Notae ad Quartodecimani

情報や資料のノートの蓄積

回復の預言6

十二預言書からの「回復の預言」

ミカ書
ミカはユダに属するシェフェラのモシェレト出身。前8世紀770-717年の預言期間。イザヤやホセアにやや遅れながらもほぼ同時代とも言える。イザヤの有名な第2章の句はミカ書中第4章で共通しており、共に「回復」を宣する預言を有している。
ミカ書はイザヤ書よりもはるかに短いながら、個性的で、独自の主張をしっかりともっている。ひとつにはメシアの誕生地を知らせているが、これはこの書だけのことである。
また、後のヨハネ福音書第10章に描かれる「羊の囲い」の例えの結末を補強する言葉を含んでもいる。(2:12)
黙示録の中で世界から光が失われることの意味を示唆する(3:6-)文面も理解を助ける材料となっている。
また、ミカ書ほど「シオンの娘」の栄光を記した預言もない。それは後のキリストの聖徒らを指し示すものである。

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4:1-末の日に、YHWHの家の山はもろもろの山のかしらとして/堅く立てられ、もろもろの峰よりも高くあげられ、もろもろの民はこれに流れくる。 多くの国民は来て言う、「さあ、われわれはYHWHの山に登り、ヤコブの神の家に行こう。彼はその道をわれわれに教え、われわれはその道に歩もう」と。律法はシオンから出、YHWHの言葉はエルサレムから出るからである。
彼は多くの民の間をさばき、遠い所まで強い国々のために仲裁される。そこで彼らはつるぎを打ちかえて、すきとし、そのやりを打ちかえて、かまとし、国は国にむかってつるぎをあげず、再び戦いのことを学ばない。彼らは皆そのぶどうの木の下に座し、そのいちじくの木の下にいる。彼らを恐れさせる者はない。これは万軍のYHWHがその口で語られたことである。


4:6-13 YHWHは言われる、その日には、わたしはかの足のなえた者を集め、またかの追いやられた者および/わたしが苦しめた者を集め、その足のなえた者を残れる民とし、遠く追いやられた者を強い国民とする。YHWHはシオンの山で、今よりとこしえに彼らを治められる。
羊の群れのやぐら、シオンの娘の山よ、以前の主権はあなたに帰ってくる。すなわちエルサレムの娘の国はあなたに帰ってくる。今あなたは何ゆえわめき叫ぶのか、あなたのうちに王がないのか。あなたの相談相手は絶えはて、産婦のように激しい痛みがあなたを捕えたのか。
シオンの娘よ、産婦のように苦しんでうめけ。あなたは今、町を出て野にやどり、バビロンに行かなければならない。その所であなたは救われる。YHWHはその所であなたを敵の手からあがなわれる。いま多くの国民はあなたに逆らい、集まって言う、「どうかシオンが汚されるように、われわれの目がシオンを見てあざ笑うように」と。しかし彼らはYHWHの思いを知らず、またその計画を悟らない。すなわちYHWHが麦束を打ち場に集めるように、彼らを集められることを悟らない。
シオンの娘よ、立って打ちこなせ。わたしはあなたの角を鉄となし、あなたのひずめを青銅としよう。あなたは多くの民を打ち砕き、彼らのぶんどり物をYHWHにささげ、彼らの富を全地のYHWHにささげる。




5:4-9 彼は立ってYHWHの力と、彼の神YHWHの御名の威光によって群れを飼い、彼らは安らかに住まう。今や、彼の威力が地の果てまで及ぶからだ。
平和は次のようにして来る。アッシリアが私たちの国に来て、私たちの住居を踏みにじるとき、私たちはこれに対して七人の牧者と八人の指導者を立てる。(イザヤに関連)
彼らはアッシリアの地を剣で、ニムロデの地を抜き身の剣で飼いならす。アッシリアが私たちの国に来、私たちの領土に踏み込んで来たとき、彼は、私たちをアッシリアから救う。そのとき、ヤコブの残りの者は、多くの国々の民のただ中で、YHWHから降りる露、青草に降り注ぐ夕立のようだ。彼らは人に望みをおかず、人の子らに期待をかけない。(次の節とに意味の切れ目)
ヤコブの残りの者は異邦の民の中、多くの国々の民のただ中で、森の獣の中の獅子、羊の群れの中の若い獅子のようだ。通り過ぎては踏みにじり、引き裂いては、一つも、のがさない。あなたの手を仇に向けて上げると、あなたの敵はみな、断ち滅ぼされる。



6:8-9 主はあなたに告げられた。人よ。何が良いことなのか。YHWHは何をあなたに求めておられるのか。それは、ただ公義を行い、誠実を愛し、へりくだってあなたの神とともに歩むことではないか。
聞けYHWHが町に向かって叫ばれる。─全き知恵はあなたの名を恐れることである─聞け。部族、町を治める者。



7:7-10 しかし、私はYHWHを仰ぎ見、私の救いの神を待ち望む。私の神は私の願いを聞いてくださる。私の敵。私のことで喜ぶな。私は倒れても起き上がり、やみの中にすわっていても、YHWHが私の光であるからだ。
私はYHWHの激しい怒りを身に受けている。私が主に罪を犯したからだ。しかし、それは、主が私の訴えを取り上げ、私を正しくさばいてくださるまでだ。主は私を光に連れ出し、私はその義を見ることができる。それで、私に向かい、「あなたの神YHWHは、どこにいるのか。」と言った私の敵は、これを見て恥に包まれる。私もこの目で敵をながめる。今、敵は道の泥のように踏みにじられる。
あなたの石垣を建て直す日、その日、国境が広げられる。
その日、アッシリヤからエジプトまで、エジプトから大川まで、海から海まで、山から山まで、人々はあなたのところに来る。しかし、その地は荒れ果てる。そこに住んでいた者たちのゆえに。これが彼らの行いの結んだ実である。
どうか、あなたの杖で、あなたの民、あなたご自身のものである羊を飼ってください。彼らは林の中、果樹園の中に、ひとり離れて住んでいます。彼らが昔の日のように、バシャンとギルアデで草をはむようにしてください。 「あなたがエジプトの国から出た日のように、わたしは奇しいわざを彼に見せよう。」異邦の民も見て、自分たちのすべての力を恥じ、手を口に当て、彼らの耳は聞こえなくなりましょう。彼らは、蛇のように、地をはうもののように、ちりをなめ、震えながら彼らのとりでから、私たちの神YHWHのみもとに出て来て、わなないて、あなたを恐れましょう。











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