Notae ad Quartodecimani

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安息日の意義

安息日[שַׁ בַּ ת]

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安息日とは何か?

安息日とは、モーセの律法の中でも十戒の第四条項(出埃20:8)で初めて定められた七日毎の不労働日の規定である。律法上では、異神崇拝、偶像崇拝の禁止、神名の乱用の戒めに続くほどに重要度の非常に高い位置を占めている。即ち、唯一の神を認識すること、偶像を避けることに続く神と民の関わりに関する四条項の最後が安息日遵守となっている。この安息日条項については、十戒の中で最長の戒めを成しており、由来と対象までが述べられ、明らかに格別のものと言える。
(Ezk20:20からすると、安息日条項がイスラエルを諸国民と分けたと見做すことが出来る その神は創造神であり、民は『この世』から分けられる)
また、不労働の習慣については、マナ降下と拾得に関わる指示が十戒の授与に先行していた。(出埃16:13-27)

最初に聖書に七日毎の生業の休止が現れるのは、荒野のイスラエルの民がマナの供給を受け始めたところにあり、六日目には他の日の倍の量を受け、七日目の安息が守られるよう配慮されていたところであった。(出埃16:13-27)
七日毎の休息の根拠としては、神が創造の六日を終え『YHWH安息日を祝福して聖とされた』とされ(出埃20:11)、神の創造の「六日間」という期間にちなみ、六日の労働日の後に、神が一日を取り分けて『休み』『聖なる日』としたので、神は、律法を通して、イスラエル民族一切の生業から離れるように神は命じた(出埃20:8-11)。また、家庭で火を起こすことも禁じられている(出埃35:3)。

それは、神に対して『聖なるもの』とされなければならず、その安息を犯して生業に携わる者は死刑に処せられるべきであり、その範囲はイスラエル民族だけによらず、奴隷や居留者らから家畜にまで及ぶべきものとされていた。(出埃20:10)
また、種蒔きや収穫の時期であっても例外はなかった。(出埃34:21)但し、民が幕屋や神殿に上ることを要求してはいない。むしろ、距離の長い移動は禁じられ、自宅に留まるよう求められた。(出埃16:29)


この掟が与えられた荒野において、早くも薪を集めていた者が捕えられたが、神はこの者に死刑を課している。(民数記15:32-36)
ほかに死刑が命じられた条項には、異神・偶像崇拝、交霊術、飲血や脂肪などの食物規定への違反、祭司の崇拝方式の違反、故意の殺人、人身供儀、姦淫、強姦、獣姦、同性愛行為、があり、安息日の遵守が相当に厳格に求められていた。

不労働の規定については、安息日のほかに、律法で定められた三つの祝祭に規定された聖会(アツェレト*)(レヴィ23:5/23:21/23:32/23:36/23:39/16:29-31/)、また、各月の始まる新月の夜からの一日も安息を守ることが義務付けられていた。そのため、安息日新月の日には聖なる事柄に関わる日と認識されていたことが二王国時代の聖書記述にも表れている。(列王第二4:23)*(意味は不詳)

安息日は神の聖性を重んじることが関連付けられ(レヴィ19:30/26:2)、毎安息日には、YHWHの前に、雄の子羊二頭、2/10エファの油で湿らせた上質な小麦粉が捧げられるよう求められていたが、これは常供の捧げ物と同じ内容であるので、安息日には二倍の捧げ物が為されたことになる。(民数28:3-10)
新月には、子牛や山羊などを含めたより多くの供物が求められている(民数28:11-15))

安息日毎に聖所の黄金の食卓上の12のパンが新たなものに置きかえられていたが、これは『覚えのパン』と呼ばれた(レヴィ24:5-8)。それらのパンはアロンに属する祭司らの『極めて聖なるもの』となり、聖なるところで食されるべきものとなった。⇒アブラハムへの独白=amos3:7=Due25:4

モーセ申命記で、安息日の意義につき、イスラエル民族がエジプトで奴隷であったところを神が力強い御腕をもって導き出されたことを覚えているためである(申命5:15)としている。

レヴィ記25章では、安息日を拡大した安息年とシャヴオートを拡大したヨベルについて規定しているが、これはほどなくして遵守されなくなっていたが、ネヘミヤ記や外典によれば、少なくとも負債の免除と食糧貯蔵については記されている(ネヘミヤ10:31/マカベア第一6:49-53)。

また、レヴィ記26章では、イスラエルが安息を守らなくなることを予告しており、『約束の地』を追われる間、その地自身が『安息を払い終える』と早くも予見している(レヴィ26:34)。



安息日の再開の困難

しかし、ネヘミヤの時代のユダヤ人は律法を忘れており、指導者らは安息日の規定を守らせることに多くの労力を割いている。(ネヘミヤ13:15-22)
ネヘミヤ記9:16では、シナイでの契約の律法授与のときに、「聖なる安息が知らされた」と記し、律法と分けて、同等の意義を与えている。

その後、ユダヤ人の中から律法の厳守を唱える傾向が強まり、キリストの到来までには口頭伝承から安息日での規則が多く加えられ、最終的に39箇条の遵守事項が指導者層によって定められていった。キリストが安息を守っていないと咎められたのは、病気を癒すこと(マルコ3:1-6)や、麦の穂をむしって食した(マタイ12:1-8)ことが、それら付け加えられた規則に反して仕事を行ったと見做されたことによる。

その際に、キリストは『人の子は安息日の主である』と言われた(マタイ12:8)。この『人の子』と『主』は定冠詞を伴うので、「キリストが安息日の主である」と言っていることになる。それは、七日に一度巡って来る不労働日の主がキリストである、という意味にはならない。使徒らの時代以降には、キリスト教に於いて七日に一度の不労働日は要求されておらず、当時の宣教と集会に便宜的に利用されている。

従って、キリストが「安息日の主である」とは、律法に規定された安息日の対型について述べていると見るべきである。

その対型となる事象は『神の王国』の千年期が大きな蓋然性を持っている。即ち、神の創造の意図から逸脱した、長い『この世』という時代の終りに、千年の王国の支配が臨むことで、人々は『顔に汗してパンを食べ、遂に地面に帰る』という心労と空虚な労働の日々を終え、アダムが堕罪以前に有していた神の子の立場を得るべく、象徴的不労働、生きるために生きる生活を後にすることを述べていると見做す理由がある。


安息に聖俗の概念を提起するネヴィイーム

安息日が人の聖と俗を分かつものとなることを再び指摘しているのは、バビロン捕囚に関して預言したネヴィイームであり、彼らの活躍した時代には第一神殿が失われたことで、律法遵守は不可能に陥っていった。
その中で、この預言者は律法の意味するところを再考する言葉を記している。

安息日を喜びの日と呼び、主の聖日を尊ぶべき日ととなえ、これを尊んで、おのが道を行わず、おのが楽しみを求めず、むなしい言葉を語らないならば、その時あなたはYHWHによって喜びを得、わたしは、あなたに地の高い所を乗り通らせ、あなたの先祖ヤコブの嗣業をもって、あなたを養う」。』(イザヤ59:13-14)

『「わたしが造ろうとする新しい天と、新しい地がわたしの前に永くとどまるように、あなたの子孫と、あなたの名は永くとどまる」とYHWHは言われる。「新月ごとに、安息日ごとに、すべての人はわが前に来て礼拝する」とYHWHは言われる。』(イザヤ66:22-23)


エレミヤは、『父祖に命じたように、安息日を神聖にしなければならない』としつつ、それが守られていない当時の状態を指弾している。(エレミヤ17:19-22.27)
加えて、『安息日を神聖とするなら、王たちが入って来てダヴィドの王座に就き、エルサレムは定めない時までも人で満ちる』と述べる。(17:24-26)
しかし、実際の歴史は、民が安息日を神聖としなかった為にエルサレムの滅びが起こったことを預言と歴史を対照して知らせるものとなっている。

そこでは、バビロン捕囚を招いた民の律法不順守の罪の全体が、恰も安息を守らなかったことに集約されているようにさえ語られる。
敷衍すれば、神YHWHを聖なるものとしなかったということになろう。
従って、イスラエルが律法の条項を如何に守ろうとも、安息日条項が機能するか否かは別問題であったことになる。即ち、不労働日を設けるか否かよりも重い意義があり、それが「聖性」の問題であったと言い得る。(イザヤ1:13)

ヴィイームの預言の中で、エゼキエルも『安息日を汚した』としてユダの民を譴責する預言を伝えており、バビロン捕囚に至った原因のひとつに挙げられている。(エゼキエル20:18-23)
この中で『わが安息日を聖別せよ。これはわたしとあなたがたとの間のしるし』となり、この民の神がYHWHであることを示すという。(エゼキエル20:20)これは対型を予感させる。なぜなら、キリストの時代にユダヤ安息日の精紳から離れていたことを指摘されているのであるから、更なる後代に意味を持たねば最後まで未成就で終わる。
加えて、エレミヤの言うようにダヴィドの王朝が何時復興したろうか?ゼデキヤ以来、その座に就いたエッサイの根からの王は一人も居ない。

エゼキエルは神殿の幻の中で、在るべき律法制度を啓示され、その中で、祭司らは『聖と俗との区別を教え、汚れたものと、清いものとの区別を示さなければならない』とし、そのうえで『わたしが定めたすべての祝祭日に、わたしの律法と掟を守らねばならない。また、わたしの安息日を聖別しなければならない』としている。そこでは安息日を含む聖日を守ることが、民族の聖性に関わっていることが示されている。(エゼキエル44章)

また、「土地が安息を得る」という概念は、単に耕地を多年に亘って荒れ果てさせるという実際上のことではなく、俗化の痕跡を土地から過ぎ去らせるという象徴的意味を持っていたのであろう。(レヴィ26:34/歴代第二36:21)

その後、帰還の民の間では、安息日を不労働に保つ事柄に注意が向いている。(ネヘミヤ13章)
それは、捕囚後のユダヤ人自身が、律法順守の生活を再構築する必要があったことを知らせている。(それはまたトーラーやタナハの全体を復習していなかった民の状況を知らせている:エイレナイオスの聖書伝承の話には真相が込められていたのかも知れない)
(バビロン捕囚がディアスポラとなる間にシュナゴーグの習慣は発達していなかったのではないか?、そこでネヘミヤとエズラが相当に労力を傾注しているのであろう)



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安息に入るという概念

キリストは安息日に会堂に入り、会衆に混じっている姿が福音書に見られ、集会が律法で命じられたものではないが、その習慣に従うところが見える。(だが、それが「崇拝」であると言える根拠には至らない)

また、宗教指導者層の安息日概念と癒しについて再三の衝突を見せている。その機会は多く、安息日について相当な、また確固たる意義を教えようとのキリストの意図を強く感じさせる。

新約聖書中で律法の安息日の意義を説明するのはヘブライ書である。
そこでは『神の休みは残されている』ので、その休みに入るようにヘブライストのイエス派聖徒を説得している。それは明らかに七日毎に不労働を守ることではない。(ローマ14:5-6)
その『休み』とは、律法の業から解放され、キリストの犠牲によって『罪』から解放されることを意味している。(ヨハネ8:34-36)
西暦七十年の近付いた頃に書かれたヘブライ書は、ユダヤ人イエス派に律法から早急に解かれることを説いたものであろう。彼らにとっての『神の休み』とは、モーセから解かれて、キリストの自由に入ることを指していたと思われる。

だが、『罪』からの解放による休みを得るのは聖徒だけではない。
それは千年期を得てはじめて可能であり、それまでは完全な意味での休みに入ることはない。そこで週に一日の安息日が示していたのは、『この世』に在っても、この世のものとならない「聖性」の模式であったのではないか。つまり、「世の奴隷」とならず『神の象り』としての聖性を保つよう努めることに意義がるであろう。奴隷化の最たるものが、過重で人間性を損なう労役や緊張の連続であろう。

律法下のイスラエルは、安息日を通して、その休みの『聖なる』意義を模式的に味わう機会があった。
それは単に不労働の日を七日毎に設けるという『爽やかにされる』というものを超えている。(出埃23:12)


「アダムの業」と安息の対比

安息日は、人間の生業との対照を成している。
それは『この世』と呼ばれる現状の人間社会が人にもたらす空虚さと、『神の象り』としての人の栄光との対照と言える。

この世では、アダムの堕罪から始まった、神への無関心と互いへの不倫理に特徴付けられている。
即ち、他者と生きて行くのに欠陥を負っているため『罪の酬いは死』とされ(ローマ6:23)、アダムの命に生きる者はすべてが、いずれ寿命を迎える定めに置かれている。
そのうえ、その生涯は『顔に汗してパンを食す』(創世3:19)という生きる糧のための労働が科せられている。それは、人が創造された当初の神の意図ではなく、「他人のためには働かぬ」という利己主義が、当然にもたらす通貨などを介した「互酬制度」が避けられない宿命であり、実利を得てはじめて経済が回るのも、人に巣食う利己主義の宿命である。それは社会主義の計画経済の不効率と衰退の原因でもあった。人間は社会主義でさえ成功させる程に「お人よし」ではなかったのである。むしろ。蔓延する利己主義は、人々から拭い去ることのできない争いを人類社会の特徴とさせている。(ヤコブ4:1-4)

更に、一生の間には、様々な悩みと苦しみを避け得ず、互いの貪欲に対処するために善悪を法に定め、実力(暴力)を以って規制する政治を必要とする社会を造り上げたが、それでも人間は互いに害し争う性質を後にすることには成功して来なかった。人間そのものから『罪』が拭えないからである。

『罪』により、創造された神の意図から逸脱したこの世での人の生涯は、『萌え出てやがて枯れゆく青草の如し』と描写されるように、空しいものとなっている。(イザヤ46:6)
詰まる所、この非情な世界に生まれてくる人類は、基本的に生業に没頭し、子を成して養育し、次の世代に命や業績を繋いで往ってゆくことがその使命となっている。

そこでは、どれほどの名声を得ても、如何に大きな財産や業績を残しても、或は、どれほど慕われようとも、現在まで誰にも同じように死という命の終局が一度は免れない。

神から人類の救いのために任命されたキリストは、『罪の奴隷状態から、解放するために』(ローマ8:18-22)この世に来られた。
それは、自らの犠牲によってアダムの『罪』を相殺し、人々に創造本来の『神の子の自由』を得させ、この世の隷属から解放するという、どんな偉人にも不可能な『罪』からの救いを成し遂げるためであった。なるほど、この観点に立つと『人の子は安息日の主』と言える。その働きは、人を拘束することではなしに、解放することである。


安息日の主がキリストである意義

共観福音書に見られる『人の子は安息日の主である』の『人の子』は三書共に定冠詞を伴っているので、これはマルコだけが記した『安息日は人のために存在するようになった』の意味で語られてはおらず、マタイとルカでは文脈にその論議が見られず、突然に『人の子は安息日の主である』が独立して語られている。
安息日の由来については神が創造の六日を終えて七日目を休んだことであると記されているが、これは永く続く「この世」の果てに訪れる『神の王国』の千年期を象徴することに於いても意味を成している。こちらの意味から捉えると、この世の労役を超える解放の千年を人々にもたらす主としてのキリストについて『安息日の主』と語ったと見るべき理由を与えており、その恩恵を受ける地の人々には労役を去って安息に入ることになるが、「神殿に安息は無い」とユダヤ人が言い習わしていたように、大祭司と祭司団ネティニムにとっては、千年期は安息というよりは繁忙期となる。
それゆえ、「地の人が安息日に主となって休む」のではなく、休むのは地の人々ではあっても、キリスト以下の天界の祭司団にとっては休みはなく、大祭司キリストがその千年期全体に責任を負う『主』であることになる。



聖俗を分かつ安息

日常の生業に没頭していれば、今の命を生きることにばかり想いが向けられ、自然に『この世』に象って心が形成されてゆくことになる。だが、それでは創造された当初に人間に意図されたあるべき姿から遠ざかり、この世の隷属を当然のものとする奴隷の想いを培うばかりになる。

そこでマナの供給、特に第六日での倍の供給が安息日を存立させていたことが深く関わっている。
神は荒野のイスラエルの民にマナを与えたが、それは『人はパンだけでは生きず、人はYHWHの口から出るすべてのことばによって生きることをあなたに知らせるためであった』(申命8:3)とモーセはその教訓を指摘する。そのマナは週の六日目毎に倍の量が与えられたことを通し、週に一度の『安息日』をもたらした(出埃16:29)が、その一日は生業を行わず、アダム以来の『顔に汗してパンを食する』業から離れ、『神の子の自由』を覚え、それに思慮を巡らし、神と互いとの関係を律法を介して再考する機会とされるべき制度であったと言える。

また、奇跡の食物であったマナの降下は、荒野で多くの民の命を支えるのは、まったく人間の努力の及ばないものであることも明示したが、キリストは山上の垂訓の中で、『何を食べようかと思い煩うことを止める』ように諭されている(マタイ)。これはその信仰を必須とするが、七日に一日は生業に携わらなくとも命の支えられることを信じることは習慣化した今日では難しいことではない。しかし、それは週休をとるか否かの問題ではなく、人が命を支えることについて、まったく自らの努力によると思い、神の介入を考慮しないか否かが問われている。

神は律法に於いて、貧しい者らへの配慮を再三示している。また、マナがそうであったように、神は人の贅沢や、成功を心に掛けないが、『この世』にあって魂を苦しめている者らには、その命を支える善意を注ぐ意志を表している。まさしく、荒涼とした土地を行き来するイスラエルの民の食を絶えることなく支え続けたのが天からのマナであった。
彼らはエジプトの奴隷状態から解放された上に、これまでどんな政府も実施できなかったベーシック・インカムのような生存の保証を何も無い荒野で四十年間受けていた。

やはり、キリストの「主の祈り」に込められた『今日、この日のパンをお与え下さい』との言葉は、命を支えるための糧食について、『天の鳥』のように神が養うことにおいて無関心ではないことを教えるものとなっている。
但し、この善意は神との関係性を重んじ、不労働を通して『聖なるもの』とすることが求められた。即ち、俗世のあくせくと「生きるために働く」という姿勢を離れ、まったく『この世』に飲まれてしまわないための安息であり、神の聖なること、また、人間自身も本来は『この世』に生きるようには創られていないことを意識するべき仕方で、その不労働を過ごさねば意味が無い。

そこで、奪い合いの『この世』に在って、神は引き続き貧しい魂の願いを叶える意志をキリストを通して表明された。
『この世』は「生きてゆくためには懸命に働かねばならない」と脅迫するが、真の供給者は実に神である。『この世』は人々を脅して懸命に働かせ、それでも酬いを少なくし隷属状態に置いた上で、神に関わる神聖な物事、形而上の事柄を忘れさせようとしており、現に大半の人々はそうして『この世の神』に平伏している。神に関する事や人生の意義については考えることさえ卑しめる傾向を持ち、宗教と云えば現世的利益を請合うことで利己心を更に助長し、アガペーから遠く引き離しているのである。これは結果的にアダム由来の『罪の奴隷』として繋がれていることになる。
その一方で、安息日はどのような状況下に在っても、それぞれの事情に応じて、自分を支えるものが自己努力だけではないことの信仰を表明する機会ともされており、それは一年間の不労働を求めた律法中の『安息年』の条項によって一層強調されている。(但し、安息年の方は実施が困難で、形骸化、また行われなくなっていった)

確かにほとんどの人は生きて行くために、基本的には職を得る必要がある。しかし『この世』は、働こうとの意志があっても職を提供しないということが起こる。就職先の絶対数が足りなかったり、厳しい条件を付けてきたり、また、能力ばかりか身体的条件をも問われ職に有りつけないという事も平素起こる。
職に就けたとしても、恰も奴隷のように無理を強要され過労働に陥るることも珍しくない。その根底にある原因は、利潤の追求のために利己的に過ぎる振る舞いが往々にして生じてきたからであり、それが『この世』というものの避けられない奴隷制度の実態でもある。即ち『この世』は全体が『罪の奴隷』というべきものである。(ヨハネ8:34)
社会ヒエラルキアのピラミッドの上層に上るためには、より利己的で悪辣に振る舞うよう圧力を受け、人々には不義理を行う必要が一層多く生じる。それを望まないなら、富むことや成功を人生の目標にしない他ない。従って『この世』で温順な人々は虐げや卑しめを受けることになる。それが『この世』の掟となっており、その『神』は明らかに創造神ではない。(コリント第二4:4['Ο θεος του αιωνος])

『この世』では、命を支えるものが人に由来するものを考えられており、その強迫観念から生きて行くために『奴隷状態』を作り出してきたが、それが神無き者で構成される『この世』の姿である。貧しい者に「明日どうやって生きてゆくか」という恐れを植え付け奴隷にしてきた。
『この世』は、恐怖によって人を隷属の下に置き、僅かな人々に富みを集中させ、多くの人々の貧しさの上に強大なピラミッドを作って来たが、それはどんな時代でもほとんど変わるところがなかったし、今後も変わる理由はない。利己心を原理とする場合、富の偏在も権威、権力の集中も不可避ではないか。(マルコ14:7)
(ロシア貴族がソ連ノーメンクラトゥーラに入れ替わった事が、まさにそれを証明している。世襲制から人口比率まで同じではないか!ブルジュアを淘汰しておきながら、新たなイデオロギーが同じ階級を同じだけ製造していたのだ)

『この世』では懸命に労働することで、命を支えられるばかりか、裕福で幸福に成れるという不文律を信じている人々は多い。だが、それでは成功している不労働収入者の方が圧倒的に収入額が大きいなど説明の付かない事例は多く、労働への没頭が必ず物理的幸福をもたらすとは言い難い。キリストはそうした考えを度々に糾弾しているが、その理由は命を支えることに関するその人の内の神の不在であった。
従って、勤労の実が神の祝福と教えるカルヴァン派的な捉え方は本来キリスト教的とは言えない。

だが、そのように懸命に労働する生涯のまま一生を終えるとすれば、その人にとって、創造の神と創造された自己の意義とを意識することはほとんど失われてしまう。仕事に忙しく携わることが目出度く幸福であるという通念が社会に見られるのは、『この世』が抱えた問題の必然の帰結であるが、その環境で醸造されるのは人生の虚しさを顧みない「俗」の精神であり、その特徴は、自己愛と創造の神への無関心である。そこには、創造の神とそこから逸れた『この世』との敵対が見られる。(ヨハネ第一5:19)

安息日は、このような人の俗的日常に切り込み、神に関わる『聖』を意識させ、『神の象り』としての誉れを回復し、最終的な救いとその手立てについて想いを馳せるために有効な制度であった。だが、その精神を今日も保つよう個人として努めることは可能であり、それこそが終末に心を整えることに成り得る。
即ち、安息日の精紳は、不労働の日を取分けることにはなく、創造の神と自らの関係を顧みるところにあると言える。それゆえキリストが安息日に癒しの奇跡を行ったのも、その聖霊の業に神の証しが有り、人々に創造されたままの姿を回復させようとの神の善意を表すものであったと観ることができる。

そこで神がアブラハムの遺産を相続するイスラエル民族に律法を与えるに際し、その条項の遵守を通して、彼らは『聖なる者でなければならない』のであり、『聖である』要件として神に無関心で居てはならなかった。当時は、祭祀への専心と律法の遵守によってそれを示すべきであった。(レヴィ18:30-19:2)
神の祭祀の存在そのものも『聖と俗の異なり』を知らせるもの(レヴィ10:10-11/エゼキエル43:23)となるべきであった。
しかし、それはイスラエルの民の全体に俗であることを禁じるものではなく、その違いを意識させ、神に関わる事柄が世的な俗事と隔てられるべきことを諭していた。即ち、神は休みの中に住まわれる(出埃20:11)のであり、民は七日に一日を取り分けて聖なる休みに入ることを命じていた。(出埃31:15)


安息日の結論
こうして神がイスラエル安息日の聖別と安息の遵守を求めた目的が明らかとなってくる。
それは律法がキリストによって成就され過去のものとなって以降、ユダヤ人に限らず、週に一日に不労働を守るということを超えるものであり、『この世』のありさまに従って人の生活がまったく形成されてしまうことを防ぎ、自らの想いを俗を離れた聖なる事柄に触れさせ、それがその人の人格や生き方を培うようにすることである。

この観点から見て律法がイスラエルに求めた『あなたがたは聖なる者でなければならない』、また律法契約中断に際しエレミヤやエゼキエルらの預言者らが語った『わが安息日を聖別せよ。これはわたしとあなたがたとの間のしるしとならねばならない』などの要求の意味が了解される。

これは『諸国民が自らを祝福する』アブラハムの民として、本来、『聖なる国民、祭司の王国』となり、『神の王国』によって世界の贖罪を為すべき『イスラエル』と呼ばれる民が、聖なる資質を持っていなければならず、その要求が『安息日を聖なるものとする』ことを十戒以降求めたといえる。
これは新約聖書ヘブライ人書簡でも『一杯の食のために長子の権利を売ったエサウのように、不品行な俗悪な者にならないようにしなさい。あなたがたの知っているように、彼はその後、祝福を受け継ごうと願ったけれども、捨てられてしまい、涙を流してそれを求めたが、悔改めの機会を得なかった』とあることにも合致する。(ヘブライ12:16-17)

即ち、神の民たるべき者は、誰も「神聖な物事の価値を認識しない者」が出るべきではないのであり、エサウのように『長子の権などわたしにとって何になるものか』と言っては、代りに一度の空腹を満たすような者であってはいけないということである。(創世記25:32)
そこで『安息日を覚えて、これを聖なるものとしなければならない』とは、神聖な物事の価値を認識した人を創ることを示唆しており、あの「イスラエル」との名を持つ神の選民が俗なる者であっては『諸国民の光』とはならないことを警告するものとも言える。ゆえにエゼキエルに在るように、それは彼らの印となるべきものと言える。
そこでますます、真のイスラエルとは血統に属するユダヤ人のことを言わないことが明瞭となる。
もし安息日の意義を正しく了解していたなら、キリストが安息日に癒しを行うことに反対していなかったであろう。逆に当時のユダヤ人らは、律法の字句に拘り、不労働の外面を徹底する方向に走って、却って安息を厳しい労働に代えてしまっていた。これではせっかく与えられた安息日もその意味を成さず、その取決めの精神を反故にしていたというべきであろう。

特に、キリストの犠牲が適用されて聖霊の注ぎを下賜された『聖なる者』の一人であるなら、これはかつて律法に規定された週に一日を取り分けて生計の業を後にするということが意図していた実体である想いを聖なる物事に合わせることを忘れてはならないのであり、『新しい契約』に預かる『聖なる者』が俗的であれば、『神のイスラエル』でありながら、神聖な物事に最たるものである『神の王国』をも売り渡すようなことになり兼ねず、それはその者をして『新しい契約』から落ちこぼれさせ、脱落聖徒、『憤りの器』とし兼ねないものとなる。



祭司としての安息日の働き

その対型として、キリストの聖徒ら、即ち『神のイスラエル』に向けても、『安息日を神聖なものとせよ』と旧約預言を通して諭している。彼らが天界に召された後には、神殿祭司のようにすべての日々が神聖となり「聖所に安息はない」とのユダヤ人の言い習わしのようになるに違いない。

パウロが『あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。』と記した(ローマ12:2)のは、聖徒ばかりでなく、最終的に、『奴隷』ではなく創造された『神の子の栄光』に回帰すべきすべての人に求められるべき精紳と言える。

そこで、安息日の精紳とこの世の精紳とは対照的なものであり、聖書中では再三に、安息日が神聖さと関連付けられる(出埃19:21/レヴィ26:2/イザヤ58:13/エレミヤ17:22)一方で、この世は習俗と関連付けられている(エレミヤ17:27/エゼキエル22:8)。人は、安息が自由である一方、この世に対しては様々な意味で隷属状態にある。

(キリストが『安息日を神聖でないかのように扱ったとしても罪せられなかった』と言われる(マタイ12:15)のは、神殿祭司には安息日の務めがあることを指している()この点ではユダヤ人の間で「聖所に安息はない」と言われていたことも関連する(「神殿」p152)。幕屋や神殿は聖域であり、俗なる事物は許されず、すべてが聖でなければならなかった。)

安息に休息による心身への負担を減らす働きも含まれていた。(出埃23:12)

また、贖罪の日は『まったき休み』であり『この日にあなたたちを清めるために贖いの儀式が行われ、あなたたちのすべての罪責が主の御前に清められる』とされていた。(レヴィ16:30)
荒野のイスラエル人にとっては『約束の地』への入植と定住の完了は『休みを』意味していた。(ヨシュア12:10)

また、十戒中での安息日の由来について、神は自らの六日の創造と七日目の安息にちなむことを教えた。この安息が第七日に設定されたところで、安息日の対型が『神の王国』の千年期であることも示唆されている。即ち、人類が奴隷状態に暮らす六日と解放の一日のことである。
これに調和してスッコートには八日目のアツェレトが定められていた。これはかなり奥深いことで千年期の後が示唆されてもいる。
加えて、週の祭りにも幾らかの不思議が関わっている。例外は過越しと除酵祭でスッコートとシェミニ・アツェレトとはシンメトリーの形を取っている。


総じて
安息は、この世の有り様とは異なる物事の存在を知らしめ、アダムの業を回避できないとしても、この世にすっかりと呑み込まれすっかり俗化する事を妨ぐ作用を持っていたようである。
安息日を守るとは、具体的には不労働であったが、不労働そのものに神の教えようとする「安息の意味」は無く、『この世』また『俗なるもの』から離れ、神の子としての栄光ある『聖』を意識させることにより、『この世』に在って『この世』のものとならない信ある人の立ち位置を保たせるものであったろう。これが守られない場合、創造神への信仰と雖も、この世にご利益を求める信仰に堕する危険を孕んでいる。それがどこにでも見られる宗教一般の姿ではないか。
キリストの『思い煩うな』という教えの根拠は安息にあり、荒野のマナのように生活を支えるのはこの世が提供するものではないことを知らせているのであろう。
敷衍すれば、毎食に祈りを捧げるのは、単にユダヤ教の習慣の延長とばかり言えないことになる。成功を収め、贅沢をしているならともかくも、日毎の糧食が自らの努力によるとしない信仰によって、それは聖なる姿とも言い得る。
窮乏を臨ませるとの世の脅かしに屈すれは、『この世』の奴隷となるよりほかない。従って、安息を守るとは勇気ある信仰を要するものと言える。それはもはやキリスト教に於いては、日を取分けて休業することを超えており、「この世の奴隷とはならない」という意義に結実すべきものとなっている。
これほど、『安息』とは恐ろしいほどに深い意義を持っていることになる。結論を求めてゆくと、これは『この世』を糾弾せずには済まない。(ヨハネ16:8)
そこでイザヤ58章の『もし安息日にあなたの足をとどめ、わが聖日にあなたの楽しみをなさず、安息日を喜びの日と呼び、主の聖日を尊ぶべき日ととなえ、これを尊んで、おのが道を行わず、おのが楽しみを求めず、むなしい言葉を語らないならば、その時あなたは主によって喜びを得、わたしは、あなたに地の高い所を乗り通らせ、あなたの先祖ヤコブの嗣業をもって、あなたを養う」。』を読むと、それが何を意味するかについての新たな視野が広がることになる。(58:13-14)
即ち、神の創造物としての聖なる栄光を愛することであり、空しい世俗を愛さず、「エジプトに戻ろう」としないことである。

見解
・政治にせよ宗教にせよ、大志ある人が数人あるとしても、俗なる人々が入って来て利己心を持ち込み、必ず全てを同じ結果にしてしまう。
これはこの世でも再三起こっていることであり、人間とは俗に流れる強い傾向を持っていて、同時に利己的で貪欲で肉欲を愛するものである。
例えれば、民主主義の理念はリテラシーある市民を想定していたが、実際には大衆がそれに取って代わり、世論を形成して諸悪を成してもきた。前述の通り社会主義もまた然りであり、この点では如何なる高邁な理想を掲げようとも、人間自身の内に宿る傾向が自らを堕落させてきたのであり、根本には肉欲への渇望がある。これが人間をして聖なる安息の第七日に至らせない障壁、即ち「罪」である。そこで終末の生ける偶像の崇拝が「666」であるとは、『罪の奴隷』状態から抜け出すことない安息の聖に達しない終末の背教を意味しているのであろう。それは最後まで『この世のもの』であり続け、神の聖に抗い、遂に消え去るものとなる。ゆえに、彼らは『ハモナー』と呼ばれ、巨大な谷に屍を埋める結果となるのであろう。
それを防ぐものがあるとすれば、聖性をおいて他に無い。
神は十戒の第一と第三で神を規定し、第二で偶像、即ち悪魔を規定しているが、第四での安息を通し人のあるべき「聖なる姿」を規定していたと見做すことができる。
他方で「聖」ならざる大衆化を防ぐとは、即ち、聖なる事柄を求め、聖性が低下しないよう個人として注意するということになる。エゼキエルに語られた『ハモナー』はその俗化し悪魔に従う大衆を表し、黙示録の『666』は、第七日の聖なる安息に達することのない状態、即ち、エゼキエルもヨハネも共に神の安息に達しない俗なる者らについて語っている。

このように『安息』とは、「聖性」と深く関わっており、「聖性」が人を利己心や肉欲から遠ざける方策である。ゆえに、神の民でありたいとするならば、象徴的な意味に於いて『安息日を神聖なものとする』必要がある。
しかし、それは律法が過ぎ去った今日には、単なる不労働の日を七日に一度取り分ける事を意味しない。まったく意味しない。
それは、聖と俗、神とこの世との異なりを弁え、神聖な物事を追求する姿勢を指しているのであり、エサウのようであってはならないのがその教訓である。
だが、人というものは悲しいことに、これが難しい。よほどに注意していても自分の中のエサウに堕してしまう。しかも、この世で生計を立てるのは易しくないのだ。

この世の原理である利己心や貪欲の対極がアガペーであり、聖なるところにそれは在る。
この世の業を休み、その精神を離れることは7日毎の不労働を遥かに超える意義がある。

即ち、人は神聖な事柄を求め続けるときに、身を支える心配に押しつぶされてはならず、そこに創造の神に信を置くという、神と人の絆を『この世』に在っても、いや、在るがゆえに保つことである。神はそれに応えるか? 応えるのであろう。人を支えるのは『この世』ではなく創造の神である。然もなければ、その人の神は『この世の神』となろう。



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