ』というのは、第四の王がギリシアを攻めているので、それがヒュスペスタスの子であるダレイオスⅠ世であることが分かる。それ以前の三人は、キュロスⅡ世、カンビュセスⅡ世、ガウマタ(スメルディス)ということであるかも知れない。

次いで『一人の強大な王』とは、四方に分かたれるマケドニアを指していることが明らかなので、これはアレクサンドロスⅢ世以外にない。

『そして南の王が強くなる』というのはディアドコイの一人プトレマイオスであることも疑いを残さない。

ここから(11:6)南北の王の争いの記述が始まり11章の全体に及んでいる。

この時点での北の王の実体もセレウコス朝であることもまず間違いはない。

しかし、その後の記述は謎が満ちている。

 

この頁では、フランシスコ会の解釈に沿って追ってみる・・

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5.南の王は強くなるが、それに増して一人の将軍が王をしのぐ力をつける

セレウコス・ニカトールはしばらくプトレマイオス支配下にあったが、独立してシリアを治める

 

6.南の王の娘は友好のために北の王に嫁ぐが、彼女は勢力を失いその子孫は存続しない

北のアンティオコスⅡ世と南のプトレマイオスⅡ世と後に平和条約を結び、妻ラオディケーを離婚してプトレマイオスⅡ世の娘ベレニーチェ<ベルニケー?>を娶る

しかし、プトレマイオスⅡ世が死去すると、アンティオコスⅡ世はベレニーチェを離婚し、ラオディケーと再婚するが、アンティオコスⅡ世もベレニーチェも、その間に出来た子らもすべて彼女によって毒殺された(伝承?)

北にはセレウコスⅡ世が立つ

 

7.しかし、彼女(ベルニケー)の一族から若枝が出て父(プトレマイオスⅡ世)に代わる。彼は北の王に向かって進軍し、戦って勝利する。

彼女(ベルニケー)の弟プトレマイオスⅢ世エウエルゲーテスが姉の復讐のためにシリアを攻撃する。

 

9その後何年かは彼も北の王に手出しをしない。北の王は南の領土に侵入するが自国に退却する。

セレウコスⅡ世の遠征失敗をいう

 

10.その息子たちは戦いに備えて軍隊を召集する。彼らの一人は抗しがたい洪水のように敵の砦に攻め寄せる。

セレウコスⅡ世の長男セレウコスⅢ世と、次男アンティオコスⅢ世を指す。

次男は即位まもなくエジプトに挑んで、セレウキアの砦、コエレ・シリア、ツロなどを奪い前217にはプトレマイオスⅣ世の大軍を破ってパレスチナ一帯を占領するが、翌春にはガザの南西20kmのラフェアでプトレマイオスⅣ世に敗北しコエレ・シリアは再びエジプトのものとなる。その後一年間平和条約が結ばれた。

 

13.北の王は、前回に勝る大軍を起こし、数年後に進軍する。

アンティオコスⅢ世は、ラフィアの敗北から13年目にマケドニアのフィリッポスV世と同盟を結んで革命中のエジプトに侵入する(前202)

 

14.多くの者が南の王に対して立ち上がる

プトレマイオス王朝の支配下にあった者らが反乱を起こす

お前の民の中の暴力をふるう者たち

ユダヤ人の中でエジプトに抗いアンティオコスⅢ世につく者ら

幻を成就させようと

プトレマイオス王朝の支配からの解放と無名の預言者らが唱えた自由のことと考えられる

 

15.北の王は進軍して堡塁を築き城壁に守られた都市を占領する。南の軍はこれに対抗する力がない。

プトレマイオス家の将軍スパコスが軍を率いてユダに進軍するが、ヨルダン源流のパネイオンでアンティオコスⅢ世に敗北する(前200)彼がシドンに逃れ、エジプトが降伏することで全パレスチナはシリアの支配に入る。

「城壁に守られた都市」はシドンを、「選ばれた兵士ら」は、スパコスの軍を指す。

 

17.彼は南の王国全体の支配を意図して同盟を結び、娘を嫁がせ、彼女によってこの国を滅ぼそうとする。しかし、それは成功せず、役に立たない。

アンティオコスⅢ世は、エジプト占領をたくらんだが、最後にローマの権威を恐れ、エジプトと平和条約を結んだ。アンティオコスⅢ世は娘のクレオパトラプトレマイオスV世に与え、それによって再びエジプトを手中にしようとするが、嫁いだクレオパトラは夫と共にローマと同盟を結んでしまい、父に思惑は潰えた。

 

18.次いで彼は島々に目をつけ、多くを占領するが、一人の指揮官が彼の悪行を制し、報いる。

アンティオコスⅢ世は前196年頃には小アジアの全域を手中にした。前192年には、領土を拡張するべく、ギリシア占領を目論んだが、191年テルモピュライでローマに敗れた。

翌年には八万の軍を興すもスミュルナ近郊マグネシアで完敗し、その支配は終わりを告げる。ローマの指揮官はスキピオ・アシアティクスと言った。「島々」とは地中海沿岸の国々を指す

 

19.そこで失脚して姿を消す

アンティオコスⅢ世は前187年にローマに課された税を払うためにエラムの神殿から略奪を謀るが、住民の反感を買って殺害された。

 

20.彼に代って立ち上がる者は、国の栄光のためにと税を徴収するものを派遣する。しかし、彼も数日の内に怒りや争いによらず滅ぼされる。

アンティオコスⅢ世の死後、セレウコス四世フィロパトル(187-175)アンティオコス四世エピファネス(175-164)が順に王位に就いた。

セレウコス四世は在位中9年にわたり毎年千タラントンをローマに支払う義務を負ったため、高官ヘリオドロスをユダに派遣し徴税させた。王は更に神殿の金銀を収奪させようとしたが、彼は王に反旗を翻し暗殺した。「幾日の内には」:セレウコス四世がシリアを収めた12年間を指す。

 

21-45まではアンティオコス四世エピファネスについて述べている。

彼はセレウコス四世フィロパトルの死後、正統な後継者であった甥のデメテリオスを陥れ自らが王位についた。その彼を「卑しむべき者」と言っている。また「小角」とも象徴されている。

「洪水のような軍勢」とはヘリオドロスの軍勢の勢いを言う。

「契約の君」とは大祭司オニアであり174年にアンティオコス四世によって職を追われ、シリアに送られた後、170年にダフネでアンドロニコスによって殺害された。「油注がれた者」と同義で「契約の民の君」の意である。

 

23.同盟を結ばれても彼はそれを裏切り、僅かな民によって強くなる。

アンティオコス四世は、ヤソン(175-174)メネラオス(172)など、自分の都合で大祭司を決めた。「僅かな民によって強くなる」とは、アンティオコスⅢ世のシリアよりは弱くなったことを言う。

 

24.彼は最も豊かな地域が平和であった間に侵略し、父も祖父も為しえなかったことを行う。彼は分捕り品を家来の間で分配し、砦の征服をたくらむが、それも一時のことである。

アンティオコス四世エピファネスは、家来には寛大で一人一人に金貨を与えたという。また、彼はエジプト征服を夢見ていた。「一時のこと」とは神の定めの時までの意である。

 

25.彼は力と勇気を奮い軍を率いて南の王を攻める。南の王も自ら奮い立ち強大な軍を持って挑むが、陥れようと謀る者のために対抗することができない。王の碌をはむ者たちが彼を滅ぼす。王の軍は押し流されて多くの者が戦に倒れる。

アンティオコス四世の最初のエジプト遠征では、エジプト軍を破りプトレマイオス6世を捕虜にする。彼は宦官の勧めに従いサモトラケに逃避する。

 

27.二人の王は互いに悪意を持ちつつ同じ食卓を囲み虚言を語り合う。しかし何事も成功しない。終わりは定められた時にくるからである。

二人の王とはアンティオコス四世とプトレマイオス6世である。プトレマイオスは捕虜として優遇されていながら不利であった。

 

28.北の王は莫大な富を携えて戻るが聖なる契約に逆らう思いを懐いて思うままに振る舞う。

アンティオコス四世はエジプトの帰路にエルサレムに寄り、神殿の金銀を奪い殺戮を行った。

 

29.定められた時に、彼は再び南に攻め込むが、前と同じにはならない。キッティムの船隊が敵対し、彼は阻止される。

このキッティムは島々を表し、更にローマを表す言葉となった。ローマの執政官ポピリウス・ラエナスが伝えた元老院の要求は、アンティオコス四世が武器を捨て、エジプトからもキプロスからも撤退することであった。

 

30.彼は帰途で契約に対して怒りをもって行動し、契約を捨てた者には好意を示す。その軍隊は神殿と砦とを汚し、常供の犠牲を廃し、憎むべき荒廃をもたらす者を据える。

アンティオコス四世はエルサレムに進軍し、神殿周囲の城壁を壊して要塞を建てた。更にヘレニズムを推奨して神殿の犠牲を中止させ前167年12月7日にゼウス像を作らせユダヤ人に犠牲を捧げることを強要した。この迫害は三年の間続いた。

 

33.民の賢い者らは多くの者を導くが、ある期間は剣にかけられ、火あぶりにされ、捕えられ、略奪されて倒れる。彼らが倒れるときそれを助ける者は少ない。多くの者が彼に組みするが、それはへつらいに過ぎない。

「民の賢い者ら」とはヘレニズム化を拒んだ者、「ある期間」は迫害の間、この辺りはマタティアとマカベア兄弟、ユダ・マカベアの初めの反乱を指している。真の解放は武力ではなく、神の恵みによると考えるハシディームに属する本編の著者は初期にはマカバイの運動に加わっていたが意見の不一致から次第に離脱していった。

 

35.終わりの時にに備えて精錬され白くされるためである。その定められた時はまだ来ていない。

「終わりの時」はアンティオコス四世エピファネスの終りを指している。

 

36.あの王はすべてに優って自分を高め奢る。神の神の対して信じ難い言葉を吐き、怒りの時が終わるまで栄える。

自分を高めるとは、数々の強固な砦に異国の神のもの(異教崇拝者)達を護衛兵として置き、自分への礼拝を強要し、銀貨に自分の像を神として刻ませた。「信じ難い言葉」とは神への反抗の姿勢を、「怒りの時が終わるまで栄える」とは、アンティオコス四世の悪行のひどさを言う。「女たちの慕う神」とはアドニスやタンムズ<泣く神>

 

39.彼は砦の神を崇め、財宝を以って先祖たちの知らない神を崇める。

数々の強固な砦に異国の神のもの達を護衛兵として置き、気に入った者らには名誉を与える。

砦の神とは、オリュンピア山のゼウス、アンティオケイアにもゼウス神殿を建てたが、彼は捕虜として過ごしたローマのカピトリヌス丘にあるゼウス(ユピテル)を見慣れていた。

 『数々の強固な砦に異国の神のもの達を護衛兵として置き』とは、ヘブライ語の発音を換えて読むとこうなる。マソラでは「強固な砦の数々を異国の神に頼って攻め」。アンティオコス四世はシリア人と棄教したユダヤ人を神殿傍の砦に兵士として立たせた。

 

44.東と北からの知らせが彼を怯えさせ、多くの者を滅ぼし尽くそうと怒り立って進軍する。

アンティオコス四世はエジプトに攻め込んだときに自国の東に居たパルティアと(北の)アルメニアの反乱を知って当地に向かった。

 

『王宮の天幕は張り』の王宮とは原語「アペデン」でこれは聖書中一か所だけ用いられているペルシア語からの外来語である。

 

『その時』アンティオコス四世が没して以降、ユダヤは『見たこともないような苦難』を受けたと解釈。

リビアとクシュも彼の歩みにつく』エチオピアリビアは共にアンティオコス四世に征服されている。

 

『多くの者が右往左往する。そして知識は増す』この二つの文のつながりが不自然であるので、LXXは『多くの者は戸惑い。地に不義が満ちるまでになる』と訳している。最初の動詞を「探る」と訳すことも可能。

cf;Ams『8:11 見よ、その日が来ればと/主なる神は言われる。わたしは大地に飢えを送る。それはパンに飢えることでもなく/水に渇くことでもなく/主の言葉を聞くことのできぬ飢えと渇きだ。8:12 人々は海から海へと巡り/北から東へとよろめき歩いて/主の言葉を探し求めるが/見いだすことはできない。』*[יְשֹֽׁוטְט֛וּ]

ダニエルでは『終わりの時までこれらの言葉を秘して、この書を封印せよ』と前置きされているが、ダニエル書はそのままに読めるのであり、言葉そのものは秘められていない。秘められているのは言葉の意味であり、それは封印されたままであるので、多くの人々がこの書を探って右往左往して『知識が増す』といっても、真意を悟るのではなく、様々な謬説が蔓延るので、その誤謬が罠として作用するというようにとれる。

『多くのものが逸れてゆき、(彼女は)知識を増す』

 יְשֹׁטְט֥וּ רַבִּ֖ים וְתִרְבֶּ֥ה הַדָּֽעַת

これは・・まずそのようだ(おそるべし)

 

『1335日』外典の「イザヤの殉教と昇天」に於いて(4:12)反キリストの支配の日数として示される。

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アレクサンドロス大王には、エルサレム到着の折に、ダニエル書の予告が本人に示されたとされる。(山羊の紋章)

大王はユダヤ人に好意を持ち、アレクサンドレイアへの移住を促進

前323に大王が崩御してから281年にセレウコスがシリア覇権を確立するまでディアドコイ戦役が続き、セレウコス朝はアンティオコス13世の時にポンペイウスに退位させられ前64年にまったく消滅した。<ダニエル書はセレウコス朝の終焉の史実とは一致していない。それ以前に権力は喪失されていた>

翌63年にポンペイウスユダヤ占領に乗り出したが、ハスモン朝は分裂抗争の最中にあり、ローマ軍はヒルカノスⅡ世と連合してエルサレムに籠るアリストブロスⅡ世を攻撃し、三か月の後にポンペイウスエルサレムに入城する。

彼は神殿内に偶像がないことを確認するために至聖所まで侵入したが、確認だけに済ませ、内部には手を付けず、翌日からの祭祀の継続を認めている。

前30年にアクティウムの海戦でプトレマイオス朝もローマに敗北し、マケドニアは完全に姿を消して、東方ヘレニズム文化が残った。

帝政ローマ期の到来と共に、ユダヤにはエドム人ヘロデ大王の覇権が敷かれる

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所見;フランシスコ会は、全体を歴史上の既成の事実として見ている。しかし、それだけでは収まらない言葉が余りに多い。

それでも、これを二重の成就を込めた黙示と捉えることはできる。

そうであれば、すべての語句をひとつの時代に当てはめることは難しくなるはずであり、またその必要もない。

また、この章やダニエル書に関連を限定するなら、相当に重要な意義を外す。

現代の視点からすれば、過去の実例によって将来の終末の姿をより示唆的に予測する助けとなる。

 

東方はペルシア後、ヘレニズムの約三百年間は不安定で、ユダヤは南北の覇権に揺さぶられ続け、僅かながら70年ほどの独立王権を得ただけで、宗教的にはディアスポラへの教育とタナイームの勃興があり、極端な教条主義に染まりつつあった。

 

・ダニエル書の大まかな目的

世界覇権の動きと捕囚期終了以降の契約の民の処遇とを予告する

その後に始まる南北の王権の抗争を予告しつつ、終末の情勢も予告している

 (但し、当時に充分悟られたとは言い難いところあり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エフェソス3:15

 

天上にあり地上にあって「父」と呼ばれているあらゆるものの源なる父に祈る。【口語】

 

御父から、天と地にあるすべての家族がその名を与えられています。【新共同】

 

天上と地上で家族と呼ばれるすべてのものの名の元である父の前に祈ります。【新改訳3】

 

-この父[パラ]から天の、そして地上のすべての種族[パトリ]はその名を受けている。-【岩波委員】

(ここに言葉遊びがある)<節を括弧書きにした理由?>

 

前後は祈りについて述べており、神を父として霊を通しキリストを彼らの内に住まわせてくれるよう願っている。(『わたしたちの内に働く力により』)

また『霊の一体性』について強調されている。

 

[14 Τούτου χάριν κάμπτω τὰ γόνατά μου πρὸς τὸν πατέρα, 15 ἐξ οὗ πᾶσα πατριὰ ἐν οὐρανοῖς καὶ ἐπὶ γῆς ὀνομάζεται, 16 ἵνα δῷ ὑμῖν κατὰ τὸ πλοῦτος τῆς δόξης αὐτοῦ δυνάμει κραταιωθῆναι διὰ τοῦ πνεύματος αὐτοῦ εἰς τὸν ἔσω ἄνθρωπον,]NA28

14 このことの為に、わたしはその膝を屈める そのに対して

15 このすべての家族が、天の中と地の上の 名付けられている

16 の為に あなたに下へと与えられる この栄光 奇跡 強くある・・

 

4章からは、聖徒が互いを忍耐し平和の紐帯をもって霊の一体性を維持するように、との訓戒が続いている。

エフェソス書が諸国民への内容であることからすると、「『地上のすべての種族が名を受けている』父である神」の意味で言うらしい。即ち、ユダヤ人を越えて諸国民に契約の範囲が広がり、聖霊が注がれて同じキリストを自らの内に住まわせることに於いて<加えて創世記のトーレドートを含意したかもしれない>

また、ギリシア語の言葉遊びは、ギリシア人とディアスポラを読み手として想定し、且つ当然ながら原本がギリシア語文であったことも示している。<こうした事はヘブライ書簡やヤコブ書には見られないと思われる。もしあれば、それは筆記者が翻訳で改変していた危険があるかも>

 疑問点は「あらゆる支族は名を得た」の「支族」が「天と地の」と形容されているところ

<これは同じエフェソスのプロスェシス論議(1:10)からすると、信徒を包含して語っているのかも知れない>どうもそうらしい。神の経綸に於ける範囲の大きさを強調したのでは

「名を得た」は非常に判りづらい。これはもう少し観ないと

 

 

 

 

使徒言行録雑記

パウロの回心後について、ルカは『基礎が固まり』[οικοδομου μενη]と描写したが、直訳すれば「築き上げられた」 となると

これは妨げられることのない成長期に入ったというべきでは

<しかし、これを以ってキリスト教の確立とも言えない>

 

『世界を襲う大飢饉』;クラウディウスの第四年(44)にユダヤで、第九年(49)にギリシアで、第十一年(51)にイタリアでの飢饉が知られている。ヘーンヒェンによれば、パレスチナでは46-48年にかけて飢饉が生じた

<ああ、ルカの言った意味はそういう事か、必ずしも誇張ではなかった>

シュテーリンは、47年の不作に加えて翌年の安息年が拍車をかけたのではないかという説を唱えている。

使徒ヤコブの死が40年で、アグリッパⅠ世の死が44年であれば、ルカの記述順は順番通りではないことになる。だが、ルカは『その頃』と記しており、この辺りは不明瞭である。

 

長老;第一回伝道旅行に於いて、早くも長老を町のエクレシア毎に任命している。職制としての長老がこの時点で整えられたとは考えづらいとされるが

<この場面では、ピシディア方面でのユダヤ人の強い反対を考慮すれば、それぞれの集まりで重きを成す人々を定めておくことの必要性があったのでは>

 

アンティオケイアのルキオス;西方写本Dでは11:28でアガボが下ってきた場面でルカがそこに居たことになり、そこからルキオスとはルカ本人ではないかとする説がある。<それはないと思う>

 

マナエン;『領主ヘロデの乳兄弟(シュントロフォス)』このヘロデはアンティパス(バプテストの処刑者)で兄のアルケラオスと共にローマで養育された。そこにマナエンが居たかも知れない。まだ一介の平民に過ぎなかったアンティパスであったが、ヨセフスによればそのアンティパスが幼少であったときにマナエンという名の者が彼の尻をたたいて「あなたはやがて王となり、また。その王国を立派に統治するでしょう」と預言したと書いている。更に、この人はエッセネ派の有徳な人で予知能力を神から与えられていたとも書いた。

但し、この人物がアンティオケアに現れたマナエンと同一かは分からない。アルケラオスは悪政のためにAD6に王座を追われている。<従ってイエスのナザレ定住はこの以前になる>

 

スケワ;エフェソスに来ていた巡回除霊者たちの父で、ルカは祭司長と記すが祭司長にその人物は見当たらない。そこで西方写本(D)は祭司としている。

使徒言行録は魔術に関わる記述を四回記すが、それはこの件が消極的に扱われていないばかりか、強烈な争いと使徒らの勝利を記す。

 

パウロを制止した『議員』;アジア州の諸都市は皇帝崇拝を維持促進させるための代表者を選出していた。まず州全体で一名、それからペルガモン、スミュルナ、エフェソスから各一名で、合計3-4名の議員がいたと推定されている。

識者は(E.Hänchen)このために『議員たち』がパウロを擁護するために説得したことが考えられないとしている。<だが『議員』というのはその議員であったのか?各都市は意思決定のための民会を持っており、富裕な階層は都市施設の建造、帝国の建造物の設置場所の選定などに関わっていたのでは>

 

 

 

 

GG

前記事⇒「エゼキエル37以降」 

◆神はその顎に鉤をかけ、そのすべての軍勢を引き出す 38:4

 ⇒『わたし(YHWH)は必ずあなた(アッシリア)の鼻に鉤を、あなたの唇の間にくつわを付け、あなたが来たその道を通って,確かにあなたを連れ戻す』2K19:28/Isa37:29 

 ⇒『第六の者が、その鉢を大ユウフラテ川に傾けた。すると、その水は、日の出る方から来る王たちに対し道を備えるために、かれてしまった。
また見ると、龍の口から、獣の口から、にせ預言者の口から、かえるのような三つの汚れた霊が出てきた。これらは、しるしを行う悪霊の霊であって、全世界の王たちのところに行き、彼らを召集したが、それは、全能なる神の大いなる日に、戦いをするためであった。・・ 三つの霊は、ヘブル語でハルマゲドンという所に、王たちを召集した。第七の者が、その鉢を空中に傾けた。すると、大きな声が聖所の中から、御座から出て、「事はすでに成った」と言った。すると、いなずまと、もろもろの声と、雷鳴とが起り、また激しい地震があった。それは人間が地上にあらわれて以来、かつてなかったようなもので、それほどに激しい地震であった。』

 ⇒『もろもろの国民の中に宣べ伝えよ。戦いの備えをなし、勇士をふるい立たせ、兵士をことごとく近づかせ、のぼらせよ。あなたがたの鋤を剣に、あなたがたの鎌を槍に打ちかえよ。弱い者に「わたしは勇士である」と言わせよ。周囲のすべての国民よ、急ぎ来て、集まれ。主よ、あなたの勇士をかしこにお下しください。もろもろの国民をふるい立たせ、ヨシャパテの谷にのぼらせよ。』Joe3:9-

 ⇒『 今、多くの国々の民がお前に敵対して集まり「シオンを汚し、この目で眺めよう」と言っている。だが、彼らは主の思いを知らずその謀を悟らない。主が彼らを麦束のように打ち場に集められたことを。娘シオンよ、立って、脱穀せよ。わたしはお前の角を鉄としお前のひづめを銅として多くの国々を打ち砕かせる。お前は不正に得た彼らの富を、主に蓄えた富を、全世界の主にささげる。今、身を裂いて悲しめ、戦うべき娘シオンよ。敵は我々を包囲した。彼らはイスラエルを治める者の頬を杖で打つ。』Mic4:11-/Zec14:1

『わたしの決意は諸国民を寄せ集め、諸々の国を集めて、わが憤り、わが激しい怒りを尽くその上に注ぐことであって、全地はわが怒りの妬みの火に焼き滅ぼされる』Zep3:8-

 

・場所

『メシェクとトバル』共に小アジアの西北部。従って『ロシの君主』は多分「メシェクとトバルの君主の長」と読まれるべきであろう。

『マゴグの地』ヘブライ語本文でこの語は、ゴグの名を彼の称号『君主の長である』との間に入っているが、これは加筆されたものではないか。

-Keith Carley-

 

 

◆召集

『お前たちの力をわたしのために蓄えておけ。多くの日の後にお前は召集されるであろう。来るべき年に、お前は廃墟から復興された土地に侵入するであろう。』『お前は嵐のように上って来て、お前とお前のすべての騎兵大隊である大群衆は雲のようにその地を覆う』

Jer4:14では北からの敵が『雲のように』進軍してくる

38:14『イスラエルが平安に暮らしているその日に、お前は立ち上がり』の「立ち上がり」はLXXの訳で、ヘブライ本文では「知り」

 

◆ゴメルとペト・トガルマ

どちらも黒海南東部の山地に住んで、ゴメルはギミライまたはキンメリア人を指す。これは好戦的な民で前8世紀に小アジアに侵入し、7世紀にはアッシリアを悩まし続けた。27:14でツロの貿易相手とされるペト・トガルマはGen10ではゴメルの息子となっている。

 

◆『多くの日の後、お前は呼び出され、また、多くの年を経た後、一つの国を襲う。それは長く荒れ廃れていたイスラエルの山々で、そこには、剣の恐れから解放され、多くの民の中から集められた民がいる。彼らは多くの民の中から連れ出されて、今は皆、安らかに暮らしている。』『その日に、あなたの心に思いが起り、悪い計りごとを企てて、言う、『わたしは無防備の村々の地に上り、穏やかにして安らかに住む民、すべて石垣もなく、閂も門もない地に住む者どもを攻めよう』と。そしてあなたは物を奪い、物をかすめ、いま人の住むようになっている荒れ跡を攻め、また国々から集まってきて、地の中央に住み、家畜と貨財とを持つ民を攻めようとする。』38:8/11-

 ⇒『女は,神によって備えられた自分の場所がある荒野に逃げた。それは,彼ら*が千二百六十日の間そこで彼女を養う』

 ⇒『その日,わたしは倒れているダビデの仮小屋を起こし,その破れを必ず修復する。またその荒れ跡を起こし,必ずそれを築き上げて昔の日のようにする。彼らがエドムの残されているところを取得するためである。そして,わたしの名がとなえられるあらゆる国の民も』Jer9:11-12/荒れ塚 Amo9:11

 ⇒『「エルサレムは開けた田園の地のようになってそこに人が住むようになる。人と家畜がその中に多くなるからである。5 そして,わたし自ら彼女に対して,周囲を巡る火の城壁となる』Zec2:4-/12:8-

 

◆「『日の光が弱くなる』『天を暗くする』(30:12/32:7-8)がなぜイスラエルの地に集中的に起こっているのかは未解決の問題である。」Keith W.Carley"The Book of Prophet Ezekiel"1974

『その日、イスラエルの全地に大地震が起こる』⇒Isa24:18-20/Jeo2:10/Hag2:6

 

◆『わたしが昔、わがしもべイスラエル預言者たちによって語ったのは、あなた(GG)のことではないか。すなわち彼らは、そのころ年久しく預言して、わたしがあなたを送って、彼らを攻めさせると言ったではないか。』17

 ⇒Isa/Joe/Mic/Zep

  zep『地の温和な者ら』は聖徒ではない

 

◆『わたしはゴグに対し、すべての恐れを呼びよせる。すべての人のつるぎは、その兄弟に向けられる。』21

 ⇒エホシャファトの故事=ベラカの谷

 

◆MGG⇒2016.11.11

◆Ez=Isa ⇒2016.11.17

 

 ・GGの立場はネイヴィームと黙示録が揃って一定の存在を指している

 ・GBを倒すのはGGではない

 ・当然ながらGGの攻撃から救われるのは聖徒ではない

 ・ネイヴィームの中で信徒と聖徒の記述が交互に語られ各々に判断が要る

 ・シオンは一貫して信徒の中心的部分として語られる

 ・問題はダニエルとGGを結ぶ線が残っている

<ダニエル;パウロ;マタイ;イザヤ;黙示;GG>ネイヴィームはこれを補足する Ez38:17

 ・これを象徴的に再度黙示録は扱っているが別のものながら相似形になる

*本文の問題『アバリム』

39:11『その日、わたしはゴグにイスラエルの中に墓地の代りに海の東のアバリムの谷を与える。彼らはそこに、ゴグとそのすべての大群を埋め、アバリムはすべてそれらで塞がれる。そして彼らはそこをゴグの大群の谷と呼ぶ。』

『わたしはイスラエルの中に、ひとつの場所をゴグに与える。それは彼の墓である。アバリムの谷・・』と読むべきであろう。

アバリムとは、死海を見下ろすモアブ北部の山脈(Numb33:47-)

ここはイスラエル統一時代には領土であったが、再びモアブに奪われ、47-48章の境界線に従うとイスラエルの外になる。ヘブライ語本文では「オベリム」と読んでいる。『海の東』というのは必ずしも死海の東を意味せず、ゴグの埋葬地は不明のままである。

『アバリムはすべてそれらで塞がれる』の句は、『オベリム』(旅人たち)と解釈して、語呂合わせをしている。『旅人たちは塞がれる』となり、その場所が汚れてその谷が通路として使えなくなることを暗示している。

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Mt24:15

[>Ὅταν οὖν ἴδητε 「するのをみたとき」

  • τὸ βδέλυγμα τῆς ἐρημώσεως* τὸ ῥηθὲν διὰ Δανιὴλ τοῦ προφήτου ἑστὸς ἐν τόπῳ ἁγίῳ, ὁ ἀναγινώσκων νοείτω, ]NA28 「ダニエルによって荒憎者と呼ばれたものが聖所に立つのを」

[έστος]=['ιστημι] 分)完了能対中 「立つ、立たせる、現れる」

:AV - stand 116, set 11, establish 5, stand still 4, stand by 3, misc 17, vr stand 2; 158 1) to cause or make to stand, to place, put, set 1a) to bid to stand by, [set up] 1a1) in the presence of others, in the midst, before judges, before members of the Sanhedrin; 1a2) to place 1b) to make firm, fix establish 1b1) to cause a person or a thing to keep his or its place 1b2) to stand, be kept intact (of family, a kingdom), to escape in safety 1b3) to establish a thing, cause it to stand 1b31) to uphold or sustain the authority or force of anything 1c) to set or place in a balance 1c1) to weigh: money to one (because in very early times before the introduction of coinage, the metals used to be weighed) 2) to stand 2a) to stand by or near 2a1) to stop, stand still, to stand immovable, stand firm 2a1a) of the foundation of a building 2b) to stand 2b1) continue safe and sound, stand unharmed, to stand ready or prepared 2b2) to be of a steadfast mind 2b3) of quality, one who does not hesitate, does not waiver  

 

Dan11:31

וּזְרֹעִ֖ים מִמֶּ֣נּוּ יַעֲמֹ֑דוּ וְחִלְּל֞וּ הַמִּקְדָּ֤שׁ הַמָּעֹוז֙ וְהֵסִ֣ירוּ הַתָּמִ֔יד וְנָתְנ֖וּ הַשִּׁקּ֥וּץ מְשֹׁומֵֽם׃

[הַשִּׁקּ֥וּץ מְשֹׁומֵֽם]荒憎者  [ וְנָתְנ֖וּ] 与える 置く

 ・常供の犠牲が止められることと荒憎者の現れが「続いて」[הַ תָּ מִ יד]起こる

 

・新約中の『新しいエルサレム』は終末に歪曲される危険性が高い

エルサレムでないエルサレムの出現  廃墟の山はいつまでも廃墟か?

 

 解明点

・ダニエル&マタイ⇒パウロ SM=AC

・エゼキエル=イザヤ

ハモナ⇔イヴリー”Lexicon in veteris testamenti Libros”

・エイレナイオス「然程昔の事ではない」

・黙示=マタイ <神殿に><最果て>

・SMがACとなるのは北王と小角の没落後

・ハモナとイヴリーの対照から「都市シオン」への変化⇒Heb11:10 !!!*

・NMRDがどれほど根源的な「世」の創世者か

アッシリア史からキプロスを調査

 

材料

キリスト教徒によるイスラエルかぶれ

ユダヤ教イスラムの融和

イスラムの終末思想

・GB崩壊後の[大衆]宗教心の動向(大衆の働きの例)

・シオンではない「南方新エルサレム神殿」構築

イスラエル攻撃の意味と取り違え⇒指摘するのはシオン

・「新エルサレム」誤解と「危機妄想」或いは反対者の根絶願望

 疑問

・NMRDの対型は小角ではない ACか? 

(或いは小角が失われるのでより強力な偶像となる

小角は野望の実現化として登場するものの、それを成就するのはACでは

 

・一度目のシオン攻撃の動機はどこにあるのか?

多分、北王と小角が聖徒攻撃の余勢を駆ってシオンを恫喝する

そこでシオン保護の三時半が終わる

彼らはシェフェラの台地まで迫るが崩壊する(セナケリブ)

次いでエホシャファトの故事へ

 

・時間の経過「GBの滅びは北王の崩壊前後のいずれか?

鉢の理解からすると聖徒昇天の後になり、小角により聖徒は死ぬ

これは鉢による最後通牒が聖徒後である事と一致する

その復讐としてのGBの滅びがあり、その以前に騎兵が攻撃しているはず

すると騎兵の攻撃とSMの召集との時期が近いか重なる

小角を構成する十角はGBへの刑執行者であり、その時点での小角と北王の存亡は不明瞭

不明なのはGBの滅びからシオン第二攻撃までの動きと前後関係

非常に短いのか

鉢の理解であれば、SMの召集の時期にGBは存在している

ではGBに滅ぼす使嗾をするのもSMなのか

とすると小角は聖徒攻撃とほぼ同じ時期に消滅していることになる

北王の破滅が小角の結束を消滅させる

小角の聖徒攻撃と北王のシオン恫喝は短期間に相次いで起こると捉えるのが実際的か?

北王の錯乱させる情勢とは何か?>⇒多分、内部的崩壊ではないか?奇跡の介入がこの時点で行われると神の裁きが不明瞭化するのでは

その為に北王はシオン攻撃を急ぐ必要が生じる

北王の消滅は聖徒攻撃の完遂とほぼ同時期に起り、それは膨大数の人民の意志決定に道を拓くものになり得る。時期としては騎兵の出現時期に当たる。(何と無駄のない!)

結果としてシオン攻撃はすんでのところで中止され、羊獣とACによる世界慫慂に託される。GBの滅びはこの後の事と言える 

黙示によると世界徴兵の後にGBが攻撃されるように見える(預言者らは?)

 

とすれば

聖徒が去った後、直ぐにSMが登場し偶像化される「残される」

そのSMが召集をかけるとき依然GBは存在しているが小角は無い

だが十角は残っている(北王は聖徒とほぼ同時に崩壊している)

「十角」と世界戦役の全軍とは別物か?

黙示によればSMが召集する目標はシオンでありGBではない

SMとGBとが対立関係にあることは道理で分かる

GBが無いからSMが立つのか、SMが立つからGBが滅ぶか?

十角のGB攻撃に動機を与えるものは何か?

北王と小角の崩壊は動機になるか?⇒多分ならない、むしろ逆

そうなるとSMが立つからGBが滅ぼされることになる

羊獣が優勢となりSM偶像化が起きる流れがGB攻撃に先行する事になる

 

 

であれば

GBは小角を使嗾して措きながら、その構成要素によって攻撃される

その以前にSMが偶像化されている

となれば、三宗教の協調がそれに先行することになる!

では、三宗教融和の担い手は誰か?⇒水である大衆か?

大衆は流れを変え、平安を謳歌しつつ共通の敵を見出す

足先に粘土が混入するのは、大衆の要素の増大か?では粘土と鉄の不同化は何を言うのか?

やはり大衆は受動的でMGGとGGを先導者として必要とし、それらに霊力を与えて導くのが悪魔「わたしに与えられている」

であるから、羊獣は小角のような組織を必要とはしない

SMがその代替となり「大は小を兼ねる」

北王のように諸国を束ねるのが軍事同盟である必要がなくなる

国家間戦争が進化して軍力を用いるものが必ず勝利するとは言えなくなる

大衆が国を越えて結束し、史上最大となりNMRDの野望が完遂する

そこでハモナとイヴリーの対立が究極化する

論争の単純化、二極化

これ以上なく神と悪魔の人間を介した決定的争いの場「メギドの岡」

後は四騎士とハデス

大衆の墓

 

聖徒攻撃が終わり、荒野に逃れていた女の保護が解かれると、まず、社会的圧力が掛かり、それにSM崇拝の強制が関わっている。

<ということは、>

その情勢下でSM、MGGとGGによる使嗾が行われる。なぜならシオン参集者は野獣の印を受け付けず、世界統一への参加を拒否するから。

<聖徒の死からこの状況までおそらく一年程度、いや未満>

「大患難」勃発をGB攻撃からと見做すのは、ベラカの谷の故事からすると一致する。

<では「十角」は人類全軍を指すか?

 

・これまで明確でなかった点

北王と小角はGB攻撃の担い手ではないということ

 *神の王国がやはり都市国家である理由は、人間の「罪」に有るがある限り「支配」が必要となるからで、NMRDが欲したものはCHRが占めるべきものであった。イヴリーが定住者となり得るとすれば、それは俗でない都市を必要とする。それが彼らが最後に帰るべき場所、真の意味での約束の地を含意していたと見ることができる。⇒七つの時

 

初見;世界はやはり聖書の言葉を巡って動いてゆくことになる。

 それを可能にするのが三大一神教の趨勢であり、元々Abrhmの宗教でありながら、誤解から三つの道に進んできた

 しかも、聖書の真意の通りというのではなく、聖句から誤解を誘われて人類全体が二極化する

その最高潮で三つは融和するが、そこが神の経綸の最も恐ろしいところで、悪魔をさえその道に進ませる謀略が込められている

しかも、この神の謀を明らかに知らせてさえ、必ず悪魔も人もその道を行くことになる

誤解をもたらすのは「知って信仰した自分は神の側に立った」と思う傲慢で

誤謬の道に入るのは、当人たちの内奥の性質による選択であり、他の誰もどうにもできない

これが神の裁きか

神の言葉はこうも恐ろしき哉

 

 

 

 

 

 

 

 

ディアドコイ戦役への情勢

ディアドコイ戦役への情勢 前編⇒「マケドニア履歴

 

前323のマケドニア暦でダイシオスの月の28日に大王が崩御した。ユリウス暦では6月10日、場所はバビロンであった。

死の十日前から発熱があり、五日目には重篤で、三日前には声も出ず、部下を見分けられなかった。

王位に就いて13年、享年三十二と十一ヶ月

死去したときにロクサナは妊娠七カ月で、大王は世嗣ぎについて何の遺言も残していなかった。

歩兵たちは、大王の異母弟アリダイオスを推した(御しやすいとみたか)が、側近や将軍らはロクサナが産む大王の嫡出子を推戴して、意見は二分された。

そこで妥協がなされ、アリダイオスがフィリッポスIII世として即位し、もし、ロクサナが男子を生めばアレクサンドロスIV世として共に王位に就くとされた。

ペルディッカスが摂政になり、朋友たちの領地と地位とが定められた。

ペルディッカスは上部マケドニアの出身で王統とも血縁があったうえ、325年以来、側近護衛官七名の一人に抜擢されていた。彼は死の床にあった大王から指輪を託されていたが、一説ではこれが後継者認証であったとも言われる。

 

マケドニアから呼び出され解任の危機に在ったアンティパトロスは、大王の崩御を受け、引き続きマケドニア周辺の統治を担当することにされ小アジアから本国に戻った。

 

大王の妻たちは

ペルシア王族のスタテイラとパリュサティスはスーサに留まっていた。妻はバクトリア出身のロクサナを含めた三人だが、ほかに愛人のバルシネがおり、327年に息子ヘラクレスを生んで、大王崩御の後にはペルガモンに移っていたが、ヘラクレスは常に庶子として扱われた。

大王の母親のオリュンピアスはエペイロスを治め、大王の妹のクレオパトラマケドニア本国にいた。

オリュンピアスは大王がアンティパトロスに暗殺されたものと思い、その噂を流した。しかも、献酌官イオラオスはアンティパトロスの息子であった。

 

オリュンピアスは傍に大王の異母妹で早くに母親を亡くしていたテサロニケーを置いていたと思われる。

大王のもう一人の異母妹のキュンナは娘のアデアと共にマケドニアにいた。

 

ロクサナは大王の妻であるスタテイラと妹のドリュペティスを偽の手紙で呼び出して殺害し井戸に投げ込み埋めた。ドリュペティスは大王の親友ヘファイスティオンの妻となっていた。この姉妹の殺害にはペルディッカスが手を貸している。他の将軍らに利用されることを恐れたのであろう。

ロクサナは男子を生みアレクサンドロスIV世となり、ペルディッカスが母子を保護下に置いた。

 

大王の妹クレオパトラは三十二歳であり、まだ子を生めたので、大王亡き窮地で再婚を望み、大王の側近護衛官の一人で上部マケドニア出身で王統と血縁があり、大王と共に教育を受けていたレオンナトスに狙いを定めた。彼は武勇に優れた反面虚栄心が強かった。 彼にはヘレスポントスとフリュギアの太守が割り当てられたが、それに不満をかこっていたので、クレオパトラから婚姻の申し出があると野心を起こしてすぐに了承した。

しかし、このころにアテナイなどのギリシア諸都市が反乱を起こし、それを鎮圧に向かったアンティパトロスは打ち破られてしまい、その救援に向かったレオンナトスも戦死してしまった。

 

大王の父フィリッポスII世が即位間もない頃にイリュリクムを攻めて、当地の王の娘アウダタを妻にしていたが、そこに娘キュンナが生まれた。彼女は338年頃、大王の従兄に当たるアミュンタスと結婚してアデアという娘を得たが、その直後フィリッポスII世の死去の後の勢力争いで夫を粛清されていた。

 

キュンナは大王の死後、十五歳になったアデアを連れてバビロンに向かう。アンティパトロスはこれを阻止しようと軍を送るがキュンナはこれを突破してアジアに入域する。

ペルディッカスも彼女を阻止しようとアルケタスに軍を委ねるが、キュンナは兵士らに血統を訴える演説を行って心服させてしまった。夫アミュンタスが生きていれば、大王の死後の王位は間違いなく夫のものであったはずなのである。そこでアルケタスはキュンナを刺し殺すのだが、兵士らが暴動を起こすほどになったため、ペルディッカスもアデアとアリダイオスの結婚を認めないわけにゆかなくなった。

そこで国王フィリッポスIII世(アリダイオス)と王妃エウリュディケー(アデア)が成立した。322の夏 亡きアミュンタスの未亡人キュンナの宿願は命と引き換えに果たされた。

 

同322年の夏、王族を巡る女たちの争いが激しくなりクレオパトラとアンティパトロスの娘ニカイアが相次いでサルディスに来た。共にペルディッカスと結婚するためであった。そこでペルディッカスはクレオパトラとニカイアの二人から求婚されて迷うことになった。

老年のアンティパトロスは既に娘二人を有力な将軍二人に嫁がせていた。そのうえ摂政ペルディッカスまでも婿にできるなら権勢を圧倒的に強くできる。

ペルディッカスはとりあえず老獪なアンティパトロスとの関係をとりニカイアとの結婚を承諾するが、すぐに離婚してクレオパトラと結婚する意志を密かに彼女にだけは知らせた。その策略に王位への野心が見える。

しかし、ペルディッカスの元で彼と対立し始めた隻眼のアンティゴノスがこの秘密をアンティパトロスに知らせた。

ペルディッカスの野心を知ったアンティパトロスはエジプトの太守となっていたプトレマイオスと組んでペルディッカスをはさみ打ちをする。

ペルディッカスは配下のギリシアエウメネス小アジア方面を任せ、自らはエジプトを目指したが、ナイルデルタで渡河に失敗し、戦う前に二千を失って将軍としての権威は地に落ちた。兵士らの間には不満を越えて怨嗟の声が広がり、ペルディッカスは騎兵たちの手に掛って死を遂げた。

ペルディッカスに期待していたクレオパトラの願望はまたも消えた。

 

一方で、ペルディッカスに母を殺されながら王妃の位について夫フィリッポスⅢ世に同行していたエウリュディケーはエジプトからシリアのトリパラデイソスまで軍が撤収したところで、軍への命令権を主張し始めた。摂政ペルディッカスが亡くなったところで知恵遅れの夫に代わって軍を動かす権限は自分にあるというところである。だが、まだ16歳の少女に軍が従うには兵らの自尊心が傷付いていた。

そこへアンティパトロスが軍を率いて合流してきたが、エウリュディケーは彼を摂政ペルディッカスを死に至らしめた王国の敵として弾劾した。丁度そのときアンティパトロスは兵士らへの給料の支払いが滞り、軍に不満が募っていたので兵士らの暴動が起り、アンティパトロスはアンティゴノスとセレウコスの必死の説得と保護が無ければ殺されていたほどであった。

 

前321年の末、アンティパトロスはフィリッポスIII世と妻エウリディケー、それからアレクサンドロスⅣ世とその母ロクサナの四人の王族を連れてヨーロッパに入った。亡きペルディッカスがひそかに結婚しようとしていた大王の妹クレオパトラはそのままサルディスに居た。(パリュサティスの所在?)

この頃アンティパトロスは八十歳代になっており、マケドニア本国の摂政の後継を指名すべき時期に達していた。そこで六十歳代の野心の薄く気立ての良い重装歩兵隊長のポリュペルコンを指名した。しかし、この人物は太守を務めたこともなく、政治的力量ではプトレマイオスやアンティゴノスに到底及ばなかった。

ポリュペルコンは、オリュンピアスにエペイロスからマケドニアに戻り、新王アレクサンドロスⅣ世の保護者となるように求めた。しかし、オリュンピアスはこれを静観していた。それにはエウメネスの助言もあってのことであった。(エウメネスは前361年生まれで、カルディアというギリシアの都市の出身であった。フィリッポスⅡ世に見出され、大王の許では遠征軍の書記官であった。大王亡き後は小アジア北東部の二つの地域を任されていた)

他方、アンティパトロスの息子のカッサンドロスは父のポリュペルコンへの後継指名には大いに不満を懐いた。そのうえポリュペルコンがオリュンピアスをマケドニアに呼び寄せようとしたことは、彼の怒りに油を注ぐことであった。

なぜなら、大王に死についてのオリュンピアスが行った父アンティパトロスへの誹謗中傷について大王に申し立てするためにバビロンに赴いた際に、オリエント人が王に跪拝礼をするのを見て嘲笑したため、大王自身に髪の毛を掴まれ、壁に頭を打ち付けられたことがあり、父の弁明でも大王に話の腰をいちいち折られ、反駁されてしまっていた。それはずっと後までカッサンドロスの亡き大王への恐怖を懐かせることとなっていた。

そこでカッサンドロスにとってオリュンピアスは敵であり、それはアンティパトロスとオリュンピアスの対立関係の継続でもあった。しかも父の遺訓は「女にはけっして王国の支配を任せてはならぬ」であった。確かに、大王亡きあとの王国は女たちの暗躍により、摂政や将軍らが権力争いを激しくしていた。カッサンドロスの強い敵愾心と野心を見抜かなかったことでは、アンティパトロスは摂政後継の人選を明らかに誤ったと言われる。そのためにマケドニア内部に分裂の危機をもたらしてしまっていたからである。

 

前318年、ポリュペルコンは反旗を翻したギリシア諸都市の制圧に乗り出した。ほとんどの都市は恭順を示したが、ペロポネソスメガロポリスだけは服従しなかったので、これを攻囲したが失敗し、同じ年の夏にはアンティゴノスの艦隊に海軍を打ち砕かれてしまったので、ギリシアの諸都市はポリュペルコンを見限り、カッサンドロスの側に着いてしまった。カッサンドロスはアンティゴノスから船35隻と兵四千を借り受けてアテナイに上陸し、ギリシアでの勢力獲得に努めた。

他方でポリュペルコンは、ギリシア遠征にロクサナと幼いアレクサンドロスⅣ世を伴ったが、フィリッポスⅢ世とエウリディケーをマケドニアに残してきた。この王権の所在の分離が争いを呼ぶことになった。

エウリディケーはポリュペルコンの権威の失墜を好機と捉え、マケドニア内のカッサンドロス派に接近し、摂政の座をポリュペルコンから奪い、カッサンドロスに与えると宣言した。こうしてエウリディケーはマケドニア国内に於ける実質的単独支配者となった。

ここに於いてオリュンピアスがエペイロスを出てマケドニアに戻る決意を固める。自らの孫アレクサンドロスⅣ世の王権を確かなものとするためであった。

それを知ったエウリディケーはペロポネソスに居たカッサンドロスに出来る限り早くマケドニアに戻るよう要請したが、それを待たずに自ら軍を率いてポリュペルコンとオリュンピアスの軍勢に対するためにエペイロスとの国境付近に向かった。

両軍がエウイアという場所で向かい合ったのは前317年9月であった。

しかし、デュオニソスの巫女の扮装で現れたオリュンピアスを一目見た遠征帰りの兵士らは、大王から受けた恵みを思い起こし、皆がオリュンピアスに降ってしまったので、戦闘も行われることがなかった。

エウリディケーとフィリッポスⅢ世は捕えられ、獄につながれる身となり、オリュンピアスは処刑までの間、僅かな水と減らしたパンだけを与えた。

オリュンピアスはフィリッポスⅢ世を騎兵に槍で突かせて殺害し、ついでエウリディケーには更に陰湿で、圧力と時間をかけて自殺に追い込んだ。(この以前にはフィリッポスⅡ世の死の直後に、夫の最後の妻クレオパトラとその嬰児とを残虐な仕方で殺しており、それは息子の大王に咎められるほどであった)

こうしてマケドニア王統は半分の継承者を失うが、オリュンピアスのこうした残虐性は、遠からず酬いとなって返されることになる。その結果は、王族の全滅となるのであった。